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三ツ峰村  作者: 久念
【第二章】歪みを追って
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第08話「村田診療所潜入」

 午前10時10分。

 美月さんに案内されながら歩く道中。道端に生い茂った草や土の匂い、砂利道とコンクリートが入り混じる足元。そんな中、今日も多くはないものの様々な村人とすれ違った。

 大きなザルに野菜を積んで洗うおばあさん、エプロンを付け洗濯物をパンパンと叩く女性、遠くへ出掛けるのか白いシャツとネクタイを身に付け早歩きする男性。子どもの声が聞こえてこないが、小学校にいるのだろう。


 三日目ともなればいつもながらの三ツ峰村に慣れてきた反面、この平穏を以前とは違う目で見ていた。何かおかしな点はないかという、取材とはまた違った角度の目線だ。探るような目で見ることに対する申し訳なさと、それでも情報を拾い尽くしたいという想いが交差していた。


「つきましたよ、早瀬さん」

 美月さんの澄んだ声によって、葛藤から一旦抜け出し目の前の景色へとピントを合わせた。どうやら玄関前に辿り着いていたようだ。

 扉の横には大きく分厚い木札で「村田診療所」と書かれている。白い外壁に薄い茶色の屋根といった木造モルタル仕上げの平屋。見渡すとあらゆる隙間に汚れや錆びがあり、長年村を支えてきた功労がうかがえる。


「ここが正面ですが、裏に一丁前にスタッフ用出入口があるんです」

 彼女はそう言いながら、慣れた足取りで側面の細い砂利道を踏みしめながら僕を引き連れた。

 裏口は、民家の勝手口によくあるタイプのドアで、鍵がかかっている。彼女はリュックからキーケースを取り出し、鍵を開けた。

「なんだか、休日の小学校に友だちと忍び込んだ時を思い出すよ」

 とこぼす僕は緊張をごまかしていた。

「やんちゃ少年だったんですね(笑)。こういう場所って人がいないと変な感覚ですよね。さ、のんびりもしていられません、早く調べましょう」

「お、お邪魔します」


――中に入るとまっすぐな廊下で、奥には白い暖簾を挟み、待合室が覗ける。廊下右手には二つ部屋があり、彼女曰く診察室と処置室。いく筋かの陽の光が僅かに舞うホコリを映し、床が軋む音だけが目立つ静寂さだ。


「早瀬さん、どんな情報が欲しいですか?」

 と切り出す彼女。

「うーん、やっぱりここ最近の患者数と、症状かな」

「それなら、まず私が使うパソコンを見ましょうか。こっちです」

 彼女は僕を連れ、診察室を経由し裏から受付側に来た。その勢いのまま椅子に座り、早々にパソコンの電源を入れた。


「へぇー。病院でもこっち側に立つことってないから新鮮だなあ」

「ふふ、私にとっては見飽きた景色です……でもまあ、嫌いじゃないですけどね」

 受付側から見ると、待合室が広がっている。ソファや小さい椅子を合わせると七~八人程が座れる程度の広さ。観葉植物の鉢植えや、村の情報掲示版など、堅苦しい印象が一切ない落ち着いた空間だ。壁際には大きな茶色い振り子時計が置かれており、いつもと変わらぬであろう一定のリズムを刻み続けていた――。


「……よし、開きました。早瀬さん、これこれ」

 呼びかけに応じて画面へ顔を寄せる僕に、彼女は続けた。

「これが『レセコン』って呼んでる、いわゆる事務員が扱う患者データ管理ソフトです。患者の基本情報や来院履歴が確認できます」

 画面には見慣れない表示で、表組や文字、タブメニューなどが細かく並んでいた。彼女は慣れた手つきで画面を切り替えながら説明する。

「小さい村なので元々少ないのですが。ここの月別の患者数を見てください。過去四か月までは数の推移が大体平坦でしょう。でも三か月前から二か月前にかけて急に多くなって、いまは少し落ち着いたものの高い水準を保ったままです」

