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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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097海上大騒動

翌朝。

まだ陽も昇らぬうちから、アルジェたちは港の船着き場で慌ただしく動き回っていた。

クラーケン退治のための船、船員、武装、物資……あらゆる準備が、夜明け前から粛々と進められていた。


ギルドが手配してくれたのは、港で一番大きな漁船――その名も《海王丸》。

甲板は広く、船体も頑丈。いざという時の戦闘にも十分に耐えられる造りだ。


また、頼れる船頭として紹介されたのが、屈強な漁師ダグラス。

筋骨隆々の半裸に、風雨と潮風に鍛え抜かれた皮膚、顔には無精髭をたくわえた、まさに“漁の鬼”といった雰囲気の男だった。

彼の手には、まるで槍のように巨大な一本銛が握られている。


「この銛で海竜を仕留めたのは三度ある。ま、クラーケンもやれんことはねぇだろ」


そう豪快に笑うダグラスに、周囲の船員たちも頼もしげな視線を送っていた。


そして、日の出と同時に――《海王丸》は静かに港を離れ、外洋へと滑り出した。



船が沖へと進む中、アルジェは船室の窓にもたれかかりながら、ダグラスから聞いた話を思い返していた。


クラーケンは、人を襲わない。

――それどころか、高価な武具や魔獣素材、魔法石など、“価値あるもの”を積んだ船のみを選んで襲っているという。


「本来なら、あんな化け物は肉食で、目の前の人間を真っ先に食らうはずだ。けどよ、こいつは違う。犠牲者は一人も出てねぇ」


ダグラスの言葉に、違和感と疑念が胸の内に残る。


(狙いは物資だけ…? いや、それだけじゃない。クラーケンの後ろに、“誰か”がいる――)


操られている。

その考えが、自然とアルジェの中で確信に変わっていく。


(となると、やはり“悪魔”が関わっている可能性が高いか……)


しかし、今は断定するには材料が足りない。


「……考えるのは後だな」


そう呟いた時だった。

甲板の方から、急に騒がしい声が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」


身を起こしたアルジェは、騒ぎの方――マスト付近にできた人だかりへと急いだ。

そして、群がる船員たちの間から姿を現した光景に、思わず目を疑った。


「しゃーッ!!」


威嚇するように叫んでいるのは、幼い少女――フェリだった。

その背後で、困ったように手を合わせているのはシルビア。


が、問題はそこではない。


(お、おい……待て……!)


『ぬぉお!? 純白ビキニに……まさかの旧型スク水ぢゃと……ぬぬぬ…ヨルムめ、味なマネを……!』


脳内にバ神の邪悪な思考が響き渡る。


アルジェの視界には、清楚な白のビキニに身を包んだシルビア、そして、旧型スクール水着を着用したフェリの姿が飛び込んでいた。


潮風に揺れる銀色の髪、透き通るような白い肌。

決して過剰でなく、むしろ慎ましく整った曲線――それゆえに際立つシルビアの美しさに、船員たちはもちろん、アルジェですら一瞬、言葉を失っていた。


「い、いかがでしょうか…アルジェ様…」


頬を赤らめて恥じらいながらも、しっかりと視線を向けてくるシルビア。

その表情は、緊張の中にほんの僅かな期待が混ざっているようでもあった。


「あるじぇ~! 海ではこういう格好をするんだよ~って、ヨルムが送ってくれたの~♪」


そう言いながら、フェリが嬉しそうに胸元を指差す。

そこには、丁寧に縫い付けられた名札が――「ふぇり」と書かれていた。


無邪気な笑顔。くるくると動く尻尾。

その可愛らしさに、周囲の船員たちはもはや昇天寸前であった。


(……お前ら、何しに来たんだっけ?)


心の中で静かにツッコミながらも、アルジェはふっと小さく笑った。


束の間の騒がしさ。

しかし、それは不思議と、これから訪れる嵐の前の静けさのようにも感じられた――。


「あとね……ええっと……ねんわ?っていう、あたまのなかで、おしゃべりする魔法……つけてくれたの!」


自分の言葉をひとつひとつ確かめながら、一生懸命に話すフェリ。

話し終えた彼女は、誇らしげに胸を張ると、にこっと笑ってみせた。


「そうか、念話ができるように……それは助かるな。正直、獣化したフェリと会話できるのは、今までシルビアだけだったからな――」


そう言いかけたアルジェの脳裏に、ある“衝撃”がよみがえる。


「――って、そうだッ!シルビアァッ!! お前、なんで下着姿同然の格好でうろついてるんだあぁぁ!?」


今さら思い出したかのように、アルジェが盛大に叫んだ。


「誤解ですアルジェ様ッ! これは“水着”と呼ばれる、異世界のれっきとした衣服なのです! 決して――決して、いかがわしいものではございません!」


全力で否定しつつ、満面の笑みでシルビアが取り出したのは――


「ちなみに、こちらがアルジェ様にご用意した水着でございます。ささ、お気兼ねなくどうぞ!」


そう言って渡された水着を受け取り、アルジェはおもむろに広げる。


そこには、色彩豊かな模様があしらわれた、極端に面積の少ない布一枚。あとは、ほぼ紐。


「…………」


「コホン。ええ、水着とはですね、実に機能的な装備でして、水の抵抗を極力減らすため、布地を最小限に――」


気がつけば、シルビアは眼鏡をかけていた。

そのフレームをクイッと持ち上げながら、まるで秘書か案内係のように淡々と水着のスペックを解説し始める。


――その瞬間。


ボッ


空を舞った水着が、次の瞬間には火球魔法ファイアーボールによって燃え上がり、跡形もなく灰となって海原へと散った。


アルジェは不穏な空気を漂わせながら、ゆっくりと、しかし確実にシルビアに向かって歩を進める。


「……肌と肌が幾度となく触れ合ううちに、気づけばわたくしを目で追うようになったアルジェ様。しかし、やがて意識は恋へと変わり――見つめ合う二人の瞳は重なり、やがて唇も――あ、アルジェ様?」


解説のパートを終え、すでに妄想全開の世界に入り込み、しっとりと語り始めていたシルビアだったが――


火球を浮かべて迫ってくるアルジェの姿を視界に捉えたその瞬間、顔がひきつる。


「……えっと、アルジェ様?その火球は一体……」


そのわずか数分後――


アルジェの隣には、いつものクラシックなメイド装束に着替えたシルビアの姿があった。


そこでようやく、アルジェはある“違和感”に気づく。


(……そういえば)


あんなハレンチ極まりない姿でいたシルビアを、普段なら真っ先に止めにくる存在がいたはずだ。

だが、その姿が今朝から、どこにも見当たらない。


「そういえば、カルラの奴はどうした? あいつがさっきの出来事を見逃すはずがないと思うんだが……まさか、シルビアの姿を見て感極まって気絶でもしたのか?」


船縁に寄りかかりながら、アルジェはふと疑問を口にする。

だが、その問いに対して――


「……あの生ゴミでしたら、あちらに」


シルビアは、実に興味なさそうに船尾を指さした。


アルジェがそちらを見ると、手すり越しに半身を乗り出すカルラの姿があった。

顔は青白く、見るからに限界。

豪快に胃液を大海原へと垂れ流している。


「……何しに来たんだ、あいつは」


瀕死の顔でぐったりともたれかかる“戦乙女”を見て、アルジェはただただ、呆れ果てるばかりだった。

次回タイトル:クラーケン襲来

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