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三ツ峰村  作者: 久念
【第三章】立場と対立
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第13話「届かなかったメッセージ」

 夜が明けた。

 廊下での出来事がついさっきのようだ。あの後もしばらく通夜の余韻を残し、その後は貴美子と何人かの村人が二朗を自宅に運んで一夜。今日、隣町の葬儀場で家族葬をするとのこと。場所を移し、村の手を離れるようだ。

 僕はといえば……妙に頭が冴えている。昨夜のことで一種のハイになっているのか不明だが、長所である記憶力の調子が良いようだ。これまで起きたこと、会話の端々、相手の表情もしっかり思い出せる。


 10時00分、太陽が頂点を目指し、夏の陽射しが調子づいてくる中、僕は中央広場の中心に立っていた。ここで三カ月前、守恩祭が行われたわけだ。もちろん何かが見つかるとは思っていないが、なんとなく引き寄せられ、思いを馳せていた。

 もし僕の疑念が何もかも完全な勘違いで、村人の異常も日常に起きたちょっと変わったエピソードだとしたら、馬鹿馬鹿しいと同僚の杉浦に笑われるだろう……。

 少し葛藤しかけた瞬間、まるで何かに引き戻されるように、数々の出来事やセリフの記憶たちが次々と宙を舞った。


「そんな石がお前のデスクにあるの変だろ」

「クワを持った男性が意味もなく地面を掘り返しては埋め、移動している……」

「女性は約五分間、ジョウロを傾けたまま動かなかったんです……水は一滴も、出てこなかったんです」

「三カ月前の守恩祭から、頭痛と意識混濁のある村人が増えだした」

「嫌な思い出が、しょっちゅう頭を駆け巡るんです。無理矢理見せつけられてるみたいな。そのせいで気が滅入って、気付いたら内へ内へ入り込んで……」

「私にも気を付けていただきたい。自分がまた包丁を人に向けてしまうかもしれないと思うと、恐ろしいのです」

「このカルテファイル、『は行』の紙がすべて無くなってる……?」

「そうですか……。同じ日の満月を見てましたが、私の場合、月が丸ごとグネグネ動いて見えていたんです」

「守り神様は村の発展のためか、何かに長けた者のその力を支援した」

「そして伝承では、神寄になるときの反動か、心身に悪影響が出たとされる」

「あの日々を思い出して、つい屋根に昇ってしまったのだろうか。今となってはわからんがな……」


 すべての言葉が通り過ぎフェードアウトしていく。

 そして、二人の老人の、二つの言葉が頭の中を覆った。

「人生は短いようで長い。多少の寄り道はあって当然。納得できるまでおったらええ」

「あらゆる疑いを捨て、神を崇めることは妄信。実際に存在するか否かより、何かを信じてみることで、糧になることがある」


 やがて意識がはっきりとし始め、それまで小さく聞こえていた蝉の鳴き声が段々とうるさく聞こえだし、まるでアラームに目覚めるような感覚とともに、ズキンと頭痛がした。僕は自然と言葉を漏らした。

「そうだ――自分の考えを信じて動くしかないじゃないか」

 僕は中央広場から歩き出した。


 おそらく、これまでの調査の仕方ではもう追い付かない。僕はきっとこの小さな村で、何か大きなものを理解しなければならない。もう、偶然など信用しない。


 まだ靄がかかった状況の中で、ひとつだけ、やけに輪郭のはっきりした存在がある。それが、村長だ。彼は意図してなのか不明だが、村の情報に関して何か出し惜しみをしている。

 泰然が明かした「神寄」。村長はその能力を得る際「頭の痛みと意識の変容がある」ということまでは、言わなかった。

 もうひとつ、先日の泰然との会話の中で、村長がはぐらかせた瞬間。たしか泰然はあの時「かつての村人達は、より大きな力を欲し」と言った。その先は聞けなかったが、何か村にとってネガティブな話が埋もれていると想像できる。

 まっすぐに考えれば、「都市伝説」「カルト」など村への不信感を与えたくないという理由にも取れるが、おそらく別の理由がある。


 現に村長は、知らないはずの僕の行動を把握しているのだ。彼は、僕が村長宅に行く直前に神社へ寄ったことを、まるで見たかのように応答した。そして、診療所の中にまで入り込んだことを知るような発言もした。

