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三ツ峰村  作者: 久念
【第一章】静かな違和感
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第04話「三ツ峰村と守り神」

 約束の16時の数分前、村の中心にある木造の大きな家の前に立った。

改めて見ると、庭の砂利はきちんと掃き清められていて、立派な家だ。

 軒に吊られた風鈴が、風もないのにわずかに揺れるように見えたのは、僕の心がざわついていたからだろう。

身体も妙に重く感じる。


 呼び鈴を鳴らすと、女性の声で返事があるや否や、ドアが開き、奥さんが出迎えてくれた。

その後すぐに村長の遠山が奥からやってきた。


「早瀬さん、お待ちしておりました。どうぞどうぞお上がりください」

 と丁寧な物腰。通された部屋は、磨かれた縁側と、古い振り子時計のある静かな和室だった。

静寂の中、時計の針音だけが大きく聞こえる。


 奥さんがスッと置いてくれた湯呑の緑茶は少し渋いが、気持ちが落ち着いた。

 障子に木の枝の影がユラユラと揺れる中、村長が微笑みながら口を開いた。


「村は充分まわられましたかな?」

「はい、おおよそは。神社にもお邪魔しました」

「ああ、行かれておりましたな」

「皆さん良い人ばかりで、ありがたいです」

「それはそれは。都会から来られたならば、色々とご不便かと心配しておりました」

「滅相もない、私も小さい頃はここと似た所に住んでましたから、なんだか落ち着きます」


 ビジネス調でスラスラと話したが、本音を言えば落ち着くのが半分、確かな不安感が半分といったところだ。


「それは良かった。さてさて、何からお話しすればよろしいでしょう?」

お堅い空気をすっと断つように、しなやかに問われ、僕もスイッチを入れた。

改めて「昔ながらの文化を追う」特集のこと、決して都市伝説などではなく、あくまで古き良き部分をリアルに記事にしたい旨を説明する。

「——なので、村の歴史とか、昔から受け継がれている行事や物があれば教えていただきたいです」

「ふむ……。おおよその事はお電話でも聞いていたので、なんとなく話せることは用意しておりました。ちなみに昨日から取材されていて気になった点などありましたか?」


 気になった点……、本題に関係のない出来事はたくさんあったが、今は仕事に集中した。


「皆さんの生活に独特な文化は感じませんでしたね。ただ、村のお祭りがあるとか?」

「ええ、ええ、『三峰祭みつみねさい』と呼びます。そのままな名前でしょう(笑)。

1年に1度、神社で行うのですが、内容としてはいわゆる普通の村の祭りを想像してくださると」

「屋台が出たり、太鼓を叩いたりとか?」

「ですな。あと、10年に1度行う『守恩祭しゅおんさい』というのがあります」

「10年!?それは結構珍しいですね」

「ええ。その守恩祭には、大きな歴史があります」


「——というと?」

 僕が少し身を乗り出すと、村長は僕の興味を察したのか少し微笑んで言った。

「三峰村には、『村の守り神』がいたと伝えられております」

「守り神……ですか」

僕は一瞬ズキンとした頭痛を感じたが、

村長の目を離さず、手帳にメモを書き続けながら聞いた。


「代々、親やその時代の村長から伝えられてきた話です。起源は不明ですが、かつての村人は皆、守り神を崇めました。祈ると病がやわらいだり、数々の吉報が訪れたり……そういう話です。本当にそのような神の力があったのかは、今の常識からすれば疑問ですが」

「なるほど……よくある、伝聞が飛躍していくパターンには聞こえますね」

「はい。ただ、かつての人たちにとって、守り神が生きる支えだったのは確かでしょう」


 そう言いながら、村長はゆっくり立ち上がり、床脇の小さな箪笥から古びた冊子を取り出す。表紙は煤けて色が抜け、開かれたページには墨で描かれた人の姿や、よくわからない模様、読解が難しそうな文言などが並んでいた。


「これは伝記のひとつで、代々の村長に受け継がれた物です。わかりづらい文字ですが、小さい集落のため飢えに苦しんだ時期があったり、ほらここ、『守神』と書かれていたり、祈りや崇めるといった言葉が並んでおります。実際、私も小さい頃に周りの大人から同じ話を聞かされました」

