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三ツ峰村  作者: 久念
【第二章】歪みを追って
12/14

第12話「歪みが生んだ死と愛」/第二章 終

 美月さんは一拍置いて返した。

「守恩祭。言われてみれば、その数日後あたりから頭痛が出たかもしれないです」

「なるほど、ん、ちょっと待てよ……。二、三カ月前といえば、データで見せてもらった、頭痛患者が増えてきた時期とも一致するよね」

「あっ!本当だ……」

 これも偶然だというのか……?お互いに表情が固まったまま目を合わせた。

「その祭りって、村人が多く集まるんだよね?火を皆で囲って黙祷するっていう」

「はい。この村で一番広い中央広場で行います」

「美月さん。今回の異常について、もし自分が何かを仕掛けるとすれば、多くの人が参加する守恩祭はチャンスかな?」

「……はい。黙祷に参加するのは強制ではないですが、屋台も出たりしますし、ほぼ皆さんが予定を合わせて中央広場周辺で動き回ります」

 彼女は僕の考えを理解したような顔で、こう続ける。

「早瀬さんは、そう思うわけですね?」

「まだなんとも……しかし守恩祭はタイミングも条件も、揃いすぎてる」

「ただ、人の仕業だとすると、方法が余計に見えませんね……」


 まず浮かぶのは密集を利用したウイルス等の集団感染の可能性。しかし、症状の発生時期に開きがあることから、その線は薄いと考えている。ここからは話を展開しようにも難しく、互いに言葉に詰まらせた――。

 食事を粛々と済ませ、今日のところは解散とした。結局うやむやになってしまった、彼女の「妙な感覚」「視認」の話も含め、まだ謎は多い。また僕はノートPCにメモをまとめていたが、疲労のせいかすぐに眠くなり、布団に入ったのだった。


 翌日8時00分。

 これは長丁場になると踏んだ僕は、会社へ電話を入れた。出張を延ばすつもりではいたが、このまま有給を消化する旨を伝えた。業務外の動きが増えてきたため、その方が気も楽だ。

 少し陽を浴びるため階段を降り外に出ると、ここからの景色はすっかり見慣れていた。近くの木にいつも停まるスズメの鳴く声は、もはやルーティンのように耳へ染み込むようになっていた。

「さて、どうしたものか……」

 この集会所の一階では通夜が開かれる予定だ。おそらく準備で人の出入りも多くなるだろう。僕は一旦部屋に戻り、早々に身支度をした。当面は二朗のことと、石についての情報収集か。


 再度外に出たところ、こちらへ歩いてくる人物が目に入る。「おはよう!」と活気のある声をかけてやってきたのは、相馬だった。「ああ、おはよう。昨日は大変だったね」と言うと、彼は「大したことはしてねえけどな」と、相変わらずはっきりとした口調で返した。


「朝早いんだね、ここに用でも?」

「ああ、夕方の通夜の手伝いだ。一階はあんまり使わねえから下見をするよう頼まれてて、さっさと済ませようと思ってな」

 若さによる身軽さと軽快さ、この人が村で重宝されていることがわかる。

「早瀬はこれから取材かい?」

「まあね。あ、そうだ、これに何か思い当たることあるかな?」

 取り出した石を渡すと、彼は手に取り、グルっと見回し、軽くポンと宙へ投げてつかみ取りながらこう言った。

「わかんねえな。まあでも祭事用の道具とか、神社の本殿の装飾に似てる気がするが。これに何かあるのか?」

「あー……たまたま手に入れたんだけど、どこで使うものなんだろうって」

 と僕は念のため言葉を濁した。

「よくわからんが、これの正体か。ちょっと待っててくれねえか?下見すぐに終わるから」

「え?」

「この後連絡来るまで暇だから、手伝ってやるよ。今日は村の空気も悪いから一人じゃ動きづらいだろ?」


 彼は竹を割ったような性格のイメージだが、優しい人物でもあるようだ。美月さんが仕事でいない今、同行してくれるのは確かに助かる。僕は数分の間待ち、相馬の戻りと同時に出発した。

 そして我々は何人かに尋ねてまわったが、皆首を傾げるばかりだった。毎度、相馬は率先して村人に話しかけてくれていた。


 道中、僕は彼に興味が湧き「相馬はずっとこの村に?」と質問したことを皮切りに、経歴を聞くことができた。高校卒業後に都会へ出て自動車整備会社へ就職、しかし2年で出戻りしたようだ。「都会はなんか肌に合わなくてな。周りの奴らがハキハキしてるようでしてねえんだよ。ま、俺が組織に向いてないってだけなんだろうけどな(笑)」と高らかに笑う姿が印象的だった。


