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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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088魔族との邂逅

ミスティアは静かに馬車の荷台へと上がると、しばらくして、フードを深く被った三人の影を伴って姿を現した。


開いた首元には、それぞれの喉元に黒鉄の輪が嵌められていた。

それが“隷属の首輪”――強制的に他者の支配下に置く、忌まわしき魔道具であることを、アルジェたちはすぐに見て取った。


この首輪には、外そうとすれば内部に仕込まれた毒針が作動する仕掛けがあり、暴力的な解除は死を意味する。

まさに、支配の象徴――心と肉体を縛るための鎖だった。


アルジェは無言のまま、ゆっくりと三人に歩み寄ると、最初のひとりの首輪に手をかざした。


「《ディスペル・トラップ》……《アンロック》」


静かに紡がれた呪文が魔道具に浸透し、やがて「カチリ」という小さな金属音が響く。

首輪が音もなく外れ、地面に落ちた。


続けざまに、残る二人にも同様の魔法を施す。

アルジェの指先が示すとおりに、すべての首輪は難なく解除された。


錬金術師である彼は、しばしば素材収集のために各地の迷宮に潜っていた。

数多の罠やトラップが待ち受けるその場所で生き抜くには、解除魔法と開錠魔法の習熟は不可欠。

彼にとって、これしきの仕掛けは造作もないことであった。


フードを脱いだ三人の顔が露わになる。


一人の少年と、二人の少女。

少年はフードの影からこちらをじっと見返し、恐怖よりも警戒の色を強く浮かべている。

左の少女は肩を震わせ、解かれた首輪にそっと手を添えたまま俯いていた。

もう一人の少女だけが、わずかに潤んだ目でアルジェを見つめ返していた――その瞳には、怯えと、微かな希望が混在していた。


そして何よりも――

その額から伸びる二本の角が、彼らが紛れもない“魔族”であることを物語っていた。


「……すごい」


思わず、アルジェの口から呟きが漏れる。

その声音には、驚愕と好奇心、そして抑えがたい興奮が滲んでいた。


これまで文献の中でしか知らなかった存在が、今まさに目の前にいる。

生きた魔族――しかも、穢れではなく涙を流す、哀しみも喜びも持ち合わせた“人”として。


アルジェの視線には、抑えきれない興奮と探究心の色が滲んでいた。

まるで、長年求めてきた真実にようやく触れた研究者のように――

けれど、その目の奥に宿る光に、どこか得体の知れない“熱”が揺れていた。


3人の魔族たちは、そんなアルジェの視線を受け、震えるように身を寄せ合った。

喉の奥に、見えない恐怖が込み上げていた。


「……協力には感謝するがの。妾の同胞を、あまり怖がらせぬでくれんか」


ミスティアが肩をすくめ、困ったように言う。


「す、すまん……ついな。魔族と、こんな近くで会うのは初めてで……」


バツの悪そうに頭をかくアルジェ。

興奮をなんとか抑えようと努めるも、目の奥にはまだ光が宿っていた。


それでも、彼は深呼吸ひとつで感情を整えると、真剣な眼差しをミスティアへと向けた。


「……助けられて本当によかった。あとは、話を聞かせてくれ。君たちに何があったのかを」


魔族の真実に、少しでも近づくために――

アルジェは、目の前にいる“知る者”からの答えを待っていた。



事の発端は、三大大国によって合同で行われた協議の場で提起された、とある提案に遡る。


これまで魔界への調査団は幾度となく派遣されていたが、瘴気と魔物の脅威という過酷な環境の前に、多くは無事の帰還を果たせなかった。


それは単なる偵察というには、あまりにも命がけの試みだった。

調査団が送り出されるたびに、その多くは消息を絶ち、名もなき英雄たちの犠牲とともに、魔界の情報は霧の彼方へと消えていった。

中でも、魔族と実際に接触したという例はごく稀で、魔族と魔物が無関係であるという事実こそ判明したものの、肝心の魔族そのものに関する情報は、今なお著しく不足していた。


