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三ツ峰村  作者: 久念
【第三章】立場と対立
14/14

第14話「境界線の向こう側」

 長年暮らしていても聞いたことない呼称。美月さんは村の住人であることから、僕よりも困惑が強いようだ。

「泰然さんに聞くのが一番早いだろうね」と言うと、彼女は目線を泳がせ「……で、でも、話してくれるでしょうか?匂わせるような言い方をするってことは、直接言えない事情があるのかも」と返した。

「確かに言わないかもしれないけど、きっと何か反応を示してくれるはず。彼が好意的なのかまだわからないところはあるけどね……」

「だとすると、できればお二人だけの方が良いでしょうね。住人の私はノイズになるかも」


 まるで霧の中を彷徨うように、互いにひとつひとつ頷き合いながら話していた。彼女は基本的にキリっとした覚悟の顔だが、半ば村に疑念を持つことは複雑な心境だろう。しかし、僕も止まることはできなかった。

「それで、村長さんの話に戻るんだけども」

 僕はノートを開き、ある見開きのページをテーブルに広げた。

「え……これ、自分で全部描いたんですか?」

「うん、この前村中をじっくり歩きまわったからね。意外と広いから疲れたよ」

 ノートに描いたのは、三ツ峰村のおおよその地図。簡易図に毛が生えた程度だが、「どう?大体は合ってる?」と聞くと、しばらく見回した彼女曰く「はい。位置関係合ってます」とのこと。

「地図は村長さんに貰いたかったんだけどタイミングがなくてさ。……それで、ここ。中央広場を診療所の方に向かってずっと先、道が細くなっていくにつれて周りが雑木林になっていく。道は行き止まりになるよね」

 地図に指をさしながら問うと、彼女は頷くも不思議そうに答えた。

「ええ、資材置き場のようになっていて、普通は誰も行きません。この先はひたすら森で、山に向かう方向なので傾斜も出てきます。危険なので、特に子どもたちは行かないよう強く言い聞かせられますが……ここが何か……?」


 僕は詳細を話した。まずは、村長本人か協力者が尾行しているかどうかを確かめたいという点。ひと気のない雑木林に行けば、偶然誰かに会うこともない。後ろから付いてくる人の気配ぐらいはわかりそうなものだ。ただの試行錯誤のひとつだが、とにかく取っ掛かりが欲しいのだ。

 彼女は顎に手を当て、前のめりでノートを見つめながらこう返した。

「意図はわかるんですけど、尾行が本当だとして、常時ではないかもしれませんよ?」

「うん、そこでもう一つやっておきたいことがあって。軽く実験してみようと思う」

「じ、実験……?」


 翌日の11:00、村長宅の玄関内。

 妻の明子さんに繋いでもらい、村長と対面した。彼は部屋に上がるように促してくれたが、僕は「いえ、すぐに出るのでお構いなく。挨拶がてら少々お伝えすることがありまして」と言い、彼もそれに同意し玄関先での対話が成立した。

「毎度アポなしですみません」

「いえいえ、お通夜で騒がしくなってしまって申し訳ない」

「二朗さん、お気の毒でしたね……」

「はい、昔からの村の仲間。とても悲しいことです」

「ええ、同じようなことが二度と起きないことを願いますね……」

 あえてそう言うと、村長の瞼が一瞬ピクっと動いた。縁起でもない、という表れか、はたまた別の何かか。お互いの間に風が抜けたような、妙な空気になった。僕はなるべくテンポを崩さぬよう続ける。

