14.女子会での一幕②(ミラ視点)
主な登場人物
ミラ・リース
十八歳。薄茶の髪と空のような青い瞳を持つ魔道具屋の娘。幼くして父を亡くし、最愛の母も十五歳で亡くし、今は一人で魔道具屋を切り盛りしている。芯の強い優しい性格。
カイル・ベイン
二十歳。黒髪短髪、鋭い金の瞳、鍛えられた体躯の勇者。一度魔王討伐に失敗し、幼児化と昏睡を経験し、その時にミラに命と心を救われ、恋に落ちた。不器用な性格だが、ミラを想う気持ちは誰よりも強い。
勇者パーティーメンバー
リサ:二十六歳。長い黒髪、黒い瞳の、大胆で茶目っ気のある弓使いの女性。長髪は普段、後ろで一つに縛っている。
メル:二十四歳。金髪ボブヘア、黄緑の瞳の、真面目で清楚な僧侶の女性。
アーロン:二十八歳。鳶色の髪、焦茶の瞳の、冗談好きで素直な剣士の男性。
ノア:二十五歳。青い髪、漆黒の瞳の、冷静で無口で、意外と仲間思いな魔導士の男性。魔王討伐後、カイルの進言により、以前から恋仲だったエメラルド姫と婚約している。
リサさんとメルさんと美味しい料理を前にして、こうして過ごす時間は、どこか新鮮だった。
勇者パーティーという特別な肩書きのある人たちなのに、今はただ、年上の優しいお姉さんたち。
話しているうちに、緊張はすっかりほどけて、自然と笑顔がこぼれていた。
「あー、でもそっか。いいなぁ、両想いなんだ、二人!……羨ましいなぁ」
ほろ酔いで頬を赤く染めたリサさんが、グラスをくるくる回しながら、ほんのり羨望を含んだ声で言った。
その声の響きに、私は思わず目を瞬かせた。
「……リサさん、片想いされてるんですか?」
こんなにも美しくて快活な人にも、恋の悩みがあるのだろうか。
思わず興味と驚きが混じった声が出た。
リサさんは一瞬、頬杖をついて視線を落とした。唇をすぼめて、まるで少女みたいに困ったように笑う。
「うん、ずっとね。でも、一回振られてるから、……もう多分、無理なんだ。なのに諦められないの。やんなっちゃう……」
その声は、いつもの元気な調子とは少し違っていて、柔らかく、少し切なかった。
こんなにも素敵な人を振った人が居る事に、驚きを隠せない。
「えっ、リサさんを振る人なんているんですか!?」
心の声が思わず口に出てしまい、リサさんが照れ笑いを浮かべて、頬をぽりぽりとかいた。
その仕草が可愛くて、余計に信じられなかった。
「ミラちゃんも前に一度、会ってる人だよ」
リサさんにそう言われる。
ということは、 勇者パーティーの中の誰か……。
ノアさんはエメラルド姫の婚約者だとカイルから聞いた。
となると、残るのは……。
「アーロンさん、ですか?」
「うん、そう……。あいつとあたし、幼馴染なんだ。小さい頃から、なんでかあいつ以外、好きになれないんだよね」
リサさんは小さくうなずいて、頬を赤く染めた。
アーロンさんの顔を思い出して、二人が並んだ姿を思い浮かべる。
明るくて綺麗で、ちょっとおちゃめなところもあるリサさんと、とても逞しくて優しそうだったアーロンさん。どう考えてもお似合いな二人だと思った。
「……凄くお似合いに見えるのに……」
つい、思った事をそのまま口に出してしまった。すると、リサさんは一瞬きょとんとした後、ふっと笑ってグラスを傾けた。
「……ありがと。あいつも、そう思ってくれたらいいのになぁ」
その笑顔には、少しだけ寂しさが混ざっていた。
「でも、見た目の印象からは想像出来ないくらいに一途だから、パーティーメンバーはみんな密かに応援してるんですよ」
メルさんが優しい声で言った。その声音には、仲間を思う温かさが滲んでいた。
それを聞いたリサさんが、凄く驚いた顔をする。
「え、嘘……、気付かれてたの!?……あー、でも何か納得かも。意外とみんな鋭いもんね。……アーロン以外は、だけど!あいつ、ほんと鈍いんだから」
リサさんが少しむくれたように唇を尖らせる。その姿が、どこか子どもっぽく感じて、なんだかちょっと微笑ましかった。
メルさんはそんなリサさんを見て、ふふっと微笑む。
「そうですね。ノアも鋭いですけど、カイルは特に、二回目の旅から変わりましたよね。二人の事も、再会して少し経ってから、気付いたみたいですし」
「そうなんだ……。あ、でもカイルのことは、あたしも思ってた。あいつ、再会してから本当に変わったよね。……お城に戻った日の、ノアとエメラルド姫のこともさ、あたしたち、びっくりしたじゃない?」
メルさんは、穏やかな笑みを浮かべ、グラスの中をそっと揺らした。
「……ノアとエメラルド姫の関係は、私も薄々気づいてましたけどね」
「え、本当に!?……やっぱメルも大概、鋭いよね……」
リサさんが身を乗り出して驚いて、メルさんはくすくすと上品に笑った。
そしてリサさんが、小さく笑って続ける。
「でも、ノア、本当に良かったよね。相手がお姫様じゃ、こんなことでもない限り、結ばれなかっただろうから……」
「ええ、本当に。……あんな幸せそうなノアの姿を見たの、初めてでしたよね」
優しい表情でリサさんが頷く。
