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三ツ峰村  作者: 久念
【第三章】立場と対立
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第15話「視線とほころび」

「うーん。空振りだったかもね」

「まだ一回目ですから。とりあえず食べましょう」

 僕と美月さんは合流後、定食屋で遅めの昼食を取っていた。他の客もおらず、店主は裏のキッチンにいるため、込み入った話ができた。

「さっきも伝えたけど村長の感じ、やっぱりおかしかったんだよなあ。調査されたら困ることがあるとしか思えない」

 唐揚げ定食の唐揚げをぱくりと口に入れつつそう言ってみると、彼女は焼き魚定食の鮭を箸で綺麗にほどきながらこう返す。

「早瀬さんは取材のプロですし、人の機微を見るのに長けてるので、私は信じますよ」

「ありがたいよ。俺は刑事でも名探偵でもなんでもないから、色々ボールを投げてみるしかないんだよね。今回の実験も、また村長と話して反応を見るまでがセットだね」

「そうですね。お互い見つけられなかっただけで、誰かいたかもしれませんし」


 ――水道の音や食器がカチャカチャと鳴る音だけが奥から漏れ聞こえる中、僕らは黙々と箸を動かしていた。

「ああ、あと、佐々本巡査が去っていく時、物ありげにこっちを見てたんだよね。俺を警戒してるのかな」

「どうでしょう……」と彼女は一拍置き、「警察官ですし、知らない人はどうしても気になるんですかね」と言う。

 すると続けて「視線……視線、あ、うーん……」とこぼす美月さん。どうしたの、と尋ねると、彼女は首を傾げながら気まずいといったトーンで口を開いた。


「あまり真剣に聞かないで欲しいんですけど……神社の境内に上がって少し経ったとき、なんか視線を感じたんですよね」

「視線を……?誰かに見られていた?」

「いえ、もう掃除のおじさん以外誰もいなくなった段階で、周りを見渡しても人の気配はなかったんです。こういう実験をしてたから、むず痒くてそんな気がしてしまっただけかなと」

 と美月さんは半ば申し訳なさそうに言い、コップの水を浅く飲んだ。僕はあくまで真剣な目を向けてこう言った。

「普通なら、わからない場所から視線だけを感じるなんてできない芸当だもんね。昔の侍とかならわかるのかな……。ちなみにその視線は一瞬だったの?」

「それが、しばらくずっとだったんです」

「ずっと……?」

「ええ、この前も話した『妙な感覚』も同時にあって。でもやがて無くなりました、私がベンチに腰かけた辺りで」

「その感覚、一カ月前からって言ってたね。まさか霊感体質とか?景色の歪みもそういう、霊魂が見せる現象とか……」

「いやー、霊は見たことないですし、特に信じてないですよ。ただただ、嫌な感じなんです」

「それって確か、ジョウロの中村さんを見た時と、二朗さんの現場に居た時、あと村長だっけ?」

「はい……やっぱ私変なこと言ってますよね、ごめんなさい」

「ううん、そんなことないよ。直感だって瞬時にいろんな情報から答えを得る大事な感覚だし、むげに出来ない。例えば……五感が鋭くなって、理屈でまとめきれない感覚として表れてる、みたいな?」

「五感……ただ、目も耳も良くなってはいないですよ。この焼き魚も、昔ながらのおいしい焼き魚です」

「……」「……」


 二人とも自然と箸の動きがゆっくりになった。口には出さないが、おそらく同じワードが浮かんでいる。頭痛や意識の歪みを乗り超えての開花、つまり伝承の『神寄』と重なってしまうということ……。

「お、俺にはなんとも言えないけど、もし感じた視線が正しいものだとしたら、空振りじゃないってことだね」

「ですかね。もっと細かく言うと、後ろとか横とかじゃなくて、上から覆われて監視されるような圧、閉塞感を感じました」

「えっ上から……?」

 監視カメラがあるわけでもない境内の開けたスペースで、上から覗かれるのは物理的に不可能。まさかヘリコプターやドローンだとしても誰か気づきそうなものだ。彼女の話ならば信じたいが――。


