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三年越しの再会は甘く切なく突然で  作者: 陽ノ下 咲


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3.その日、俺は天使に出会った(カイル視点)

※三話は、『1.その日、私は一人で生きる決意をした』『2.三年越しの再会に』の時間軸の、カイル視点を書いた話です。


主な登場人物

ミラ・リース:薄茶の髪と青い瞳を持つ。幼くして父を亡くし、母と二人で小さな魔道具屋を営んでいる。


カイル・ベイン:天命により選ばれた勇者。短髪の黒髪に金の瞳、鍛えられた体を持つ。


 俺が“勇者”として王に呼ばれたのは、十五歳になって少し経った頃。冷気が街を静かに包み、吐く息が白く立ちのぼる様な寒い日の事だった。

 王都の鐘が鳴り響くなか、俺は重たい鎧を身につけ、仲間たちと城門をくぐった。

 空気が張り詰めていた。

 これが、もう二度と戻れない場所への入り口になると、本能で分かっていた。


 俺の名前はカイル・ベイン。

 かつては辺境の小さな村で、剣を振るうだけの少年だった。

 だが、ある日突然、右手の甲に光の紋章が浮かび上がった。

 “勇者の証”と呼ばれる、神に選ばれし印。

 その瞬間から、俺の人生は他人のものになった。


 「勇者カイルよ、魔王を討伐し、この国を救ってほしい」


 王の言葉は重く響き、謁見の間に静寂が落ちた。

 玉座の上には王と妃、そしてその隣には、エメラルド姫が座していた。

 姫は、噂通り美しかった。透き通るような翠の瞳が、まるで宝石のように輝いていた。

 けれど俺は、その美しさに心を奪われることはなかった。


 胸の奥は、何も感じていなかった。

 「誰かを守りたい」と思う心が、俺には無かった。

 それでも、皆が俺を“希望”と呼ぶから、剣を取るしかなかった。


 勇者パーティーは俺の他に四人いる。

 弓使いのリサ、僧侶のメル、剣士のアーロン、そして青い髪と漆黒の瞳を持つ魔導士ノア。

 ノアは無口で冷静な性格で、いつもどこか見下すような目をしている彼が、俺は少し苦手だった。

 けれど、その魔法の腕は誰よりも確かで、そこだけは信頼していた。


 王の前に膝をつき、誓いの言葉を口にする。


 「我ら、命を賭して魔王を討ち、光をこの地に取り戻します」


 王は重々しく頷き、王妃が静かに祈りを捧げた。

 そして、姫が一歩前に出て、俺たちを見つめながら言った。


 「どうか、ご無事で……。あなたたちの旅路に、女神の加護があらんことを」


 その声は、どこまでも優しかった。

 けれど死地へ向かう者にかける言葉としては、あまりにも儚く、あまりにも遠く感じ、俺にその声が響く事は無かった。


 俺は勇者としての責務を果たすだけだった。

 そもそも他人にあまり興味が無く、誰かに愛されるつもりも無ければ、誰かを愛する余裕も持っていなかった。

 ただ、戦って、倒して、終わらせる。それだけだった。


 そうして、地獄と言うのが相応しいと思う様な、過酷な旅が始まった。


 魔王城に至るまでの道のりは、想像を絶していた。

 焼け焦げた大地、毒を含んだ霧、無数の魔物の咆哮。

 幾つもの村が跡形もなく消え、俺たちは血と灰の中を進み続けた。


 パーティーの奴らはそんな中でも自分達を鼓舞するかの様に、明るく振る舞っていた。

 リサは「帰ったらお酒を奢ってもらうからね」と冗談を言い、メルは「神は必ず見ておられます」と微笑み、アーロンは俺の肩を叩いて「お前がいれば勝てる」と言ってくれた。そんな時、ノアだけは、黙って空を見上げていた。


 やっとの思いで魔王城に着いた時には、俺は十七歳になっていた。


 そして、そこで俺たちは知る事になる。……希望がどれほど脆いものかを。


 空気そのものが、黒い魔力で濁っていた。立っているだけで、息が詰まる。剣を構えた瞬間、背筋が凍った。


 それは正に、絶望という名の具現。魔王は、“力”そのものだった。


 俺たちは必死に戦った。だが、魔王の一撃を受けるたび、骨が砕け、肉が裂けた。魔力を封じられ、身体は急激に幼くなり、力が抜けていく。


 自分の腕が小さくなっていくのを見て、初めて本能的に理解した。


 ーー死ぬ。


 仲間たちの叫びが、炎の中で途切れていく。

 ノアが最後まで立っていた。

 青い髪が血と煤にまみれながらも、彼は俺を睨みつけ、魔法陣を描いた。


 「生きろ」


 唇の動きが、そう言ったように見えた。

 次の瞬間、視界が白く弾け、世界が反転した。


 気づけば、俺は見知らぬ森にいた。

 全身が傷だらけで、血の味しかしない。仲間の声も、王の命も、何もかも遠ざかっていった。


 俺は剣を握りしめ、震える唇で呟いた。


 「……俺は、一体、何を守ろうとしていんだ……?」


 風が吹く。

 誰も答えてくれない。

 そのとき初めて、心の奥にぽっかりと穴が空いた。


 魔王の呪いによって、俺の時間は止まってしまった。

 肉体は五歳程度に見える幼子となり、魂は十七歳のまま、ただ世界の流れから切り離された。


 何かを守りたかった。誰かを救いたかった。……けれど、俺にはその“何か”も、“誰か”も、いなかった。


 あのとき、もし、俺を信じてくれる誰かがいたら。

 もし、名前を呼んでくれる声があったなら。


 俺は、生きる意味を見失わずにいられただろうか。


 そう思いながら、俺は目を閉じた。

 次に開いたとき、すべてが変わるとは、そのときまだ知らなかった。


 ーー彼女に出会うまでは。





 優しい光に包まれている。

 それは、あの時、戦場で浴びた熱や痛みとはまるで違う。

 柔らかくて、温かくて、どこまでも穏やかな――まるで春の日差しのような光だった。


 (……ここは……?)