「そういえば先日もお話していた件なのですが。頭痛患者が多いことと、あとは片桐さんの変な行動についてです」

 僕は眉をひそめるのを我慢し、あくまで普段通りのトーンを貫いた。


「あ、ああ、その話ですか……」

 村長は軽く腕を組み、目の行き所に丁度よかったのか、玄関に飾られた花に一度目をやり、またこちらを見た。

「はい。二朗さんもまた、認知症の診断までは受けていなかったと聞きます。片桐さんと二朗さん、どちらも無意識に放浪していたという点が似ていて、どうも気になりまして」

「……高齢化が進む村ですから、そんな偶然が重なることもあるのでしょうな」

 絵に描いたような無難な返しが短絡的に感じる。もう少し問題視して欲しいが、そこは部外者のお節介か。

「かも、しれません。ただ頭痛も含め、共通の原因があるかもしれないと感じるんです」

「ほう。ということは、流行り病のようなものだと?」

「わかりません。ただ、私もこの村が好きになりましたから、心配なんです。勝手ですが、記事とは関係なく知りたいというのが正直なところでして」

 これは嘘ではない。全員とまではいかないが、信頼できる村人には愛着を持っている。静かな田舎村はどこか懐かしくて、ここを壊されたくない気持ちになる。だからこそ負い目なく、まっすぐな眼光を向けることができた。その目に彼はこう返す。

「……早瀬さん。ご心配いただくのはありがたいが、あなたの貴重な時間を奪うわけにもいきません。どうか無理なさらず……」


 村長の表情はそのままだが、少し声が細くなった。この話をするためわざわざ来たことに、何か違和感を覚えているのだろうか。僕は彼の反応から何か読み取れないか、始終深く観察していた。

「実は出張ついでに、溜まってた有給を消化中でして。宿泊費は払いますから、休日に来た旅行者としてもう少し居させてください。それをお伝えしたくて」

「ええ、それはもちろん構いません、ただ――」

 彼は初めて目線を落とし、言葉に詰まった。

「はい?」と返すと、彼はゆっくり目を戻し、僕を見てこう言った。

「あまり深入りされぬよう……」

 その瞬間、玄関を包む空気が一段重くなった気がした。彼の目線は僕の胸あたりに下がり、その顔は感情を無にしたように冷たくも見え、しかし力が抜けているようにも見えた。……深入り。引っかかる言葉選びだ。

「それはどういう?」

 僕はあえて何もわからないといった、純粋な表情で聞いた。すると目線を戻した彼はこう言う。

「ああっ、せっかくの滞在ですから、ゆっくりしていただきたいという意味ですな。症状の件は私も調べてみますから、どうか村のことは、村の者におまかせください」


 軌道修正されたが、彼の落ち着いた静けさの奥に、何かが宿っているのを感じる。まるで僕の足元に線をひとつ引かれた気分だ。探りたいが、これ以上詰めると僕も今後やりづらくなるだろう。――やはりこの人、何かあるのか……?

「わかりました、ありがとうございます。村の歴史にもまだまだ興味があるので、これから神社を改めてゆっくり見てみようかと。あとは散歩しながら観光させてもらいますね」

「さようですか。どうかお気をつけになって。何か困ったらいつでもお尋ねください」


――僕は村長宅を出た。出際にさらっと聞いてみたが、村長は外に出る予定はなく、今日は自宅に居るとのことだった。

 さて、彼は僕が神社に行くと認識している。しかしここから向かうのはまったくの別方向、例の雑木林。そして神社には美月さんが既に待機しており、メッセージで連絡を取り合っている。もし村長本人、もしくは協力者が僕を尾行している場合、どちらかの場所に何か違和感が現れるはずだ。


 早速、中央広場を経由して村田診療所の方向に歩いた。診療所を過ぎると舗装された道はやがて一本道となり、いくつかの家が左右にぽつぽつと点在するのみ。散歩道としては最適だろう、暑い日差しは木々の影と混じり、風の通りも良くたまに涼しい。

 そして気が付けば建物ひとつ無くなり、木の葉が揺れる音と、自分の足音だけが耳を撫でる。ピリついていた気持ちが良くも悪くもほぐされた。


 歩行中、ポケットのモバイルが震えた。美月さんからのメッセージだ。「神社はさっきまで何人かいましたが、今は外を掃除をしている男性が一人いるのみです。妙な挙動の人は今のところいません」とのこと。僕は特に目印のない道でどう報告しようか悩んでいると、視界の奥に、道なりに右へ曲がるポイントが見えた。あそこを曲がるとすぐ行き止まりになるはず。「こちら、もう少しで道路の行き止まりだよ」と送り返した。


 曲がり角を右へ曲がる。すると――いくつか木材が雑多に置いてあったり、積み重なったりしているが……何より気になるものがあった。軽トラックだ。さらに、重ねられた木材によって場所はわからないが、どこからかガサガサと音がする。