 すると、店の扉がガラガラと軽い音を立てた。位置的に美月さんの目にすぐ入ったのか、「あ」と言い、僕は振り向いた。またもや、相馬だった。

「おお、お二人さん、俺もそこいいか?」

「え、ええ、別にいいけど」と彼女が言い終わる頃には相馬はせっせと僕の隣に座り、大きな声で「ミックスフライ定食1つー!大盛りね!」とキッチンの方向に轟かせた。奥から「はいよー」と、誰なのかわかったというような平坦なトーンで声が返ってきた。僕が「相馬も遅めの昼食?」と問うと、「ああ、あの後ちょっと畑仕事があってな。急な雑用がなけりゃスムーズなんだが……」と相馬は答えた。


 そして彼は、改まるわけでもなくあくまで自然とこう続けた。

「そうそう早瀬、もう何度か会った仲だし、そろそろ話してくれても良くないか?あの石のことといい、お前ら一体何をやってるんだ?」

 意外な質問だった。相馬は軽快で気の良い人ではあるがどこか大掴みで、他人は他人であると線を引くタイプだと思っていた。「え、ええ?何をって」と間を繋ぎ僕が返答に困っていると、美月さんは僕の目を見て一度頷き、「彼なら大丈夫だと思いますよ、害はないはずです」と言った。「なんだよ害って」と返される声が聞こえる中、僕は腕を組み考えてみた。彼がもし怪しい人物だとして、たとえ目論見がバレても、その波紋から何か情報がこぼれ出るかもしれない。何より僕の直感が、彼は非常に頼りになると言っている。


 僕は会社のデスクに石があったことも含め、三ツ峰村に来てからこれまで起きた不可解な出来事、症状、事件の裏側、村長や泰然の妙な言動など全てを話した。彼は始終テーブルの表面に視線を落としながら、腕を組んだり頭を掻いたりしながら聞いていた。途中で届いたミックスフライ定食は高速で食べ進められ、もう残り半分ぐらいになっていた。

「……大げさな気もするが、確かに気になる話だな。二人とも真面目に考えてるのはわかった。この村の伝承は特殊だし、最初はオカルトでも気楽に追ってるのかと思っていたが」と相馬は米をほおばりながら言った。


「まあ確かに、それも否定できないよ。妄想記者と思われても仕方ない」と言うと、彼は僕の目を見ながらこう返す。

「いや――俺は信じてもいいぜ。その石はなんでデスクにあった?なんで二人揃って月が歪んで見えてんだ?あの片桐のおっさんが包丁持って放浪?……ありえねえよ。わけのわからん話ばっかりだ。でもいい大人が実際に体験してんだろ」

 彼が美月さんにも目を向けると、彼女はゆっくり頷いた。お互いに変な嘘をつくような関係性でないことは僕にも想像できた。

「ありがとう相馬、信じてくれて」と僕は素直に言った。

「早瀬と石のことを聞きまわった時、悪い奴じゃねえと思ったしな。それに美月も真剣だ。まあ、蓋を開けたらなんでもなかったってオチでも、そん時はそんだけだったって話だ」

「助かるよ。ちなみに相馬は、最近頭痛とかトラウマに悩まされて、みたいなことはないかい?」

「頭痛はどうだろうな、覚えてないぐらいだから無いんだろうな。トラウマも、みんなほど深刻なもの抱えてねえから……」

「そっか……やっぱり人によってバラつきがあるか。相馬は見るからに健康だしね」


 ――相馬と連絡先を交換した。できる限り協力してくれるらしい。その後も雑談交じりで話しながらご飯を食べていたが、彼は田舎村が自分に適した環境であることは理解していても、強い信仰心や執着心を持っているわけではないようだ。

 定食屋を出た三人。店の玄関前で昼間の強い陽を浴びながら皆で一息ついた。

「で、村長の反応を確かめるんだろ?たぶん自宅にいるはずだ。泰然じいさんはさすがに俺でも動向はわかんねえ。どうする?」と相馬が問う。

「そうだなあ……村長さんは午前中訪ねたばっかりだし、何度も行くと迷惑だし不自然かなと」

「別にいいんじゃねえか?まあ訪ねる口実は考えなきゃ不自然だけどな」

 やりとりをしている中、美月さんは店の前の地面に多く並べてある、小さな植木鉢の花たちを見ていた。そして、「ん?」と一言こぼし、その中のひとつを凝視し始めた。

「……どうしたの?美月さん」

 彼女は中腰になり植木鉢を少しぐるりと回転させると、「……なんだろう、これ」と発した。「え?」と相馬も近くに寄りしゃがみ込む。僕はその後ろから眺めた。


 僕は、植木鉢の側面に薄く細いもので書かれたような文字を見た。その瞬間目を見開き、血の気の引くような感覚を覚えた。何が起きているかわからない中固まっていると、美月さんはその文字を読み上げた。

「『テスト 地下』……?