「うん、そうだね。……これだって考えてみれば、カイルを変えてくれた、ミラちゃんのおかげなんだよね」
「ええ、……そうですね。私たちパーティーは、ミラさんに感謝してもしきれないですね」
そう言われ、私はとても恐縮な気持ちになると同時に、仲間を大切に思い合う絆の深さにジーンとしてしまい、涙腺が緩みそうになってくるのを必死で堪えていた。
「え、いや、そんな……、」
しどろもどろにそう言うしか出来なかった私に、二人は、ふっと穏やかに笑みをこぼした。
「……でも、じゃあ、あの時ノアの事に気づいて無かったの、アーロンとあたしだけだったんだね」
少し悔しそうに言うリサさんに、メルさんが唇の端を上げて答える。
「本当に似た者同士ですよね、リサとアーロンは」
メルさんの言葉に、リサさんは少しだけ眉をひそめた。
「えぇ……そうかなぁ?」
「ええ。鈍いところもですけど、なかなか素直になれないところとか、喧嘩ばかりするところとかも。……よく似てると思いますよ」
「うっ……。メルって時々ズバッと言うよね。でも、全部その通りだから何も言い返せない。……えー、でも……あいつとあたし、……似てるの、かなぁ……?」
リサさんはそう言うと、少しだけ頬を赤らめて俯いた。グラスの縁を指でなぞりながら、どこか遠くを見るような瞳。
その恋をしている彼女の表情が、とても可愛らしく映った。
そんなリサさんに、メルさんが、穏やかな笑みを浮かべる。
「私から一つ言えることがあるとしたら、……素直になるって、とても大切なことだと思いますよ」
優しく、心に響く声でそう言った。私は自然と背筋を伸ばして、彼女の言葉を聞いた。
メルさんの話を静かに聞いていたリサさんも、神妙な顔で頷いた。そして私を見る。
「うん、やっぱ、そうだよね……。素直にならなきゃだよね……。ねえ、ミラちゃんは、これからどうするの?まだカイルに気持ち、伝えて無いんでしょ?」
聞かれて、どきりと心臓が高鳴る。
「はい。あの、……私、気持ちに気がついたのつい最近だから、まだ伝えられてなくて。……だから、ちゃんと、好きって気持ち、伝えたいって思ってます」
言葉にすると、胸の奥が熱くなった。
自分以外の人に宣言したことで、恥ずかしさと同時に、小さな勇気が心に灯った。
あの金色の瞳を前に、ちゃんと自分の気持ちを伝えたい、そう強く思った。
メルさんは目を細めて微笑む。
「ええ、それが一番です。こういうことは、当人たちの問題ですから、口出しはしませんが、……応援はさせてくださいね。ミラさん、頑張ってください」
その優しい声に、胸がじんとした。
すると、リサさんもふわりと笑って、私を覗き込む。
「カイル、ああ見えて勇者だし顔もいいから、結構モテるんだよ?恋はタイミングが大事だからね。誰かに取られちゃう前に、早く気持ち伝えちゃいなよ!頑張ってね!」
あたしが言うんだから間違いないよ、と少し自虐を込めた様に笑った笑顔に、真剣に頷いた。
「……はい。ありがとうございます。私、頑張りますね!」
そう言うと、二人も微笑みながら頷いてくれた。
リサさんがお手洗いに立った時。メルさんがそっと私の耳元に顔を寄せて内緒話をするように口を開いた。
「これはリサには内緒なんですけどね……」
「え?」
「リサとアーロン、実はずっと両想いなんですよ。二人とも素直になれないだけで、凄く一途に思い合ってるんです」
「えっ……!そうなんですか……!?」
顔を輝かせた私に、メルさんがふふっ、と小さく笑った。そして片眉を下げて、少し困った様な表情で、肩をすくめた。
「でも他人が介入しても仕方ありませんし、あの二人の場合、下手に関わるとなんだか余計にこじれそうですから、私たちはずっと見守ってるんですけどね……」
「……なるほど。分かる気がします」
確かに、誰かが口を出してかえってこじれるなんて、よくあることだ。メルさんの考えに共感して、私は思わず何度も頷いた。
「でも、あの二人、見ていると微笑ましいんですけど、少しじれったくもあるんです……。それでも、応援したくなる二人なんですよね」
その優しい笑顔を見た瞬間、胸の奥が温かく満ちていった。
メルさん、本当にパーティーメンバーを好きなんだな。
そう思って、心が温かくなる。
誰かを想う気持ちって、こんなにもいとしく、尊いものなんだ。
リサさんの恋が、どうか叶いますように。
そう、心の中で強く願った。
そして、改めて思った。
私もカイルに、ちゃんと想いを伝えようと。
とても楽しかった時間はあっという間に過ぎた。
今後も定期的に集まることを約束して二人と別れ、幸せな余韻にひたりながら、その日の食事は幕を閉じた。
ーーー
それから少し経ったある日。
どうやって気持ちを伝えようかと考えていた矢先のこと。
カイルが、隣国アルメリアの王女に見初められて婚約することになった、という噂を耳にした。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。それは、これまで感じたことの無い様な切ない痛みで。
まるで、世界の色が一気に褪せていくような気がした。