 もしかすると僕を警戒しているかもしれない。あるいは、僕に触れて欲しくない何かがあると仮定するしかない。

 僕はまず村長をターゲットに絞ることとした。そして近い位置にいる泰然だ。彼の言葉の中にまだ、明らかに気になる点がひとつある――。


 11時15分。

 村長にアポ無しで尋ね続けるのも失礼だからと、しばらくメモを眺めながら散歩し、どう仕掛けていくのかを考えていた。とりあえず神社に向かってみるか、少しお腹が空いたので定食屋に行くか、と迷っているうちに、手元のボールペンに気を留めた。

「あれ、黒がもう無くなってきてるな。替えのペンは部屋に置いてきちゃった……はあ、こういうとこ本当だらしないんだよなあ」

 予備のペンもない記者という自分に辟易しながらも、ある店を目指した。確か小学校の隣に駄菓子屋があり、文房具も置いてあるのをちらっと見た記憶がある。


 ――通り過ぎる小学校はそれなりに広い校庭、その奥に小さめの古びた校舎がある。そういえば子どもはちらほら見かける程度。おそらく今授業中であろう生徒の数も、少ないのだろう。

「さて、ここか」

 校舎に負けじと古い建物である駄菓子屋は、入ると少し暗く、「いらっしゃい」と老女の声が聞こえた。その人は椅子に座ったままビクともせず、雑談するもジロジロ見るわけでもなく、部外者の僕に何の興味もないがぞんざいに扱うわけでもないよといった、まるで悟りを開いたように穏やかな雰囲気だ。その距離感に妙な心地良さを覚える。

 商品はザ・駄菓子屋といった感じだ。ただトイレットペーパーやシャンプーなど生活用品も置いてあり、僕の記憶通りの場所には文房具が並んでいた。


「(ええっと……とりあえずこのボールペンでいいか。……おっ)」

 試し書き用の紙が置いてある。手に乗る程度のサイズの紙を重ね、端をてきとうな石で留めている。僕は書く仕事のため、試し書き紙があると必ずてきとうな文字を書く癖がある。

 既にいろんな人が書いたであろう、カラーペンの色鮮やかな線や、誰かの名前や、クマのかわいい絵などが雑に並んでいる。なんとなくほっこりする。僕は仲間入りするように「お試しテスト」と書いた。いつも書いてしまうなんの工夫もない文字だが、この日常感に少し口元がほころぶ。


「……ん?」

 どうやら何枚目かの紙の端が折れているようで、少しだけ浮いている。「たまに下の紙に書く人いるよな」と何気なくパラパラめくってみると、そこには、「『テスト 地下』」と書いてある。

「(なんだこりゃ……テストって、単語が被ったな。生徒が来るだろうし、勉強のテストか?地下ってなんだ?)」と思っていると、やがて僕の眉間は狭く、目は大きくなった。


「ま……まて、これ……俺の字……?」

 いつもより大きめの頭痛が一瞬、僕を襲った。

 文字は仕事柄よく見る方だし、自分の字の癖もよく把握している。この字は……自分ととてもよく似ている。「テスト」の部分は、さっき書いたものとほぼ同じと言っていい。

 どういうことだ……?もちろん、僕は書いた覚えはない。今、初めてここに来たのだ。

「(まてまて……冷静になれ。筆跡が似ることはある。で、でもこれは……)」

 僕は急な恐怖が襲い、すぐに紙を戻し、ボールペンを購入した。店主の老女には変わらずの落ち着きようで「ありがとうね」と言われたが、ついそそくさと店を後にしてしまった。


 広場方面に戻りながら、コツコツと自分の足音だけが聞こえる中、考える。

「これは、偶然か……?いや、もう偶然は信用しないと決めたはずだ。でも、だとしたら……」

 真っ先に思い浮かんでしまうのは、やはり意識のズレ。自分も知らないうちに、奇妙な行動を取っているのか?……だが、そうであったとしても全く来たことない店に行くはずがない。これまで見聞きした混濁しての行動内容は、日常の延長のはずだ。そもそも僕は、紙をわざわざめくってまで書く癖はない。誰かが真似して書くなんてことも、意味がわからずありえない。僕の字をじっくり見た人は、この村にいないはずだ。