「(誰かいる?誰だ……?)」

 僕は恐る恐る歩き近づくと、木材の陰からひょいと立ち上がる顔と目が合った。直後にその顔が発した「おお!早瀬じゃん」という大きな声に一瞬たじろいだ。その人物は相馬だった。


「あれ、相馬……?ここで何を?」

 相馬は木の板をいくつか軽トラックに載せながら言う。

「おお、村長んちの近くに、古くてボロッちい役場があるんだけどな?建付けが悪いところがあって、補強の素材の調達。まーた雑用だよ」

「そうなんだ……え、村長に頼まれて?」

「ああそうだよ」

「ちなみにそれっていつ頼まれたの?」

「あー、昨日の昼間に電話で頼まれたけど」

 昨日の昼間ってことは、さすがに相馬を差し向けたわけはないか、用事も明確だしな。

 相馬はせっせと手と足を動かしながら顔だけをこちらに向け質問した。

「なんでそんなに気になるんだよ、というか早瀬こそこんなとこ来て何してんだ?」


 ――さて、どうしよう……。相馬は終始面倒くさいといった表情で作業をしているので、終わり次第すぐに軽トラックで場を離れることだろう。とりあえずやり過ごしてみた。

「あ、いやいや、いつも大変だなと思ってね。俺は散歩しててたどり着いただけだよ」

「そうか。ここに来るなんてレアだな。こっから先は森しかないぞ。ほら、子どもの注意用に立ち入り禁止の札もある」

 僕は彼の真っ当な返しを聞きながら、手元でこっそり美月さんへ「相馬と遭遇」と送る。するとすぐに「げ…」と返ってきた。

「いやー自然と戯れるのも気持ちいいからね。ここで森林浴でもして戻るよ」と後ろ髪を搔きながら言った矢先――後ろから「ジリンジリン!」とベルの音が聞こえた。第二の驚きの中振り返ると、そこには自転車に乗り警官の服装をした人物。村でこの格好をしているのは確か、佐々本真司巡査だ。

「あーなんだ、相馬君か。それと――記者の早瀬さんでしたね」と言いながら自転車で近付き、小さくキイッと音を立てて止まった。


 僕はとりあえず会釈をした。二朗の現場にいた時は近くで見ることができなかったが、僕と同じか少し年上といったところか。警官らしい健康そうな体つきと、端正な顔立ち。……それにしても、警官に呼び止められる経験が少ないのでさすがにそわそわする。すると、なぜか久々にズキッと頭痛がした。

「(なんでランダムに来るんだよこの頭痛……鬱陶しいな)」

 自転車に乗ったまま片足を地面に付ける佐々本に、相馬は言葉を返した。

「びっくりしたじゃん、巡回?」

「うん。昔子ども達が遊び場にしたこともあるから、まわるときはここも寄るようにしてるんだよ。注意喚起なんてあっても無視する子はいるからね」

「まあ見ての通り、大人二人だけだから安心しな。早瀬も散歩してたんだってよ」

「そっか……」と佐々本は僕をちらりと見た。若干不思議そうではあるが、仕事で来ているから不審者とは思われないだろう。とりあえず僕も言葉を返した。

「佐々本さんですね、この度はお邪魔してます。色々大変ですね」

「あ、ああ、ご丁寧にどうも。噂は聞いてますよ、すっかり馴染まれているようで」


 無難な会話を続ける中、相馬は荷積みが終わったのか足早にドアを開け、エンジンをかけた。静寂な空間でのエンジン音は普段よりうるさく鳴り響いた。そして相馬は窓から顔だけを出し「先にいくぞー、狭いから避けとけよー!」とエンジン音に負けない大きな声で言い、軽トラックは何度か切りかえし、僕と佐々本の傍を早々に横切っていった。

 続いて佐々本も「この先は危険なので行かないようにね」とだけ残し自転車で去っていく。情報通だろうから少し話を続けようと思ったが、去ってくれるならそれはそれでありがたい。