そこで、「魔族という存在を正しく理解し、将来的な共存の道を探るべきではないか」という提案がなされる。

その第一歩として、魔族との交流を目的とした使節団の派遣が議題として持ち上がったのだ。


だが、人間族には“忌まわしき過去”がある。


かつて勇者の名のもとに、魔界へと討伐団を送り込み、魔王を討とうとした。

たとえそれが悪魔の策略に踊らされた結果だったとはいえ、当の魔族にしてみれば、人間が敵意を持って魔界に侵攻してきたという事実に変わりはない。


そんな経緯がある以上、使節団の派遣は慎重を期すべきと判断され、まずは“和解の意志”を伝える目的で、信頼できる者を使者として魔界へ送り込むことが決定された。


しかし問題は、その過酷な環境にあった。


瘴気に満ちた魔界は、並の人間であれば数日と保たない。

さらに、現在は魔物の活性化が顕著で、各国とも戦力を前線に集中せざるを得ず、高度な適応能力を持つ兵を外交に割く余裕がなかった。


そこで次なる手段として挙がったのが、冒険者ギルドへの依頼である。


ギルドに所属するパーティの中で、厳正な審査を通過し、魔界に耐え得ると判断された者に限り、瘴気を防ぐ魔道具を一月分の期限付きで無償提供する――


それは、国による大規模支援というより、"希望を託す試み"だった。

勇気ある者たちの自発的な探査行に賭ける以外、もはや打つ手が残されていなかったのだ。


だが、その制度の隙を突いた者たちがいた。


冒険者資格をはく奪されたはみ出し者や、私欲のためには犯罪すら厭わない者たちが集う、**非合法組織“闇ギルド”**である。


闇ギルドは、自由都市フリージアを拠点に、人身売買や密輸などの非人道的な犯罪に手を染めていた。


魔族という未知の存在に目を付けた彼らは、ギルドが配布する瘴気対策の魔道具を金で買い取り、あるいは脅迫や買収を用いて入手し、それを身につけて魔界へと侵入。


表向きは探検を装い、裏では弱い魔族を巧妙な手口で拉致していたのである。


連れ去られた魔族たちは、奴隷商人に高値で売却され、あるいは闇市場で競売にかけられた。

中には、倒錯した嗜好を持つ貴族たちの慰み者として買い取られる者もいたという。

いずれにせよ、待ち受けているのは地獄のような末路だった。


アルジェたちが森で出会った三人の魔族は――

まさにその“地獄行きの荷馬車”に乗せられていた者たちだったのだ。


運ばれる先で何が待っていたのか。

彼らの怯えた目が、語らずともその全てを物語っていた。


「なんて卑劣な……」


カルラは悔しげに拳を震わせ、縛り上げた男たちを怒りに満ちた目で睨みつけた。


その凄まじい形相に、男たちは顔を引きつらせて震え上がる。

その様子を横目に、アルジェはぼそりと呟いた。


「……闇ギルドか。よりによって、そんな連中に目をつけられるとはな……」


視線をミスティアと三人の魔族へと移し、アルジェは静かに息を吐いた。


「同情してくれるというのなら、どうじゃろう? この際、手を貸してもらえんかの?」


ミスティアが真剣な声で言葉を継ぐ。


「見たところ、お主らはなかなかの手練れ揃いじゃ。そなたらの力があれば、まだ監禁されておる同胞たちも救い出せるかもしれん」


ミスティアの言葉に、傍らの三人の魔族が不安げに、けれどどこか希望を宿した目でこちらを見つめてくる。


「無論、タダでとは言わん。妾にできることなら、何でもする!」


彼女は真摯な瞳で、必死に訴えかけた。


『なんでもする、じゃとッ!? フホォォ……こ、これは神として見逃せん案件! 褐色の肌、というのもなかなか……!』


頭上からいつもの創造神の煩悩が聞こえてきたが、アルジェは聞こえぬふりをしてミスティアの真剣なまなざしと、横で心細げに揃う三人の魔族たちに視線を向け――

深いため息を吐いた。


この期に及んで、損得よりも目の前の困っている者を助けることを選んでしまう――

そんな自分の甘さに、ほとほと呆れながらも、それでも踏み出すことをやめられない自分がいた。


「……わかった。協力しよう」


その言葉に、ミスティアの瞳がかすかに揺れる。


「ただし、俺たちにも事情がある。助けられるのは、今監禁されている魔族たちまでだ。すでに“人手”に渡った者たちまでは……どうしても手が回らない」


全員を救ってやりたい――その思いは嘘ではない。

だが、カトレアの命がかかっている今、無限に手を伸ばすわけにはいかなかった。


「……うむ。承知した。それだけでも、妾にとっては十分すぎるほどじゃ。感謝する」


深く頭を下げたミスティアは、やがてゆっくりと顔を上げ、じっとアルジェの顔を見つめた。


「それにしても……アルジェと申したか。お主、妾の見知った男によく似ておる」


「は?」


「いい加減で、女の尻ばかり追いかけておったが、どこか憎めん奴でな……。お主を見たとき、なぜか妙に心がざわめいたのじゃ」


そう言うや否や、ミスティアはにたりと笑い、胸元をぐいと持ち上げて見せた。


「どうじゃ? 見返りとして、妾をお主のものにするというのは? 自分で言うのもなんじゃが、なかなか良いものを持っておるしの?」


「………」


直後、アルジェの隣から凄まじい殺気が立ち上る。


「お、おちつけ、シルビアッ! 俺にそんなつもりは、一切、ないっ!!」


アルジェは青ざめながら、背後の魔剣メイドを必死になだめた。


「……頼むから、そういう発言は控えてくれ。俺の命に関わる。

それに、見返りについてはもう考えてある」


そう言ってアルジェは、一呼吸置き、真剣な眼差しでミスティアに向き直る。


「……俺たちは、近いうちに魔界に向かう予定でいる。ただ……俺たちは魔界のことをほとんど知らない。

それに、向こうで無用な争いを避けるためにも、信頼できる案内人が必要なんだ」


「ふむ……そんなことで良いのか?」


ミスティアは少し呆けた顔をした後、含み笑いを浮かべる。


「欲のない男じゃのう。妾ならもっと、こう……別の要求をするかと思ったが」


言いながら、今度は胸元をゆっくりはだけるような素振りを見せ――


再び、背後から“斬撃の予兆”とも言える殺気が炸裂した。


「クハハッ、冗談じゃ冗談! 本気にするでないっ!」


ケラケラと笑うミスティア。

その横で、再びぐったりとうなだれるアルジェの姿があった。

次回タイトル:欺きの幕開け、静かなる制圧

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