 妙の連鎖の中で、変に浮いた妙が加わった――。


 その後、一旦神社へ行ってみたものの泰然は不在だった。神社のすぐ近くに彼の住む家もあると美月さんから聞いていたが、こちらもアポ無しだったので仕方なしと、とりあえず定食屋へ向かい昼食を済ませたのだった。


 17時30分。

 僕は昼食を済ませたあと、部屋に戻りずっと過ごしていた。試し書きの件で少し気分が悪くなったこともあるが、メモ帳やノートPCで改めて考えをまとめたかったのだ。インターネットであらゆるワードを調べるなどもしたが、「守り神」や「意識のずれ、頭痛」などは範囲が広すぎるため村との関連性は見つけられない。固有名詞であろう「神寄」も、特に引っかからなかった。

 陽が落ち始め、窓からはもう何度目かわからない綺麗なオレンジの光が差し込む。


 そして、仕事が終わった美月さんがこの部屋に辿り着いた。

「連日大変なのに、ありがとう」と言うと、彼女は「いえ、大丈夫、元気ですよ。それに二朗さんのこともあったし、落ち着いてられません」と、覇気を取り戻していた。同時に、憂いも感じられた。おそらく親を亡くした貴美子に対しての共感が強すぎるのだろう。昨夜、涙をこらえて必死に支えていた彼女の顔を思い出す……。


 すると、僕の心配そうな顔が伝わったのか、彼女は自ら話し始めた。

「……私が十二歳の頃、父親の仕事の都合でこの村を離れたんです。その後十七歳の時に帰郷することになるのですが、そのきっかけが両親の離婚でした」

「そうなんだ……」

「父は都会に残って、私と母はこの村に。離婚の理由は不明でした。でもたまに連絡取り合ったりしてたので、色々複雑だったのかもしれません」

「複雑だったにせよ……やっぱり子にとっては関係ないからね」

「ええ……。その後間もなくですが、不幸にも父は交通事故で他界したんです。私にとってはずっと父でしたから悲しくて。それから一年後あたりでしょうか、今度は元々身体が弱い母親の体調が悪くなって。私には見せませんでしたが、やはりシングルマザーの苦労があったみたいです」

「……過労、か……」

「はい。なかなか風邪のような症状が治らず、薬で誤魔化しながらの生活でした。でもやがて大病を患って、結局入院。しばらくは生きていましたが、最期は、私が看取ったんです」


 僕は言葉が出なかった。これだけしっかりしている美月さんを造り上げるまでには、あまりに不幸な背景があったんだ。しっかりしていなければ、立っていられなかったんだろう。僕はひたすら彼女の目をまっすぐみて、頷きながら聞いていた。


「その時……もちろん悲しくて仕方なかったんですけど、それと同時に、しこりも残っていて」

「しこり……?」

「母はいつも私に辛い顔ひとつ見せず、疲れてそうな時に心配しても『大丈夫よ』と笑顔を絶やさなかったんです。経済的にも、精神的にも大丈夫なわけないのに。親としての気持ちもわからなくはないけど……一人で私を育てながら生きるって、いろんな想いがあったはず」

「子どもって親の顔と言葉には敏感だもんね……」

「はい。当時の私は飲み込みながらも、母が何も言わないことを素直に受け取れず、自分の存在が邪魔なんじゃないかとも半分疑ってしまった。入院して、やがて意識がなくなった母を見ながら、ずっと思い続けました。『この人は、どう感じて、何を考えていたんだろう』と」

「……正解を聞けないまま残ったしこり。貴美子さんを全力で支えたのは、その気持ちがわかったからなんだね」

「その通りです。もし生きてたら、いつか聞けたかもしれない答え……。メッセージはもう聞けないし、こちらから何か伝えたくてももう届かない。私も当時は悔しかった……だから、今回のことも、許せないんです」