 確かに、およそ五割増しといったところか、明らかに数が増えていることがわかる。


「ほんとだ……。素人考えだけど、似た症状が急に増えた時って、流行り病とか感染症を疑うよね」

「ええ。症状がひどかったり高熱や咳が多いと疑うでしょうね。ちなみに数だけ見ると増えてますけど、来院が近い期間にドンと固まってるわけじゃないんです」

「来る時期が散らばってるのか。だとすると、村人たちも一気に感染拡大したような感じ方にはならないな……」

「ですね。実際仕事していて、騒ぎのようにはなっていないです」

「うーん……。ちなみに、個別の詳しい症状もここでわかるの?」

「詳細は医師カルテにあるので、このソフトでは見れません。ただ肌感だと、頭痛と身体のキツさを受付で話す人は多いです。その証拠に、これ見てください」


 彼女は画面を変えながら指で示し、説明を続ける。

「症状と病名に関してはレセコンにないのですが、患者に処方した薬のデータはここに入ってるんです」

「……なるほど」

「はい。そもそも院内処方でして。薬剤師がいないから医師自身が調剤をして、薬を患者さんへ渡す時は会計時にまとめて私がやるんです」

「日頃どんな薬が処方されてるかわかるってことだね」

 顔を見合わせ、互いに真面目な顔で頷いた。

「そうです。看護師が一人いて、隣で飲み方や補足を伝えます。ただこの村じゃ薬の種類も多く出ないですし、私も慣れたので名称で大体わかります。だからこそ余計に気になっていたわけで――と、前置きが長くなりましたが、薬名はこの欄です」


 患者ごとの薬名を見ていくと、よく耳にする解熱鎮痛剤や、総合ビタミン剤の多さがわかる。あとは胃薬や弱い安定剤がちらほら見当たる程度か。僕は少し眉間にシワを寄せて言った。

「つまり頭痛はシンプルに解熱鎮痛剤。キツさや倦怠感を訴える人で原因不明な場合は、とりあえずビタミン剤を渡して様子見ってことか」

 彼女は大きく頷く。

「はい、その通りだと思います。高熱や大病になる方が出るわけでもなく、増えたといっても待合室がパンクする程でもないから、すごく微妙なんです。先生も気になってはいるものの『とりあえず目の前の患者に対応するしかないね』と。一応、隣町の病院にも確認された結果、増加傾向はこの村だけのことだそうです」


――その後も数々の患者をピックアップしながら、処方の開始時期や止めた時期なども追いかけてみた。長く続いている者もいれば、一旦治っては再発してるであろう者などランダムで、特にこれといった傾向の気配はなかった。


 ただ確かに、彼女が以前に言った通りの違和感はデータで確認できた。症状としては一般的な頭痛のため騒ぎになるようなレベルではないが、不自然な変動を示している。僕はさらに気になる点が浮かび上がり、彼女に言った。

「あとは、症状に細かい差があるのか、他にも気になる情報があるかだね。前に美月さんが言ってた『患者の会話がおかしい』っていう点も、我々からすると気になるところだし」

 すると彼女は「はい」と返し、パソコンの電源を落とすとゆっくり椅子から立ち上がり言い放った。

「そうですよね。やっぱり、医師カルテも見るしかなさそうですね」

「カ、カルテ……」

「はい、業務上で私が見れない範囲です。でもこの診療所はガードが甘いので見れちゃうんです(笑)」

 職場の無防備さに呆れているのか、調査に勢い余っているのか、彼女は笑い飛ばした。


「え、ええっと……俺はもちろん、美月さんも見ちゃダメなんだね?」と念を押すよう丁寧に確認したが、「はい、一応」と軽い返事をした彼女は颯爽と診察室に向かった。僕は慌てながらも、見たい気持ちから身を任せるしかなかった。ここで引き返す選択肢も頭をよぎったが、片桐さんをはじめまだ見えぬ被害者たちの存在がそれを打ち消した。


 彼女は診察室にある先生のデスク、上から二番目の引き出しを開け、重なる資料や道具の中からひとつの鍵を取り出した。「その鍵は?」と聞いたところ、処置室の一番奥にある、書庫の鍵とのこと。奥を見ると確かに、鍵穴の付いた引き戸のスチール書庫が二つ並んでいる。カルテファイルの保管用と、薬剤保管用だ。


