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三年越しの再会は甘く切なく突然で  作者: 陽ノ下 咲


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12/16

12.二人きりのおでかけは(ミラ視点)

主な登場人物

ミラ・リース

十八歳。薄茶の髪と空のような青い瞳を持つ魔道具屋の娘。幼くして父を亡くし、最愛の母も十五歳で亡くし、今は一人で魔道具屋を切り盛りしている。芯の強い優しい性格。


カイル・ベイン

二十歳。黒髪短髪、鋭い金の瞳、鍛えられた体躯の勇者。一度魔王討伐に失敗し、幼児化と昏睡を経験し、その時にミラに命と心を救われ、恋に落ちた。不器用な性格だが、ミラを想う気持ちは誰よりも強い。


 朝から、少しだけそわそわしていた。

 今日はカイルに誘われて、二人で出かける予定の日だ。


 一緒にお出かけ。ただそれだけのことなのに、何故だか服を選ぶ手がいつもより慎重になっている自分がいる。

 気づけば、いつもより少しだけ可愛らしい服を手に取っていた。

 淡いクリーム色のブラウスに、すそがふわりと揺れるスカート。鏡の前で何度も角度を変えながら、私は首を傾げた。


 なんで、こんなに気合いを入れているのだろう。カイルと出かけるのなんて、前は何度もあったことなのに。


 机の上に置いていた小箱を開ける。

 そこには、晩餐会の日、カイルがくれた金色のネックレスとイヤリングをしまってある。


「……着けてみようかしら」


 鏡の前でそっと留め金を合わせると、ネックレスのトップに付いているイエローゴールドのサークルペンダントが鎖骨のあたりでかすかに光った。

 そのままチェーンイヤリングも手に取ってみたけれど、二つとも着けると、なんだか気合いが入りすぎているような気がして、慌ててイヤリングを外した。


 支度を整えて外に出ると、陽射しがやわらかく街を包んでいた。風が優しく頬を撫で、首元のネックレスがかすかに揺れる。

 待ち合わせは、城下町の門前。

 いつもより少し早足になっている自分に気づいて、苦笑した。


 門の前に着くと、すでにカイルが立っていた。

 白いシャツに、黒のパンツというシンプルな服装。耳にはいつもの青い宝石のピアスが光る。

 風に彼の黒い髪が揺れ、金色の瞳が光を受けて柔らかく輝いている。その姿がやけに大人びて見えた。

 気づいたカイルが、こちらを振り向く。



「ミラ」


 その声に胸が跳ねる。落ち着かない心を誤魔化すように、小さく手を振った。


「待たせちゃったかしら?」

「いや、俺が早く来すぎただけだ」


 そう言って微笑む彼の表情が、眩しくて、まっすぐ見れなかった。


「今日の服、可愛いな。……すごく似合ってる」

「えっ……あ、ありがとう」


 顔が熱くなる。

 こんな風に言われたのは初めてじゃないのに、どうして今日はこんなに動揺するんだろう。

 カイルの視線が、ふと、私の首元で止まった。


「そのネックレス……着けてきてくれたんだな」


 そう言って、指先でそっとトップのペンダントに触れた。

 その距離の近さに、心臓が跳ねた。


「……嬉しい。本当に、よく似合ってるよ」


 声があまりに優しくて、返事が遅れる。

 ほんの一瞬だったのに、かすめる程度に肌に触れた指先の温もりが、ずっと残っている気がした。

 ……イヤリングも着けてくればよかったかな。

 そんなことを思いながら、なんとか笑ってみせた。




 カイルが連れて行ってくれたのは、王都の市場のすぐそばにある小さなカフェだった。

 木の扉を開けると、甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。カウンターの向こうでは、店主らしき女性がタルトを焼いている。