 意識が、ふっと浮上する。

 まぶたの裏が明るくなり、重たい身体に息が通った。

 そして、目を開いた瞬間、息を飲んだ。


 目の前に“天使”がいた。


 淡い薄茶色の髪が陽の光を受けて、金色の粒子みたいに揺れている。

 春の空のような青い瞳が、まっすぐ俺を見ていた。

 白くきめ細やかな肌。頬に差す桜色の血色。その存在はあまりにも美しく、現実感がなかった。


 「っ、気がついたのね!」


 天使がハッとしてそう言った瞬間、胸が強く跳ねた。


 ああ、俺、やっぱり死んだんだな――咄嗟にそう思った。


 地獄みたい現実に、こんな優しい光があるなんて、信じられなかったから。


「この世の……地獄の様なところで、……仲間を……みんな、殺された……。俺も、もう、生きてる意味なんか……、ない……」


 自然と、心の奥に閉じ込めていた言葉がこぼれた。

 彼女になら、本音を言ってもいい気がした。


 けれど、次の瞬間。


 「何馬鹿なこと言ってるのっ!?」


 その天使――彼女は、涙を滲ませて怒った。

 潤んだ瞳が、まっすぐ俺を射抜く。


 「生きてっ! 生きるの! 意味なんて、これから作ればいいわ! 生きてさえいれば、絶対に見つけられるから!」


 その声は震えていた。

 けれど、真っ直ぐだった。初めて会った俺のために、本気で泣いてくれていた。


 その瞬間、俺の胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。

 ずっと冷たく固まっていた心が、彼女の涙に溶かされていく。


 (ああ……こんな人が、本当にいるんだ)


 気づけば、俺は笑っていた。

 こんな状況で笑うなんて、どれくらいぶりだろう。


「……こんな俺にも、意味を見つけられるかな……。でも、うん、そうだな。君の言葉、すごく響いた。……ありがとう」


 彼女は少し驚いた顔をしたあと、安心したように微笑んだ。

 その笑顔が眩しくて、涙が出そうになった。


 彼女の名前は、ミラ・リース。名前を知った時、その響きすらも、煌めいている様に思えた。

 彼女と、彼女の母親の手厚い看病のおかげで、俺はみるみるうちに元気を取り戻していった。

 怪我が癒えるたび、身体だけでなく、心まで軽くなっていくのを感じた。


 魔力が戻るまで、という言い訳をして、俺は彼女たちの家に留まった。

 本心では、ただ彼女から離れたくなかっただけだった。



 朝、ミラが作ってくれるスープの匂いで目が覚める。

 彼女が台所で小さく歌う鼻歌が聞こえる。

 木漏れ日が差し込む窓辺で、彼女が花瓶の花を整えている。

 そんな何気ない光景のすべてが、俺にとっては奇跡のように尊く、何にも変え難い、愛しい時間だった。


 「カイル、これ、ハーブのお茶。少し苦いけど、身体にいいのよ」

 「ミラ、ありがとう。……へえ、意外と悪くないかも」

 「ふふっ……カイル、強がってるでしょ?すごく渋い顔してるよ」

 「してないって」


 そんなやりとりに、心が緩む。

 いつの間にか、俺は笑うことを覚えていた。

 彼女の笑顔を見たい、それだけで一日が始まるようになっていた。


 ある日、彼女が庭に咲いた花を指差して言った。

 「この花ね、“帰る場所”っていう花言葉があるの」

 「へえ、そんな意味があるのか」

 「うん。だから、私はこの花が好き。だって、帰ってくる人がいるって、幸せなことだから」


 その言葉に、胸が締め付けられた。

 俺には帰る場所なんて、もうなかった。

 けれど彼女の笑顔を見ていたら、この場所に帰りたいと、そう思ってしまった。


 ミラは、俺の正体にまったく気づいていないようだった。

 勇者カイル・ベイン。天命に選ばれ、仲間と共に戦った存在だとは露ほども知らず、彼女は、カイルと優しく呼んでくれた。

 それが、たまらなく嬉しかった。

 初めて、“ただの俺”として扱ってもらえた気がした。


 だが、彼女の母親は違った。

 俺が右手の甲に残る勇者の刻印を隠しているのを見て、きっと全てを悟ったのだろう。

 けれど何も言わず、ミラには黙ってくれていた。


 ……それが、ミラの母親の、最期の優しさだった。


 病に倒れた母親の手を握った夜、彼女は弱々しい声で俺に言った。


 「カイル……ミラのこと、どうかよろしくお願いします」


 その言葉を聞いた瞬間、心に刃が刺さったようだった。

 生きて欲しいと心から願った。

 けれど、朝が来る頃には、その手はもう、冷たかった。


 ミラは泣き続けた。

 その姿を見て、俺は決意した。


 この村は、もう安全ではない。

 魔王の呪いは確実に広がっている。

 今日滅ぶか、明日滅ぶか、誰にも分からない。


 でも、ミラだけは、絶対に死なせない。


 俺はミラが好きだ。思慕なんて言葉では足りないくらい、彼女の事を強く思っている。

 彼女は俺の心を救った人。俺に“生きる意味”をくれた人。

 彼女の涙を見るくらいなら、この命など、いくらでも差し出せる。


 もう、俺は勇者として戦うんじゃない。

 この手で、ミラを守るために剣を振るう。


 次こそ、魔王を倒す。

 そのために、俺は生きる。


 俺のすべてを、彼女のために。


 

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