 普段見ない視点での医療現場はまるで職場体験のようで新鮮。しかし我々が今やっていることへの緊張感が競り勝ち、冷静になった。奥へ淡々と歩いていく彼女の背中を見ながら、僕は一旦深呼吸をし後に続いた。


 処置室には二つだけの簡易ベッド、少しの機械、掃除では取れない水垢の付いた水道などが目に付いた。ベッド向かいの小さな引き出しが積み重なった収納には、ラベルシールがびっしり貼られている。この診療所の臨場感が伝わってくる。


 書庫の前に辿り着き、僕は質問した。

「そういえば診察室のデスクにもパソコンあったけど、電子カルテじゃないんだね?」

「電子カルテソフトもあるんですが、先生が保険請求用で入力している程度ですね。おじいちゃん先生なのでずっと紙カルテがメインです。保管庫の鍵も先生が管理してますが、小回り効かせるために一応スタッフにも場所を把握させてます」

「この状況で言うのもおかしいけど、不用心だなあ(笑)。薬品も使い放題じゃん」

「はい、性善説に寄り添った管理ってやつですね(笑)」


 カルテ側の書庫を開けてもらうと、三段構えでファイルがぎっしり並んでいる。基本的に最新順ではなく五十音順で並んでいるものの、面倒くさがりの先生は使ったファイルをとりあえず上段に置く癖があるらしい。それが幸いにも我々にとって都合が良かった。

 彼女はファイルを取り出し一枚一枚素早く捲り始めた。僕は隣で緊張した面持ちのまま、紙の動きを目で追う。仕事柄文字は得意だが、初見だとさすがに慣れず尋ねた。

「いくつか記載欄が分けられてるんだね?」

 手を止めず真剣な眼差しのまま、彼女は答える。

「ですね。大まかに言えば『患者からの訴えを書く欄』と『医師の所感を書く欄』があります。他にもありますが、見たい箇所はそこですね」

「なるほどね」

 僕が返事をするや否や、彼女のページをめくる手が止まり、声を落とした。

「……あ、早瀬さん、これ」

「うん?」


「この中野さんっていう50歳の男性、元々片頭痛持ちで定期的に薬をもらいに来る方なんですが。『体力低下、疲労の影響か頭痛の頻度増加を自覚。』『畑作業後帰宅しようと立ち上がるが、めまい様症状。気付くとまだ畑に居て、時計を見ると30分程度経過していた。意識消失の有無は本人不明。』と書いてありますね……」

「ほんとだ……。えっと医師の所感は、『疲労または加齢変化の範囲と思われる。』か」

「まあ、そう書きますよね」

「しかしこれは……意識混濁か……」

「高齢者の畑仕事ですし、疲れて寝てしまったとか……?」

「でも、立ち上がったんだろう?」

「……」


 お互い同じ怪訝な顔をしつつ、また数ページめくり、また止まる――。

「……43歳女性、田中さんです。

『三日前から頭痛と目まい。ボーっとなることが増加。干したばかりの洗濯物をすぐに取り出しまた洗い直してしまうなど、注意力低下を伴う行動あり。』だそうです」

 彼女はそのまま続けた。

「もっと若い人もいますよ。28歳男性、森崎さん。こっちに実家があって、確か半年前ぐらいに戻ってきた方です。噂だと勤めていた会社が倒産して、一旦帰郷してるとか」

「俺と同い年か。えっと症状は……やっぱり頭痛と倦怠感みたいだね」

「はい。それと『不眠。気力低下あり。うつ状態ではと訴える。』と。そういえば、半年前は元気そうで村の事色々手伝ってましたけど、最近は顔を見なくなりました……」

「なにがあったんだろう……ちょっと気になるね」


「ですね。あとはー……あー、野々村さんだ。73歳男性です。

『娘同行で受診。娘より、父が頻回に外出、畑方面へ歩行し、下を俯いたまま動かずにいることが多数あり。本人は行動の認識に乏しいとの訴え。』

医師の所感は、

『加齢に伴う認知機能低下の可能性。徘徊行動あり。鑑別(認知症等)必要。』です」

「うん、医師の書き方だから難しいけど、なんとなくわかるね」

「ええ、野々村さんは前から年相応に物忘れなども多い人なんです。さらに少し認知症の疑いも加わってきた……という感じですね」

「こう見ると、結構ちゃんと書いてあるもんだね。記録って簡潔に書きそうじゃん」

「行動の種類によって、加齢による自然なものなのか、認知症の疑いなのかが変わると聞いたことがあります。あと村田先生は優しいので、できるだけ細かく把握していたいというのもあるんだと思います。ほとんど顔見知りで、小さいコミュニティですしね」


