096伝承の真実
「ええと、その……あの時はですね……!」
ソウルイーターが、申し訳なさそうに震える声で語り始めた。
「そう、確か……あの頃の私の所有者が、私利私欲のために“善良な魂”を喰わせようとしていたんです。
それがもう、無理やり押し付けてくるような感じで……私、咄嗟に体内に残っていた負の魔力を使って、二体の魔物――ヘルハウンドを召喚して、そいつにけしかけたんです!」
シルビアとフェリが目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待って……自分の持ち主を襲わせたってこと!?」
「だってぇ!魂は食べたいけど、善人はイヤだったんですぅ!」
涙目のような声で訴える魔剣に、アルジェは頭を抱えた。
「……で、それからどうなったんだ?」
「はいっ!晴れて自由の身になった私は、理想の所有者を求めて大陸を彷徨い始めたんです。
けど、なかなか理想的な方が見つからず……やがて、魂が枯渇して……お腹ペコペコになってしまって……」
「剣が空腹になるなよ……」
「そんな時、ふわぁ~っと漂ってきたんです。ものすっごく美味しそうな“邪悪な魂”の匂いが!」
「邪悪って、おい……」
「もう我慢できなくて、匂いに誘われてふらふらと気づいたら海岸にいました。
そしたら、ほら!悪党だらけの海賊団が! わたしとヘルハウンドたち、もう我を忘れて飛びかかっちゃって……あとはもう、無我夢中!」
「……………」
「で……全部食べ終えた途端、お腹いっぱいになって、すごく眠くなってしまって……そのまま寝ちゃって、気づいたら剣の姿に戻ってて……祠に祀られてたって訳です♪ えへへ」
「えへへ、じゃない!」
アルジェは軽くめまいを覚え、深く息を吐いた。
(クラーケンの正体がコイツだったことも驚いたが……ヘルハウンドを“聖獣”扱いしてるとはな……こりゃ黙ってた方が良さそうだ)
その数年後、祠に祀られているところを、突如街に現れた黒竜に連れ去られたのだという。
(それは偶然か?それとも、竜特有の収集癖を神々が利用した……?)
アルジェは一瞬悩んだが、今は考えても仕方がないと、すぐに頭を切り替えた。
一方、伝説を聞かせてくれた甲冑姿の男が、改めて深く頷いた。
「そういった訳だ、兄ちゃん。喰らう剣様が黒竜に拐われたと聞いた時は、街の皆が何日も泣き明かしたもんだ……だが、こうして戻って来てくれた!」
男は拳を握り、ギルド全体がその言葉に呼応するように一斉に視線をアルジェへと向ける。
「今回も……俺たちを救ってくれるんだろ? 喰らう剣様の所有者さん!」
「……ああ、わかった、わかったから! まずは落ち着け!」
どこへ行ってもトラブルに巻き込まれる自分の“体質”に呆れながらも、
(船を使いたい以上、放ってはおけないか)とアルジェはため息混じりに応じた。
「それで一つ確認なんだが……今問題になってる“触手の獣魔”って、結局どんなヤツなんだ?イカ?タコ? 他に特徴とかあるのか?」
甲冑の男は腕を組んで唸るように言った。
「うーん……見た目はイカっていうか、タコっていうか……いや、“タコっぽいイカ”って感じかな……。
正直、この辺じゃ見たことも聞いたこともねぇ野良獣魔でよ。だから――」
男は胸を張って指を立てた。
「俺様が命名してやった! “タコ擬き大王イカ” ってな!!イカすネーミングだろ!? おっと、シャレじゃないぜ!」
「…………」
アルジェのこめかみに、ぷつんと血管が浮かび上がる。
「……その“タコ擬き大王イカ”の正式名称が、クラーケンなんだよッッ!!」
「ホワット!? 喰らう剣様の名を騙るなど、なんとフィアレスなやつですか!赦せませぇぇん!!」
ギルドマスターのジョルジオがカウンターを叩きながら叫ぶ。
「やかましいわッ!!」
アルジェの怒声がギルド中に響き渡った。
「だいたいなぁ……お前みたいなギルドマスターが、クラーケン知らないってどういうことだよッ!」
「……お、俺の専門はイベント運営と観光振興でして……戦闘とか野良獣魔の知識は……」
静かに拳を握りながら、アルジェはギルドの情報を元に、新たな戦いへと備え始めるのだった――。
やがて、ギルド内の騒ぎもようやく落ち着きを見せ始めたころ、アルジェはふっと表情を引き締めた。
甲冑姿の男が言っていたように、このウエスト海域において“クラーケン”の存在が確認されたという報告など、これまで一度たりとも耳にしたことがない。
もちろん、偶然にも他の海域から漂流してきた……という可能性もゼロではないだろう。
だが、アルジェの胸の奥には、それ以上に不穏な気配が引っかかっていた。
(……これは、ただの野良獣魔じゃない。何か“悪魔”が絡んでいる――そんな気がする)
近年、獣魔の異常行動や異種交配、そして異形化など、かつてない傾向が各地で報告されていた。
それが自然な進化であると断ずるには、あまりに唐突で不自然すぎる。
(“あの連中”が何かを仕掛けているのか……。それとも、偶然か――)
嫌な予感が背筋を走る。
だが、今は考えても仕方がない。
アルジェは一つ大きく息を吐くと、表情を切り替えた。
「――ま、考えるのは後だ。まずは目の前の問題を片付けないとな」
言葉通り、次なる懸念は“どうやって”クラーケンを仕留めるか、である。
巨大な水棲獣魔――それも触手型の相手となれば、海上戦を避けては通れない。
「……まったく。行く先々で問題に巻き込まれる体質ってのは、どうにかならないもんかね」
ぼやきながらも、アルジェの脳内ではすでに戦術プランの構築が始まっていた。
ギルドの喧騒の中、静かに未来を見据える。
こうして、港街ジルバの“伝説”は、思いもよらぬ形で再び動き始めたのであった――。
次回タイトル:海上大騒動