 やがて相馬に村長から電話があり、短い共同探索が終わった。彼が終始「どこで手に入れた石か」を聞かなかったのは、きっと僕が自ら言わなかったからだろう。むやみに他人に踏み込まない、彼の大らかさからくる信頼感が、唯一の収穫といえた。

「何もわかんなくてモヤつくな、俺も暇があったらちょっと探ってみるわ」と言う彼は、手元の端末で石を撮影した。その後、手をゆっくりと降ろすと、途端に表情が硬くなった彼は言葉を落とした。

「しかし……美月は大丈夫かな。色々手伝ってるみたいだが、あいつにとっちゃキツいはずだ」

 僕は彼の改まった態度に意味が掴めず、一旦返す。

「昨日は確かに疲れてたみたいだけど……」

「そうだよな……あいつも両親を亡くして、今は親を亡くしたばかりの娘を支えてんだからな」

「え!?両親を亡くした……?」

 僕は一瞬では受け止めきれず、表情が定まらなかった。

「あ!まさか、聞いてないのか?ここじゃ有名だし、ずっと同行してるならもう知っていたかと……」

「驚いた、知らなかったよ」

「しまったな……勝手に言うなんて、あいつに悪いことしちまった。早瀬、あいつのためにも、聞かなかったことにしてくれないか?」

 彼は唇を噛み、頭を掻きながら反省の面持ちだ。

「わかった。皆知ってることだったんだろう?相馬は悪くないよ」とフォローすると、彼は礼を返した。


 確かに、家まで送った時、一人にしては広い家だと思った記憶だ。さらに、片桐さんと美月さんの会話で「両親」というワードも出ていた。詳しく話すと言っていたのは、このことか。

 いつか本人から聞くことになるだろう。なぜなら、彼女に起こった強制的な負の感情の要因は、おそらくそれだろうから――。


 相馬と別れたあとは、一人でひたすら村中を散歩した。おかげで村の全体図が頭に入り、学校、駐在所、駄菓子屋など、色々と把握できた。

 時は経ち17時45分。

 集会所に戻ると、入り口前には「野々村家 通夜」と書かれた葬儀看板が立てられており、既に何人もの村人が集まっている。こっそり入り口から入ると、一階では相馬ら何人かが準備に動いており、また片桐さんや美月さんの姿も目に入る。座布団や小さな椅子が大量に並べられた奥には祭壇があり、棺が安置され、白い花が飾られていた。僕は参列する立場にもないと思い、二階で過ごそうと階段を上がった。

 上がるやいなや、僕の部屋の奥、いくつかある部屋のひとつが遺族、つまり貴美子の控え部屋であることがわかった。なんだか居づらいが、とりあえず自分の宿泊部屋に戻る。一階からは様々な声が漏れて聞こえてくるが、いずれも活気とは正反対の暗い音だった。


 そして18時00分――音は一斉に静まり返る。泰然が到着し、通夜が始まったようだ。

 ここの階段は、降りれば祭壇の逆側、つまり最も後ろから見ることができる。僕はどんな様子か確かめるため、足音を立てずに階段を降り、見渡した。

 線香の香りが漂う中、皆が祭壇を向いて座っている。祭壇の前には神主である泰然。神主の装束を基調にしつつ、通夜という場に合わせたであろう正装をしている。彼の祝詞とも経ともつかぬ言葉が、集会所の静けさにゆっくりと落ちていく。

 その横でハンカチを手に当てるのは貴美子。配置的におそらく、遺族は彼女一人。親戚などはもう誰もいないのだろう……。


 ひとつ特徴的なのは、祭壇の両サイドにも人が座っている。つまり、半円を描くように祭壇を囲っているのだ。伝記で見た「裁判」、また話で聞いた「守恩祭での黙祷」の構図を連想させた。この村では「囲う」ということに大きな意味があるのだろうか、などと思いながら、僕は呆然とただただ見ていた。


 やがて泰然は立ち上がり、一礼をした。静止していた皆も、少しずつ動き出す素振りを見せたため、僕は二階へ戻った。

 部屋の襖をゆっくりと閉め、「ふう」と一息ついて座る。やがてざわざわと声が聞こえ始め、窓から見える暗い空を見ながら、そして通夜の余韻の音を聞きながら、僕は自然と黙祷した――。


 しばらくすると、二階へ上がってくる音が聞こえる。おそらく貴美子か。廊下を通る足音には小さく鼻をすする音が混ざるが、それまで我慢していたであろう、「うっ」と唸るような声も漏れだしていた。