 僕が「な、なんでこれが……」とつい声を落とすと、その様子に気づいたのか二人はこちらを見て眉をひそめた。

「早瀬、どうした?」と相馬が言うと、僕はハッとなり、美月さんへ質問した。

「こ、これ、なんで気づいたの?」

「え、何気なく見てたら、この『テス』あたりまで目に入ったんです。何か書いてあるなと思ってなんとなくグルってしたら……」

 続いて相馬が「ただの落書きっぽいが……変な言葉だな――なあ早瀬、すごい顔してるぞ、どうした?」


 僕は携帯電話を出し、写真アルバムの中からひとつを開き、それを二人へ見せた。

「これも『テスト 地下』……。昨日雑貨屋に行ったとき、試し書きの紙に書いてあったんだ。気になって念のため撮っておいたんだ」

 二人は謎の同じワードを見て、驚きつつ余計に眉をひそめた。そして美月さんは言う。

「同じ言葉……。でも鉢にも書いてるって、関連性がなくて変ですね。誰かのいたずらかしら?というか早瀬さん、そもそもなんでこれが気になったんですか?」

「これ――おそらく俺の字なんだ」

「え!?」と即座に大きな声を上げた相馬。

「しかも『テスト』は、試し書きをするときにいつも書く単語なんだよ」

 すると美月さんも「え、ど、どういうこと……でしょう?」と口に手を当て狼狽える。

「俺にもわからない……書いた記憶が一切ないんだ。その鉢の方は尖った何かで書いてるから癖は出にくいけど、書き方は近い気がする……」

 二人は唖然としていた。おそらく真っ先に浮かんだのは、片桐さんのような無意識下の行動だろう。


「早瀬、本当にお前の字だとして記憶がないんだとしたら……まさかお前も」

「早瀬さんが意識の混濁?私が一番近くで見てるけど、ありえないわよ、そんなの」

「ずっと一緒じゃないならわかんねえだろ。ましてや記者、文字を書くのは自然な行為だ」

「でも……なんでノートじゃなくてこんなランダムな場所に?」

「それは確かにそうか……鉢に関しては全然自然じゃねえな」

「そうよ、しかも混濁中にこんなはっきり書けるものかしら」

「そもそも『地下』ってなんだろな……?」


 二人のやりとりが続く中、僕は何も言えず考えるしかなかった。この妙なワードの組み合わせ、一つならともかく二つ目の発見となると話が変わってくる。何か意味がある……。待てよ、ペンを探しに雑貨屋……食事をとるために定食屋……いずれも僕が高確率で行きそうな場所ではあるな。もしかすると、三つ目以降があるのだろうか。「自分じゃないとしたら、誰かが俺へメッセージを残してる……?」と僕が言うと、美月さんは「こんな見つけづらい場所にですか?あと筆跡を真似できる人物がこの村にいると……?」と返す。彼女の言う通りだ。もっと言えば、隠したメッセージならばもっと意味がわかるように書くべきだ。

 内容の意図は不明だが、なんとなく、この文字に何かを急かされているような、背中を押されているような気分がしてならなかった。


 そして三人で頭を抱える中、突然美月さんが自分の両手をお腹に巻き、寒さをしのぐような姿勢で、嫌悪の色を浮かべた表情とともにそわそわし出した。

「み、美月さん、どうしたの?」

「……今、また、嫌な感覚が。なんとなく見られてる感じがして……」

「ああもう、なんなんだよ次から次に!」と相馬。

 さっきの彼女の話では、上から感じたという視線。僕はそれを思い出し、なんとなく空を見上げた。……もちろん特に何も見当たらない。普通に空があるだけだ。周りにはひと気もないし、監視カメラなどもない。やはり杞憂か?いや、彼女の様子は、明らかに何かを感じ取っている。演技をする理由もあるはずがない。

 十秒ほど経つと彼女は「……おさまりました。ごめんなさい、またか、という感覚。自分でも嫌になります」と、一度深呼吸をして姿勢を正した。


「美月、それ本当に霊感か超能力なんじゃねえか?」と相馬は言う。僕が認めたくなく、思いたくないことを代弁されたような気分だった。美月さんも、理解できない体感に戸惑うのみで特に明確な返事も持てなかったようだ。