 と、僕の胸のあたりまで視線を落とし、力強く発する彼女。僕には、きっと母のすべては愛だったんだよ、なんて軽々しく吐くことなんてできない。


「ああ、必ずなんとかしよう。これ以上被害を増やさないためにも。……頭が下がるよ、ご両親を亡くすなんて、僕なんかじゃ返せる言葉がないけど、君は今もしっかり自立して生きてる。それが凄いことだというのは、僕にも言えるよ」

 それまで彼女の糸で張ってたような表情が少し緩み、穏やかな顔になった。

「ありがとうございます……。家の近所に、幼いころから可愛がってくれた井口おばちゃんって人がいるんですけど、私が村に帰ってきたからも、母を亡くしてからも、すごく親身になってくれて。私が孤独を感じないよう、たくさんお世話してくれたんです。今があるのは、おばちゃんの存在が大きいんです」

「そうなんだ……!凄く優しい方なんだね。まだ顔を見ていない人かもな、会ってみたいな」

「ふふ、今度紹介しますね――ああ……」と彼女はふと顔を見上げた。


「どうしたの?」と聞くと、「私がそのトラウマから例の症状で苦しんでた時、現実と向き合おうと必死だったんです。そんな中、おばちゃんの存在がとても癒しになったなって」と美月さん。

「……なるほど、それで乗り越えられたんだね」

「ええ、症状に苦しんでる時におばちゃんにも相談して、寄り添ってもらいました。母がいつも私を心配して大事に思ってたという話も聞きました。それでだんだん、自分の中で折り合いがついたというか。母の優しさも、愛情としてまっすぐ受け入れることができました。それから程なくして、症状は落ち着いていったんです」

「なるほど……。辛い思い出なのに話してくれてありがとう」

「いえ、隠したいわけじゃなかったんです。むしろ、私も今回の件の被害者である可能性が高い。その情報として扱ってください」

 美月さんは頭痛や意識の混濁症状から脱した人。もしかすると他にもいるかもしれないが、確かに冷静に見れば稀有な存在だ。目の前の勇敢な顔とそのセリフに、僕も前を向くしかないと思えた――。


 お互い、ふう、と一息ついた。そしてパンっと両手を叩く美月さん。

「さ!これからどうしますか?私も考えてたんですけど、正直何をすべきか思いつきません」と彼女は言う。

「わかった。進めよう。ここからは調査だけじゃなくて、こちらから仕掛ける」

「し、仕掛ける……?」

「やっぱり村長さんが怪しい。彼には申し訳ないけど、そう仮定するしかない」

「早瀬さん、前からやたら気にしてましたもんね」


 ――僕は彼女に、村長を疑う理由を改めて整理し伝えた。

 オレンジ色の空は間もなく闇に染まるであろうグラデーションを作る。そして彼女は納得し、この際腹をくくると言い、こう続けた。

「わかりました、具体的には何を?」

「実は村長の件の前に、ひとつ確認したい点があるんだ」

「なんですか?」

「泰然さんなんだけど。美月さん、二人で村長の家に行ったとき、泰然さんが去り際に言ったセリフを覚えてる?」

「え……っと。あの後はバタついてしまったので……」

「あまりにさらりと言ってたしね。彼はこう言ったんだ。『何か気になることがあれば、改めて新神社に来なさい』」

「記憶力さすがですね……で、それが何か……ん?」

 彼女は、掴みどころがないがモヤつくといった顔で聞く。僕は返した。

「『新神社』。初めてこの言葉を聞いたけど、あの神社、何か大きなリニューアルでもしたとか?」

「な、無いはずです……」

「やっぱりそうか。今ある神社が新神社。ということは、美月さんでも知らない、旧神社があったってことだ」

「そ、そんな、本当に聞いたことないですよ。村人の誰も新なんて付けて呼んだことはありません。でも旧神社があったとして、なんで泰然さんはわざわざそんな呼び方を……」


 そう、村長だけでなく泰然もまた、何か言えないことがある。しかし泰然はおそらく、僕にヒントを与えたかったのではないか。そんな気がするのだ。


 『旧神社』には何かがあると、僕は直感している。

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