「……ふう。無駄に時間を食ったな」とこぼしつつ、何気なく振り返ると、走り去っていく佐々本が、一瞬だけ横目でこちらを見た気がした――。

「……ん?」

 なんだ、怪しまれているのか?……今気にしても仕方ないか。

 僕は注意喚起の立て札に少々の罪悪感を持ちながらも、雑木林に入り込んだ。それと同時に美月さんにメッセージを送った。

「相馬の相手してたら佐々本巡査の巡回とも鉢合わせしちゃった。もう二人はいなくなったから、しばらく歩いてみるよ」

 すると彼女から、待ち構えてたかのように迅速な返事が届いた。

「佐々本さんもですか!相馬さんといい、ついてないですね……こちらは異常なしです」


 ――歩いていくと、落ちた葉や土、小石を踏みしめる音だけが聞こえ、風が吹くと木々が呼応するようにざわっとした音に包まれる。涼しいが、昼なのに暗く、孤独感とともに少々不気味な怖さも感じる。行き過ぎると迷いそうだし、たしかに危険と言われるのもわかる。

「雑木林に入ったけど、尾行の気配はないよ」と送ると、美月さんから返信があると思いきや着信が入った。

「もしもし早瀬さん?もう電話した方が早いと思いまして」

「たしかに。そっちは不審な人はいなかったんだよね?」

「ええ。むしろずっとここにいる私がそろそろ不審ですね」

「あー……(笑)。ごめんね、暑い中」

「屋根付きのベンチに座ってるので大丈夫ですよ。ふう、やっぱこの神社、普段は人来ないですねえ。掃除してた人もどっか行っちゃいました」

「そっか。先に戻ってもらって大丈夫だよ。僕はもう少しブラブラしたら戻るね。ここはもし尾行があったら足音と気配で絶対わかる。道で待機してたとしても、引き返した僕に見つかりそうなもんだ。相馬か佐々本さんに見られててもおかしくない。いたとしてもかなり手前の道だろうね」

「あの……もしかしてですけど、相馬さんか佐々本さんがそれってことは……?」

「うーん、たぶん違うと思う。相馬は確実に用事で来てたし、佐々本さんが尾行だとしたら、わざわざ目の前に現れる理由がないからね」

「なるほど、わかりました。気を付けてくださいね。ちなみに、子どもを怖がらせるための迷信でしょうけど、その辺はお化けが出るって噂ですよ」

「えっ……早く言ってよ……」


――美月さんは中央広場に戻ると言い、通話を切った。そして僕はというと、佐々本がいう子どもの好奇心のように、この不気味さと静けさが胸の奥をくすぐり、引き寄せられるかのごとく奥に進んでしまっていた。

 木々はランダムに生えているものの、なんとなく順路であるかのように歩きやすい地面が続く。昔は村人が通っていたこともあるのだろうか、なんて考えていると、比較的開けた場所に出た。膝ぐらいの高さの岩があり、僕はそこに腰かけた。

「村も静かだけど、ここはとびきり静かだな……考え事するにはちょうどいい」

 あたりを見渡すと四方八方木ばかりだが、奥の方は地面が少しずつ盛り上がっているのがわかる。ここからは段々と坂になるようだ。もう戻ろうかと思う矢先、目線の先の地面が一瞬キラッと光った気がした。

「いまのは……?」

 僕はよいしょと立ち上がり、ある木の根元付近にある地面にめがけて歩く。確かこの辺りか、と前かがみになり首と目をウロウロさせていると、見る角度の問題か再度それは光ってくれた。

「これは、乾電池……単三……か」

 拾い上げると、土で汚れてはいるが、手で払うとあまり錆びついておらず、割と古くないことがわかる。冷静に考えると誰かがかつて捨てただけに思えるが、木や葉や土しかない世界の中で異様に浮いて見えた。ゴミ拾いの感覚でリュックの小さいポケットに入れたのだった。

「ゴミを捨てた……?もしくは落とした……どちらにせよ、なぜ乾電池なんかがここに……?」

 考えすぎる性格はいつものこと、と一旦俯瞰した僕は引き返し、颯爽と道路へ戻っていった。


 ――結局尾行の気配は二つの場所でも感じられなかった。少し拍子抜けはしたものの、頭の中で再生される村長の「深入りされぬよう」というセリフと、その時のなんともいえない意味深な表情が気になって離れない。

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