「美月さんが何かの心理誘導を受けて錯覚してる可能性も捨てきれない……非科学的な話を信じるには、根拠が足りない。守り神の存在と能力から認めることにもなってしまいそうで」と、自分に言い聞かせるように僕は言葉を嚙みしめながら言った。


「要は私が、マインドコントロールのようなものを受けてるってことですか?だとすると目的不明ですし、本当に誰か悪い人がいるってことになりますよ」と美月さんは返す。

 三人とも目線を下げしばらく沈黙した。そして僕は小さくこう言った。

「とにかく……この村を知ることが、すべてに繋がる気がする。とりあえず僕一人で、泰然さんに会いに行くよ」

「わかりました」と冷静に返事する美月さん。「変なことが起こってるのはわかった。なんかあったら連絡くれ」と相馬もたくましく返した。

 皆がもやついたまま、一旦解散した。二人は一度帰宅するとのこと。そして僕は、神社へ向かうのだった。


 15時40分。

 僕はもう何度か忘れるほど歩いた中央広場を通っていた。今日はいつにも増して暑いことがわかり、あらゆる方向から聞こえるセミの声も高らかだ。午前の雑木林の涼しさとは違い、歩いているだけで汗がにじみ、さっきまでの冷や汗と同化したような嫌悪感があった。

 神社へ行くにはこの中央広場を北に抜け、何度か石の階段を登る必要がある。一旦、その道の近くの日陰でしゃがみ込み、広場の景色を見ながら、タオルを出し汗を拭いていた。その時――。


「おや、早瀬さん」と横から声がした。そこにいたのは、なんと偶然にも村長だった。

 さて、どうしよう……突然の登場で驚いたが、訪ねる手間が省けて好機でもある。村長の顔と所作を見ると、少し疲れてるような印象も受ける。村長宅からここまでは大した距離ではない。やはり暑さか、年齢からくるものだろうか。

「ああ、村長さん、お散歩ですか?」と聞いてみる。

「え、ええ、まあそうですな。家ばかりにいたら陽を浴びたくなりまして。しかし暑すぎますな」

 なんだろう、少々言葉のテンポが悪い。何か気まずいのか……?

 村長はこう続けた。

「早瀬さんも色々と寄り道ですかな?これから神社へ?」

「あ、はい、そうですね」


 ……あれ?午前中、僕は彼に「これから神社に行く」と、正確な時間は示さなかったものの、あえて直後に向かうような言い方をした。しかし彼はまだ僕が神社へ行っていないことを知っている。たしかに神社へ向かう手前あたりに座っているが、広場の方を見ているこの状況なら、今神社から降りてきたかもしれないじゃないか。また、なぜ知っているという違和感が現れた。


 一粒の違和感でしかないが、僕はイチかバチか言葉にしてみた。

「どうして今から神社だと?」

「はい?……なぜって、ここは神社へ向かう方向ですし」

 彼は途中一瞬言葉に詰まったが、よくわからないといった表情をしている。

「よくわかりましたね。まだ行ってないって」

「……さて、どういう意味でしょう?」


 さすがにそう言うか。やはり決定打にはならない……でも彼の顔と言い方は、どこか刺々しくも感じる。午前中のあの雰囲気と同じだ。この際、正直に言ってみるか。

「あ、いえ。おっしゃるとおり今から行こうかなと。あれから一人であちこち散歩してたんです。あっちの方角を抜けたところに行ってみましたが、相馬が一所懸命作業してましたよ。あと佐々本巡査とも会えたのでご挨拶を」

 すると村長はこう返した。

「……ああ、あそこですか。そういえば、さっき私も巡回中の佐々本君と出くわしましてな。世間話であなたと会ったことも聞きましたよ。ただ早瀬さん、あそこは立ち入り禁止ですし危ないので、もう奥に入らないでくださいね」


 ……もう?ちょっとまてよ、なぜ林に入った前提で話している?僕が林に乗り込む前に、佐々本巡査は帰っていった。僕は慎重に動いていたため、このことはしっかり記憶している。

 村長が佐々本と会ったのは本当なのだろう。おそらくその時に聞いた話と、別の情報が入り混じり、とうとう彼は今までと比べより明確に口を滑らせたのだ。尾行は――あった。

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