 村田先生は村ならではの感覚のもと、日々真面目に対応しているようだ。まだ会ってもいないが、信用できる医師であることが伝わる。


「良い先生だなあ……ん?あれ?」

 書かれた文字を見ながら、記憶の断片が駆け巡った。

「どうしました?」という声を置き去りに、僕は集中して考え込んだ。

「畑へ放浪……下を俯く……娘が同行……あぁ!」

「ちょっ、いきなり大声出さないでくださいよっ」

「ご、ごめん。いや、この人見たことあるんだ。初めて村に来た日、畑のあたりでまさに書いてある通りの状態だった。娘さんも迎えに来てたよ」

「そうなんですか……」

「ボケてるのかと思ったけど、今思えば、あの雰囲気は昨夜の片桐さんと近いといえば近いかもしれない」

「つまり、認識とずれた行動をしていた……?」

「高齢だしなんとも言えないけど……下を俯いたままなのが妙だなって感じたんだよ」


 そんな僕の話を聞きながらも、少しでも多くといわんばかりにファイルを取り変えては、手を動かし続ける彼女。紙がめくられる乾いた音だけが、処置室に規則的に響いた。


 調べていくと、認知機能に関わるような記録が相次いだ。医師の所感の中には「問診中、返答の間が長い」「問いかけに対し、関連性のない言葉を返す」など、僕が体験したような会話の違和感と似たジャンルもいくつか見当たる。そしてこれらは美月さんが仕事中に聞こえてきたという妙な会話とも一致していた――。


 僕は考えを巡らせながら言った。

「年相応のものなのか判別が難しいけど、若い人もいるし、やっぱり妙な行動が目立つね」

「そうですね……単純な物忘れとかじゃなくて、みなさんちょっとずつ違うというか。年齢もバラバラですし。何か傾向がわかると良かったのですが」

「うん。ただ逆に考えると、年齢などは関係ないというルールがあるように感じる。あと片桐さんの話から、それぞれ表に出る言動に個人差があるのも納得だよ。裏にはその人なりの癖や習慣が連動してる」

「確かにそうですね……。でも私や勝おじさんみたいに、嫌な記憶が鮮明になって辛いといった話は見当たらないんですよね」

「うーん……仮にあったとして、言わないんじゃないかな。病気と思わないだろうし、ましてや嫌な記憶だから言う気分にならないのかも」


 彼女は頷きつつも、目が疲れたのかファイルを一旦閉じ「フウ」と深呼吸した。僕も集中が途切れそうになるものの、情報を整理するために顎に手を当て、少し俯いた。


 俯いた目の先には、下の段にあるカルテファイル群がある。下の方は均等にホコリが被っているようだ。見渡していると、あるファイルに目が留まった。

「おや……?」

 ひとつだけ、妙にホコリが薄いファイルがある。なんとなく気になり、手に取ってずるずると引き出してみると、周りのホコリが舞い左手で払いのけた。


 美月さんはこちらをジッと見守っている。僕はぱらぱらと捲り中を確認してみたが、特になにも気になる記載は見当たらなかった。

「なんでこれだけホコリが少ないんだろう?」

「あ、そういうことですか………うーん、なんででしょう」

「まあ何もないし、関係ないか……」

 ファイルの最後まで捲り終わり、ため息をつく。何気なく手癖で捲り直していると、僕はある違和感に気付いた――。


「……あれ」

「どうしました?」

「おかしいな、これって五十音順なんだよね?」

「え、ええ、そうですけど……。ある程度ページが溜まったら次のファイルに続きます」

「このファイル、最初は根本って人の『ね』から始まって、ほら、終わりは森澤の『も』なんだけど」

「はい」

 僕は中間あたりを捲りながら彼女に見せる。

「『は』から『ほ』までの患者名が無い。こんなことってある?」

「……え?」


「まさか、『は行』の紙がすべて無くなってる……?」


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