 奥の遺族部屋に戻るかと思いきや、「ドタッ」と少し大きい音が聞こえた。僕は反射的に襖を開けて見ると、貴美子が壁にもたれかかっていた。

 僕が慌てて「大丈夫ですか……!」と声をかけると、彼女はハンカチを持った手を口から外した。

「すみません……ちょっと目まいがして、壁に当たっただけでして。取材の方ですよね、すみませんこんな時に」

 そう返す彼女を見ると、髪は少し乱れ、顔色の悪さがうかがえる。

「滅相もありません……。寝ていらっしゃらないのでしょう。誰か呼んできましょうか」

「あ、いえ。まだ下に何人か居るので本当はお見送りしなければならないのですが、みなさん私の体調を気遣ってか、少し休憩してはと促されまして」

「そうだったんですか。どうかご無理なさらず……」と言い部屋に戻ろうとすると、階段先に美月さんが見えた。きっと心配だったのだろう。貴美子は「ああ、美月ちゃん……」と言うと、美月さんは「大丈夫ですか?お節介かと思いましたがつい」と弱々しい声を落とし、まだ壁に少し体重をかける貴美子のそばへ行き手を貸した。

 僕は二人の共通点を知ってしまっている。何も言葉が出ず、部屋に戻る気持ちにもなれず、立っていることしかできなかった。


 すると貴美子はか細い声で言った。

「……みんな、父が認知症で、ボケて落ちたんじゃないかって思うよね」

「え……?」と返すのは美月さん。

「でも、私にもどうなのかわからなくて、普段見ていて認知症とは思えなかったり。不思議で不思議で、やるせないの」

 そう続ける貴美子に、僕はつい言葉が出てしまった。

「あ、あの、僕も偶然村の人の話を聞きましたが、二朗さんは話していて正常に見えたと」

 彼女は僕を見て頷いた。

「ええ。父は口数が少ない人なのでわかりづらいですが、ずっと元気だったんです。ただ数週間前、『たまに光子みつこの声が聞こえる』と言い始めました。光子は亡くなった妻、つまり私の母なのですが。最初冗談かなと思っていました。そしたら今度は放浪癖が出てきて」

「声が……聞こえる、ですか?」と、僕は一拍置いてから慎重に言葉を紡いだ。


 彼女は美月さんの手や壁から離れ、しっかりと立ち、続けた。

「幻聴と思いますよね。ただ、村田先生は普段の父の様子も見ると、認知症と診断するには早いと。放浪しても自分の畑に行くだけなので、私も油断していた……ただただ、悔やみます。やっぱり進行していたのか、今となってはわからず。私がもっとちゃんとみていれば」

 すると美月さんが涙ぐみながらも堪え、力強くこう言った。

「そんなこと、言わないで。貴美子さんはとても献身的に支えていたとみんな言ってます。お一人で働きながらもずっと家事も世話もされて……誰もあなたのせいなんて思わない……!」

 貴美子はその言葉に緊張の糸が切れたのか「うう……」と涙を流し始め、その場に崩れ座り込んだ。


 何秒か何分かわからないが、僕と美月さんは彼女のそばに寄って同じように座り、ただただ静かに見守っていた。二階の廊下は少し暗く、どこかの窓から、生温い風が通りすぎた。

 貴美子は少し落ち着いたのか「ありがとう」と言い、我々に再度話し始めた。独りぼっちになり、きっと誰かに話すことでしか、やりきれない気持ちをごまかせないのだろう。


「父は……父は母を亡くしてから、ずっと寂しそうで。私が子どもの頃ですが、母が事故で足を悪くして、車椅子生活だったんです。父はそれが自分のせいだと後悔して、献身的に世話をしていました。まあ、結局母は数年後に別の病で亡くなったのですが……」

 僕は話に寄り添うため、返した。

「あなたは優しいお父様に似たのですね……。でも光子さんは事故なのに、足を悪くしたのが自分のせいだと?」

「これは不思議な話なのですが……母も、あの倉庫から落ちたんです」

「え!?」と僕らは目を見開いた。

「かつて夫婦で畑仕事をしていたのですが、倉庫の上からだと、畑を見渡すのにちょうどいいんだと言っていたのを覚えてます。たぶん、それを提案したのが父だったのかと。夫婦で同じ場所に落ちるって、最悪な場所ですよね。こんな偶然」と貴美子は弱々しくも少し乾いた笑いを漏らした。