「面白いですね。その書物、昔の誰かが書いた日記のような物でしょうか。ちなみに守り神の名前や姿については?今でもそれが神輿になっていたりとか……?」


 少し早口になっている僕のペースに動じず、ゆっくりと皺のある手でページをめくりながら村長は答える。

「それが、名前も姿も、明確な情報は伝えられていません。うちには神輿も無いのです。村の中には『もりさま』と簡単に呼称する者もいますが……。この書物も、薄れたり破れたりしているので、名前が消えてるのかもしれません」

「昔から今まで名前がずっと付いていないというのも、珍しいような気がしますね」

「改めて言われるとそうですな。ただ、現代でも名称はあるにしろ『神様』『仏様』だとか呼びますし、我々も『守り神』という呼称ばかり聞いてきたもので、それが自然でしたな」

「確かに……。実際、守り神が一体なのか、複数体なのか、そもそも数という概念で捉えてもなくて、形のない抽象的な存在として信じられていたかもしれないですね」


「はい。ただ——」

「ただ?」

 村長は書物をゆっくり閉じた。

「昔、『長老』という肩書きの者がおりました。長老は、守り神と最も近い位置にいるとされていて、霊力が高く、お告げの声が聞こえたり、はっきりとではないが姿を感じることができたと伝記にございます」

「長老……今の村長職とは別系譜に?」

「はい。村長もまとめ役として居たのかもしれませんが、この信仰力からして長老が最も発言力と影響力があったのでしょう」

 といいながら村長は別の引き出しから、一枚の墨絵を取り出した。


 紙は黄ばんで裂け目もある。乾いた紙の匂いだけが残るほどには古いものだとわかる。

 描かれているのは主にシルエットだが、大勢の人間が円を描くように座り、その中央にひとりが立っている場面だった。円の中のひとつには、他より大きく描かれた人間が座している。大きく書かれた人物の後ろには、さらに大きく、縦長い丸がウネウネしたような『何か』があった。


