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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

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守るものたち

side ハル

⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


「敵の目星はついているのか?」

 

 静かな問いだった。

 だが、それは単なる確認ではなく、帝国という巨大な闇に対して刃を向ける覚悟を含んでいた。


「今回の毒は、帝国で手に入りやすいものです。

 吸収が早く、放置すれば致命的なものですが、適切な処置をすれば即死するようなものではありませんでした」


 キースは一瞬だけ言葉を切り、慎重に選ぶように続けた。


「つまり、命が目的ではなく、例えば時間稼ぎであったり、いつでも命を取れると脅迫するための毒です……」


 現実的な言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「何のために?」


「皇太后とノア様が口を開くと困る人物……でしょう。

 数日後の閉幕式にあたる晩餐会で、皇太子候補を発表される予定でしたので」


 キースの視線が、わずかに伏せられる。


「皇太后とノアの政敵ということか?」


「ノア様と皇太后陛下は中立派です。

 それに、どちらかと言うと皇太后陛下は娘であり皇姉であるサラ様を懇意にしていますので……ドゥーカス大公爵寄りですし、ノア様は生粋の皇帝派ですので、フローレンス公爵寄りなんですよね……」


「つまり、どういうことだ?」


「はは、これ以上はお話できないということです」


 キースは笑って誤魔化した。

 意図的に線を引いているのが分かった。


 ――当然だ。

 ハルは他国の王太子。帝国の内情をすべて明かされる立場ではない。


 それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。


「公爵が宮廷に戻るのは、危険じゃないのか」


 キースは一瞬、苦笑した。

 

「殿下の仰る通りです。

 配下としてはノア様が服毒したことにして、邸宅に留まってくれた方がいいんですよ」


 だけど、と前置きしてから肩をすくめる。


「あの人は自分が関知しない所で物事が動くことが許せないんです」


 何となく、ハルはノアという人物を誤解していたことに気付く。

 彼はもっと思慮深い人間だと思っていたが、思っていたより自己破壊的な人間だ。


「大変な主だな」


 ハルの言葉に、キースは諦めたように笑った。

 だが、その笑みには揺るぎがなかった。誇りすら滲んでいる。


「どうして……そこまでして仕えている?」


 キースはしばらく沈黙した後、静かに語り出した。


「……俺の家は幼い頃に没落しました。

 貧民街で物乞いと盗みをして生きながらえていた時、ノア様の父君、ロペス様に拾われました」


 淡々とした語り口だったが、その奥に積もった年月の重さがあった。


「それからは騎士としてアルヴェイン家に仕えました。

 ロペス様もノア様も俺を対等な人間として扱ってくれた。

 大変な毎日の中でも、幸せでした……。

 五年前のあの日までは」


 キースの表情が、怒りとも悔恨ともつかない感情で歪む。


「あの頃の俺はまだ未熟で、皇族の警護に当たるような任務に着くことができませんでした。

 突然、ロペス様の殉職とノア様が重傷で動けないと知らされて……」


 拳が、音もなく握り締められる。


「俺は何も、出来ませんでした……」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。

 それは同情ではない。

 ――よく知っている感覚だった。


 守れなかった者の痛み。

 ハルはキースの話に自らを重ねた。


「貴族たちは、本当の黒幕ではなく、皇太子一家の為に最後まで命を賭して戦ったアルヴェイン公爵家を責めました。

 まるで罪人のように……」


 キースの声が低くなる。


「帰ってきたノア様は、風前の灯のようでした……。

 正直、そこまでして皇家に忠誠を捧げる意味があるのか、俺には理解できません」


 きっと、キースにとっては皇族よりもアルヴェイン家の人々の方が大切で、守りたかった存在だったのだろう。


「ですが、それがノア様のなさる事ならば……俺は、何だってします。

 ただ、あの方の役に立ちたいんです」


 キースの言葉にハルは小さくうなずいた。

 彼のそういう気持ちは分からないでもなかった。


(俺も落ち込んでいる場合じゃない。

 今の自分に何ができるか、考えないと)


 それから、沈黙が流れ、時計の針が進む音だけが鳴り響いた。


 そして、夜が更けた頃、ノアが帰ってきた。


「交代します」


 それだけ言って、ベッドの傍へ歩み寄る。

 俺は立ち上がり、場所を譲った。


「……無理をするな」


 思わず口をついて出た言葉だった。


 ノアは一瞬こちらを見て、視線を伏せる。


「していませんよ」


 それが、彼の返事だった。

 こんな時でも、やっぱりその微笑みの仮面を外さない。


「……何か変化は、ありませんでしたか?」


 けれど、キースの話を聞いた後だからだろうか。

 ノアの淡々とした声の中に、祈りが含まれているような気がした。


「ない。だが、悪くもなっていない」


「そう……ですか」


 彼は苦しそうに視線を伏せる。

 だが、すぐに顔をあげた。


「朝まで私が付き添います。

 殿下は少しでもお休みください」


 ハルはキースと約束した通り、大人しく部屋を後にした。

 眠れる気はしなかったが、それでもベッドに横になることが今の自分ができる唯一のことだと信じて。

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