 すると、後ろの階段の方で、床の板がわずかに鳴った。直後、男性の声がした。

「それだけじゃない……」

 皆で驚き、声のする方を見ると、一人の老人。この人は確か……麦わら帽子が無いから一瞬わからなかったが、昼間話したコジロウの飼い主、二朗をよく知っていた人だ。「急にすまんの。心配で声を掛けようと上がっていたら話が聞こえてな……」と言いながら重そうな腰を手で支え、ゆっくりと歩いてきた。

金井かないさん……」と呼ぶ貴美子。この老人は金井という名のようだ。


 金井は優しく語り掛けるように続けた。

「二朗さん、娘には照れて言えんかったんやろうな。昔、若い頃の二人はな、よく倉庫の上に並んで座って、景色を見ながら仲睦まじい様子で話しておった。長い時間、毎日のようにな。当時は村でも有名な光景やった」

 貴美子は初めて聞く話に、言葉より先に、瞬きが増えた。

「そ……そうなんですか?」

「ああ、昔酔っぱらった二朗さんに聞いてみたが、その二人の時間が、とても好きであったと。しかしある日、同じように屋根に座ろうとしたところ、光子さんがあやまって落ちてしまった。そこまで高いわけじゃないが、打ち所が悪かったんやな。それから車椅子になり、屋根に昇ることはなくなった」


 美月さんは、表情が定まらないまま言う。

「ま、まさか、じゃあ二朗さんは、その時のことを思い出して……」

「あの日々を思い出して、つい屋根に昇ってしまったのだろうか。今となってはわからんがな……。ただ、あの場所は奇妙に感じるかもしれんが、彼にとってはそれほどに大事な思い出の場所でもあったんや」

 貴美子は認知症だったかどうかを想定して聞いているが、僕と美月さんだけは違い、互いに目を合わせていた。二朗がもし妻への後悔をトラウマとし、その闇に堕ちて、意識がずれたまま当時の行動を反復したのだとしたら――。


 僕は思考を追いつかせながら貴美子へ言った。

「あ、あの、二朗さんって、放浪してあの場所にいるとき、いつも地面を見ていましたよね」

「はい、なぜかいつも下を見て呆けていました」

「もしかしてあの地点って毎回同じで、かつて光子さんが落ちた場所じゃないでしょうか。放浪癖も、その時の後悔の念で向かっていたのだとしたら……」


「意味のある、放浪だった……そ、そんな、まさか、そんなことって」

 そう言葉を辿りながら混乱する彼女の肩を、美月さんは両手で支える。貴美子は「ひょっとして『光子の声が聞こえる』っていうのも、呼ばれていると感じていたんでしょうか……。母は生前、父のせいじゃないと言ってたんです。なのに父はずっとずっと自分を責めていたから……」と言いながら、ハンカチを再度口に当てた。

 続けて「だとすると、母を追って自死の可能性も……」と言葉を落とすが、美月さんが真剣な表情で「自ら落ちると思えません。あなたの存在がありますし、ずっと元気だったんですから。優しいお父さんですよ、そんな亡くなり方で残されるあなたのことを、考えないわけがありません」と、あえて断言した。肩を支える美月さんの手は、少し力強くなっていた。


 貴美子は、父の家族に対する愛と、父が感じていたであろう苦しみなど、整理できない複雑な気持ちが交差したのか、「ああ……っ」と言葉にならない声をこぼし、そして大きな声で泣き崩れた。

 廊下に響くその声は、場にいる全員の言葉を飲み込ませる。僕は、何もしていないのに息が苦しかった。


 脳裏に先日の片桐さんがよぎる。あの時も、意識はズレているものの滅茶苦茶ではなく、理由に沿った自然な行動を取っていた。

 二朗はおそらく、当時の後悔が頭の中を占め、妻が落ちた場所を気になって見続けてしまうという、悲しみの日々だったのだろう。その寂しさから、あの日に立ち返るため、意識がズレたまま屋根に上る……。僕は腑に落ちるほど、胸が悪かった。

 落ちたのは事故か自死か、もう確かめようがない。ただひとつ言えるのは、この村に起きている異常さえなければ、今回の死は起きなかったんだ。


 美月さんは、涙をこらえきれず零しながら、壁の何もない一点を見つめ、唇を噛みしめていた。

 僕は心の中で叫ぶ。

「無念すぎる。なんなんだよ。……人か?まさか神か?もう誰でもいい、誰かが起こしているなら、こんなの許せるわけがない……!」

 冷静にならねばと考える裏腹に、拳の握りは強くなり震えていた。


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第二章「歪みを追って」 完

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