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プロローグ

※2025/11/23 誤字訂正しました

「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」


「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」


 華やかなパーティー会場で一際目立っているのは、恐らく本日の主役となる二人だ。

 

 シャンデリアの灯りに照らされて淡く輝くミルクティーブロンドの髪に透き通った淡い水色の瞳、帝国一の美男子と評されるにも拘わらず、その聡明さから最年少で公爵の爵位を襲爵されたノアリウス・アルヴェイン。


 そして、実質的に帝国の実権を握っている大公爵家の公女で、暁色の髪に人形のように整った顔立ちと見事な社交術で社交界の華と呼ばれるジェシカ・ドゥーカス。


「絵に描いたような二人」とは今日の二人のためにあるような言葉で、華やかなその姿を目の当たりにして私はひどく動揺していた。


 今すぐにこの場を離れたい衝動を抑え、落ち着くようにため息をついた。


 (分かっていたこと…でしょ…)


 決して強がりではないはずの率直な感想とは裏腹に私の胸は鋭く痛み、呼吸すら重く感じた。


 その原因は彼が自分の知らないところで婚約を決めたことにあるのか。それとも彼が自分ではない女性の手をとり、笑っていることにあるのか…

 恐らく後者寄りの気持ちを持っていることは鈍い私にでも分かった。


「セラ?」


 ふいにかけられたパートナーの言葉で我に返った私は自分が放心していたことに気付いた。


「大丈夫か?」


 いつも揶揄ったり憎まれ口を叩く彼からは想像できないような優しい声だ。


「うん。少し酔いが回っただけだから大丈夫」


 そう言った後で手にしたグラスにはいまだ口をつけていなかったことに気付いたが、彼はそれすら理解した上でバルコニーまでエスコートしてくれた。


「少し休め」


 周囲の人から私の姿が見えないように立った彼は少し苛立っているようにも見える。


 本来であれば貴賓の彼はパーティーの中心に居るべき人物である。個人的な感情で彼の仕事を邪魔している場合ではないのに…自分の不甲斐なさが嫌になる。


「ごめんなさい」


 精一杯、冷静に言ったつもりだったのに、声は震えてしまった。


 みっともない顔を見せたくなくて下を向くと涙が零れ落ちそうになる。涙だけは流してはいけないと顔を引き締めて上を見上げると、彼は困った顔をして頭をかいた。


「お前が謝ることじゃない。俺のことは気にしなくていいし、こんなふざけたパーティー、中座したっていい」


 少し乱暴な物言いではあるが、これが彼なりの優しさであることは知っている。


「無理はするな。落ち着くまでここにいろ」


 泣きまいと顔を引き締めていたのに、綺麗にセットされた髪など気にすることなく頭を撫でる彼に思わず顔が緩んでしまった。段々と視界が滲み、ギリギリのところで耐えていた涙が目の縁から零れ落ちる。


「また何か間違えたか?」


 何時になく慌てる彼がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまう。


 ふと最近の私は望みすぎていることに気付いた。


 私にとってはこのセレスティア帝国で生きていることすら感謝しないといけないことなのだ。


 そう、私はこの国で行方不明になったとされている皇女エリシアなのだから―

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