 二人で窓際の席に座る。

 差し込む陽射しがテーブルを照らし、ほのかに温もりを落としていた。外の市場のざわめきが遠くに聞こえ、ここだけが別世界のように静かだった。


 注文したのは、私が好きな果物をたっぷり使ったタルトと、香り高い紅茶。

 焼き立てのタルトの上で、その果実が宝石のように輝いている。


「うわぁ……すごく綺麗ね」

「本当だな」


 一口、フォークで切って口に運ぶ。

 サクッとした生地の上に、果実の酸味と甘さが口の中に広がって、幸せな気持ちで満たされる。


「……美味しい」


 思わず笑顔がこぼれた。

 その瞬間、カイルがふっと目を細めて笑った。その笑顔を見た途端に、また、胸の奥が締めつけられる。


 何だろう、この感じ。

 今日は朝からずっと、彼の笑顔を見ると、心がふわりと温かくなって、同時に、胸がぎゅっと痛む。


「気に入ったなら良かった」


 紅茶を飲みながら、カイルが穏やかに言う。

 向かいに座る彼が、窓から差し込む光に包まれていて、まるで絵画みたいに見えた。


 紅茶をひと口含み、そっと息を吐く。

 何故か視線を上げられなくて、カップをソーサーに戻したまま、その縁を見つめる。

 胸が高鳴っているのを感じながら、私は、それが何のせいなのか、分からないふりをした。


 ふと、視線を感じて、もう一度カイルの方を見る。

 すると、蕩ける様な幸せそうな笑みを浮かべて、こちらを見つめる彼と目が合った。


「……っ!」


 一気に顔が熱くなる。


「……カイル、あの……、何?」


 この表情で見つめられていたことが恥ずかしくて、出来る限り平静を装って聞いた。


「ん?ああ、いや、……幸せだなって思って……」


彼が少し照れを含んだ声で、そう呟いた。そして続ける。


「なあ、ミラ、……楽しいな」


 そう言ってふわりと笑った。

 その笑みが、どうしようもなく優しくて、もうずっと胸のドキドキが収まらなかった。


 外の光が、窓越しに彼の髪を照らしている。

 白いシャツの襟元からのぞく肌。指先。紅茶を口に運ぶ仕草。

 そのどれもが、なぜか目に焼きついて離れなかった。


「……うん、楽しいわね」


 私は小さくそう言うと、紅茶のカップを両手で包み込んで、お茶を飲んだ。

 今のこの時間が、ずっと続けばいいのに。

 そんなことを思ってしまった自分に、驚いて、そっと目を伏せた。

 自分の胸の鼓動が少しずつ速くなっていく事を、どうしても誤魔化せなかった。



 タルトを食べ終えて、紅茶のカップを置いたとき、カイルがふと私を見た。


「この後、まだ時間はあるか?」

「ええ。今日は一日、空いてるわよ」

「……そうか。じゃあ、ちょっと行きたいところがあるんだ」


 どこへ行くのかは言わずに、少し照れたように笑う。

 その表情を見ただけで、胸の奥がくすぐったくなる。


 私たちは並んで歩き出した。

 市場の喧騒を抜けると、人通りはまばらになり、城下町の外れにある城門が見えてきた。

 城門をくぐると、森へと続く静かな道が広がっていた。道の端には野花が咲き、木漏れ日が足元を柔らかく照らしている。

 昔、一緒に通ったことのある道に、どこか懐かしさを覚えた。

 

「……もしかして」


 言いかけた私に、カイルが振り向く。


「覚えてるか? あの、小高い丘」


 やっぱり。

 思わず笑みがこぼれる。


「もちろん覚えてるわ。あなたが旅立つ以前に、一緒に行ったことがあったわよね。魔物が心配で長居はしなかったけれど」

「久しぶりに、行ってみたくなってな」


 それ以上、言葉は要らなかった。どちらからともなく笑い合って、足を速める。

 森の中に入ると、木々の間を抜ける風が頬を撫でた。

 鳥の鳴き声が遠くから響き、土の香りが胸いっぱいに広がる。日差しの柔らかさと相まって、心の中まで穏やかになっていく。


 やがて木々が途切れ、開けた丘の上に出た。

 緩やかな斜面を登りきると、目の前に広がるのは一面の草原と青空。遠くの街並みが小さく見えて、まるで世界の端に立っているみたいだった。


「……懐かしい景色ね」

「そうだな。ここからの景色は、あの頃も今も、変わらないな」


 カイルが腰を下ろしたので、私も隣に座る。

 風に揺れる草の音。遠くで鳴く鳥の声。街の喧騒はここまで届かず、静けさが心地よい。


 少しの間、何も言わずに風の音を聞いていた。そしてふと、胸の奥に浮かんだ思いを口にする。


「……だけど、あの頃はこんなに穏やかじゃ無かったわ。あの頃は、こんな風に穏やかに過ごせる日が来るなんて、想像も出来なかったもの。今こうして安心していられるのは、あなたたちのおかげよ」


 カイルがゆっくりとこちらを見た。


「そうか。……君にそう思ってもらえるなら、魔王を討伐した甲斐があった」

「私だけじゃないわ。みんな、あなたたちに心から感謝してるもの」


 少し照れたように笑うと、カイルは小さく首を振った。


「……俺は、君を守りたい一心で戦ってた。魔物を倒すことよりも、君を生きる脅威から遠ざけたい気持ちの方が強かったんだ。だから、今こうして君の口からありがとうって言葉を聞けるのが、一番嬉しいんだよ」