「ええっと……これは?」

「他の伝記などと合わせて推測するに、『裁きの場』だと伝えられています。罪を犯した者を中央に立たせ、長老が最終の決断を下した、と」

 村長は淡々と説明したが、その視線は絵から外れず、口調に僅かな硬さが混じった。

「つまり……裁判……?」

「ですな。円の人間の中に、少し内側に入った者もおるでしょう。今でいう証人でしょうな。そして最も大きいこの人が長老、要するに裁判長というわけです」


 村長は、大きく描かれた人物を指差しつつ、その人差し指を横にずらした。

「長老の後ろのこの物体は、守り神の想像図です」

「これはー……なんと感想を言えばいいか、複雑な心境になりますね……」

 と、僕は村が神としている存在を悪く言うわけにもいかないと考えながらも、不気味に感じていることがつい表に出てしまった。


「ええ、わかりますよ。実際、村の皆は信仰深く、生きるパワーになっていたのでしょうが、この裁きの場で許される者もいれば、村を追われる者もいたとされています」

 と村長は守り神と信仰に対してあくまで俯瞰した捉え方であることがうかがえる。


 昔の宗教やカルト話によくある構図ではある。ましてや小さな集落でこのような強い信仰が本当にあったとすれば、人の命すら神の判断次第だったかもしれない。


 ポジティブな言葉を探すのが難しいと思いながら、眉を少しひそめ、口に手を当て、沈黙してしまった。

 開いていた窓からシュッと風が入り込み、風鈴の甲高い音が僕をリセットさせ、姿勢を戻した。

 村長の柔和な笑みはしばらく消えていたが、また少し微笑み直して続けた。

「余談ですが、村人の中には守り神の影響で人外の力に目覚める者もいたとされています。まあ、真偽のほどは定かではありませんがね」

「うーん、人外の力ですか……確かにこの流れだと、そういう話も出てきそうというか……」

いよいよオカルトめいた異様さが濃厚になってきたと思い始め、少し力が抜けた。


「話が長くなりましたが、その守り神を祭りたたえ、感謝するために行うのが、守恩祭なのでございます。火を焚き上げ、それを囲って皆で黙祷する特別な時間があります。

火を囲う間は、咳払いすら消えるほどの静けさ——あの祭りはそういう時間です」

「話から察するに、守る、恩、と書いて守恩祭ですかね?文字通りといった感じですね」

「そうです。なぜ10年の間を空けるのかは不明ですが、昔から受け継がれてきた伝統です」

 村長は話し終わったのか、少し姿勢が丸くなった。


「細かく話していただいてありがとうございます。今の生活に信仰が残っている感じはなさそうですが、唯一守恩祭は伝統として続けられているんですね」

「おっしゃる通りです。守り神の逸話は、今となってはただの伝承。祭りはあっても、本気で祈る村人はほとんどおらんでしょう。若い者は特に、詳しくは知らないのではないでしょうかね」

「メジャーな文化や宗教もそんなもんですしね、信仰に興味ない人も形だけ根付いてるみたいな」

「ええ、ええ、今は本当に、普通の村ですよ、普通の」

 時計の針の音が一拍だけ抜けた——気がした。

 少し念を押したような言い方に聞こえたが、さほど気にする程でもなかった。


 僕が一旦ペンを置き、お茶を一口飲んだのを皮切りに、村長も少し疲れた様子で空気が和らいだ。

「いやあ、すごく興味深かったです。ただ守恩祭はなかなかレアなので、体験してみたいけど難しいですねー」

「はは、早瀬さん。惜しかったですな。前回の守恩祭は三ヵ月前だったんですよ」

「えっ!三ヵ月前!?もっと早くこの特集の企画ができていれば…(笑)」


 少しばかり雑談を続け、礼を言って席を立った。あと二日間程村に滞在したい旨を伝えると快く了承してくれ、僕は深く頭を下げて家を去った——。


 村長宅から充分に離れたところで、道中に僕はふと手帳を開く。

 歩きながら一連のメモを改めて見返し、段々と歩むスピードが遅くなり——足元の砂利が一つだけカチリと鳴り、しばらくその場で立ちすくんだ。

 なぜかわからないが、昔話に混じるあり得ない超常現象に辟易しながらも、汗ばんだ薄い布が身体にこびりつくような、「切っても切り離せない」妙な感覚になっていた。


 そして、プロの勘か第六感か、村長の言動や表情を見て僕は「決して嘘はついていないが、全てを言っていない」と感じたのだ。記事になるならあまりマイナスなことを言いたくないというなら自然だが、たぶん、何かをごまかしている——。


 今はとにかく、三峰村の話をどのように記事としてライティングするかが重要と雑音を追い出して、脳内で整理していた。

その最中、ポケットに手が触れ、ハッとなった。

「げ、しまった……石の話、するの忘れてたわ……」

石の感触を思い出した時、一瞬画面のチャンネルがザザっと変わるように神社の景色が脳裏を横切った。


「神社……」


……


ん?あれ?

さっきあの人……。


——僕は「記憶力」に自信がある。

もちろん仕事柄カメラや録音の用意はしているが、ここぞという時にしか使わない。

できるだけその場所や、相手の話に集中したいというのもあるが、一度しっかり見聞きしたものは、細かく思い出せる。

 そんな僕がさっきの村長とのやりとりの数々を思い出し再生していると、神社のワードでストップがかかった。


「なんで村長、僕が神社に行ったこと知ってるんだ?」


僕の記憶が確かなら彼は

「『ああ、行かれておりましたな』」

と返事していた。


 僕が神社に行ったのは確か正午ごろ、

そのあとはすぐに降りてご飯を食べて、

あとは美月さんと話しただけだ……。

美月さんが伝えた?いや、あの子は仕事に戻っていったぞ。


 知る時間あったか?……誰かに聞いた?

聞いたとしたら「行かれたそうですな」とならないか……?

そもそも誰に聞いた?

聞いたにしても、まるで自分が見たかのようなニュアンスだ……。


 まあでも言葉の綾かもしれないし、こういう所はすぐ噂が広まるし、僕を見た人が村長に言ったのかもしれないな。

 ここ最近の奇妙な出来事の連続で、人に対して警戒心が出てしまっている。


 全ての出来事や違和感は、偶然の重なりなのか、それとも、何かでつながっているのか……。


 時計は17時、僕は約束の公園へ向かい始めた。

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