 まっすぐに、金色の瞳が私を見つめる。

 その眼差しに、心臓が強く跳ねた。胸の奥がきゅっと掴まれて、息が少しだけ詰まる。


 ……カイルに触れたい。


 唐突に、そんな衝動が湧いた。

 どうしてそんな風に思ったのか、自分でも分からない。

 ただ、彼の瞳の奥に吸い込まれそうで、見つめているだけでどうにかなってしまいそうだった。


 その瞬間、カイルの頬が赤く染まり、彼が小さく息を吐いた。

 そして、どこか照れたように目を逸らして、そのまま草の上に仰向けに倒れた。


「……横になると気持ちいいな。君もどうだ?」


 いたずらっぽい声。冗談めかしているのに、どこか甘く響く。

 少し迷ったけれど、寝転がってみたい気持ちが勝ってしまった。


「……じゃあ、ちょっとだけ」


 そう言って、えいっと隣に寝転がる。


 すぐ横に、カイルの体温を感じる距離。肩がかすかに触れそうで、心臓が騒がしくなる。

 彼が一瞬、目を見開いて、また頬を赤らめたのが分かった。けれど彼は何も言わず、空を見上げる。


 私も真似して空を見上げた。どこまでも広がる青い空と流れる白い雲。

 草の香りと、隣の彼の匂いが混ざって、深く息を吸うたびに胸が熱くなる。


「本当に……心地いいわね」

「ああ、そうだな」


 短い返事。けれど、その声の響きが優しくて、胸の奥がじんと温かくなった。


 しばらくの間、言葉を交わさず、ただ空を眺めていた。

 時間が止まってしまったみたいに、静かで穏やかだった。


 ふと、隣から規則正しい寝息が聞こえてきて、横を見た。

 カイルがこちらに顔を向け、目を閉じて眠っていた。まつ毛の影が頬に落ち、その穏やかな寝顔に、思わず息を呑んだ。


 ……寝てる、のよね?


 その無防備な姿に、胸の奥がじんとする。

 何故かさっき感じた“ 触れたい ”という衝動が、また胸の奥から浮かび上がってきてしまった。


 どうしてなんだろう。ただ、その頬に触れたい。

 衝動のまま、指先が彼の方へと動く。

 気がつけば、カイルの頬に触れていた。指先から、彼の体温が伝わる。あたたかくて、やわらかい。

 確かめるように、その頬をそっと撫でた。


 その瞬間。


 カイルの眉が、ピクリと動いた。


「っ……!」


 驚いて、思わず手を引っ込める。けれど、その手はすぐに捕まえられた。


 あっという間に、逃げ場を失う。

 カイルの瞳が開き、金の光がまっすぐに私を捉えていた。

 そのまま、彼は私の手を自分の唇に寄せて、軽くキスをした。


 息が止まる。唇が触れた場所から、熱が走る。


「……もう、触ってくれないのか?」


 低く、少し掠れた声。

 耳の奥に残るほどの甘さを帯びていて、どうしていいか分からなかった。


「お、起きてたの……?」

「いや、少し寝てた。でも…… 君の手が頬に近づいた時に、目が覚めた」

「……寝たふりしてたの?」

「……だって、起きたらやめるだろ?」


 彼の瞳が、微かに笑う。

 けれどその奥には、冗談じゃない何かが宿っていた。


「ごめんなさい、……勝手に」

「……いや、いいんだ。……むしろミラになら、いくらでも触って欲しいくらいだから」


 本気で言っているのが伝わってきて、既に熱い頬がさらに熱くなる。


「だけど、」


 そう前置きして、彼が言葉を続けた。


「……なあ、ミラ」


 名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねる。

 カイルは私の手を握ったまま、抑えきれない想いを噛みしめるように、低く絞り出すような声で言った。


「もう分かってると思うけど、俺はそんなに出来た人間じゃない。……だから、君にこんなふうにされたら、どうしたって期待してしまう。今だって、本当は、君を抱きしめて、唇を奪いたいと思ってる。でも、それをしてしまったら、……もう止まれる自信がないんだ」


 彼の言葉の意味を理解した瞬間、頬が一気に熱くなった。返事をしようにも、喉の奥がきゅっと詰まって何もいえない。


「これでも必死に我慢してるんだ。……だから、その……、次に触ってくれる時は、それを分かった上で、触ってくれると嬉しい……」


 少し視線を逸らしながらも、彼の指が私の手を優しく包み込む。

 その温もりが、心まで伝わってくる。


 もう息が苦しい。それなのに、離れたいとは思わなかった。


「う……うん、分かったわ」


 小さな声で頷いた。カイルの瞳が、少しだけ笑って、切なげに揺れた。

 私は顔を真っ赤にしたまま、俯く。

 けれど胸の鼓動は、もう抑えられなかった。 


「……なあ、ミラ。俺、期待して待ってても、いいんだよな?」


 繋いだ彼の大きな手に、そっと力がこもる。その温もりが、心まで伝わってくる。


 ああ……、そうか。私……。


 胸の奥で、何かが静かに熱を帯びていく。

 風が、草を揺らした。その音が、まるで胸の鼓動みたいに響いていた。


 私は小さく息を吐いて、もう一度彼を見た。金色の瞳と視線が合った瞬間、息が詰まるほどドキリとした。

 繋いだ手から伝わる熱に、どうしても胸が騒いでしまう。こんな気持ちは初めてで、戸惑ってばかりだけれどやっぱり嫌じゃない。 


 もう、認めないわけにはいかない。この胸の痛みも、温かさも、全部。


……私、カイルのことが好きなのね。


 今、はっきりと自覚した。いつの間にか、彼への想いは、弟のような愛情ではなく、一人の男性を恋しく思う気持ちへと変わっていた。

 けれど、気づいてすぐに彼に伝える勇気は、まだ出なかった。

 言葉にできない想いを込めて、私は繋いだ手を、ぎゅっと強く握りしめた。

 



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