085虹の護符と悪食羅刹(あくじきらせつ)
「覚悟はできてるようだね。……なら、こいつを持ってお行き」
そう言って、コレットは掌をかざし、収納空間から一つの首飾りを取り出した。
それは、虹色に煌めく七つの宝石が銀の円盤に埋め込まれた、どこか神秘的な雰囲気を纏ったネックレスだった。
編み込まれた銀糸が静かに揺れ、まるで光そのものを編み上げたかのような精巧な細工に、誰もが目を奪われる。
「これはね、昔――とても大切な友人から譲り受けたものさね。
“大地の女神”の力が宿っている、瘴気を永久的に遮断する魔道具だよ」
「瘴気を、永久に……!?」
アルジェが驚きに目を見開く。
それに応えるように、コレットは静かにうなずいた。
「シルビアは言わずもがな、聖なる気を持つ白虎の嬢ちゃんや、精霊に祝福された者たちは別として……
あんたは、ただの“人間”。この護符がなければ、魔界の瘴気に数時間で精神を蝕まれるだろうね。
普通の祓い具じゃ、一週間持てばいい方さ。これはその中でも――例外中の例外。滅多にお目にかかれない代物さ」
アルジェはネックレスを手に取り、まじまじと見つめた。
ラピスラズリ、オニキス、トパーズ、ガーネット、アメジスト、エメラルド、サファイア――七色の宝石が、それぞれの光を放ちながら微かに脈動している。
まるで、生きているかのように。
「そんな貴重なものを……」
「勘違いするんじゃないよ……誰がくれてやるなんて言ったさね。全ての事が済んだら、必ず返しにきな……必ず……ね」
コレットが優しく微笑みかける。
「確かに。いい男ってのは、礼より行動で示すもんさ。……じゃ、次は俺の番だな」
そう言って、隣にいた鍛冶の神が、ずっしりとした包みを差し出す。
「ほらよ、頼まれてたもんだ。」
アルジェが布をほどくと、中から姿を現したのは一本の短剣と、ひとつの革の手甲だった。
彼は、バジリスクとの戦いで手に入れた“魔眼の核”という素材を用いて、魔法武具の作成を鍛冶の神に依頼していた。
短剣は、一見すれば極めてシンプル。
だが、その柄の頭部には黒い球体が嵌め込まれており――それは、わずかに震え、脈動している。
まるで、眼球のように。
「……こいつは、“イビルアイ・ダガー”と名付けた。」
次に革の手甲を取り出すと、その甲の中央にも、同様の球体が嵌め込まれていた。
触れた瞬間、ぞわりとした感覚がアルジェの腕を走る――が、それは不快ではなく、むしろ相棒と呼べる何かの気配だった。
「そっちは“イビルアイ・ガントレット”。どちらも効果は強力だが、連続使用はできねぇから、使い時を誤るんじゃねぇぞ?」
アルジェはコクリと頷くと、ゆっくりと短剣を抜き、手甲を嵌めてみせた。
握った瞬間――肌に馴染むような“重さ”と“しっくり感”が伝わる。
新品とは思えない、まるでずっと共に戦ってきたかのような錯覚。
「……流石だな。完璧な仕上がりだ。」
「当然だ。俺を誰だと思ってる」
鍛冶の神はニヤリと笑い、腕を組んだ。
虹の護符と特注の魔法武具。
二つの力強い後押しを得たアルジェは、これから始まる“未知なる領域”への決意を新たにする。
「ああ、それとな……こっちはメイドちゃんにだ」
不意に鍛冶の神が言うと、手にした長物を軽く放り投げてよこした。
明らかに刀のような形状――しかし、持ち手は包丁のようにずんぐりしている。
無造作に投げられたそれを、シルビアは易々と片手で受け止める。
すぐさま鞘から刃を抜いた瞬間、その目が見開かれた。
「これは……!? 業物……いえ、大業物以上……!」
驚きと敬意が入り混じった声を、思わず漏らす。
光を受けて静かに輝く刀身は、妖しくも美しい蒼銀色。
滑らかな曲線を描いた小太刀のようなそれは、まさに“使う者を選ぶ”気配を纏っていた。
「そいつはな――《妖包丁・悪食羅刹》って言うんだ。
鬼の角から打った、魔物喰い専用の特注品さ」
鍛冶の神が顎をしゃくりながら、どこか得意げに語り出す。
「鬼ってのは、普通、人間が好物なんだが……その角の持ち主は変わり者でな。
人間には見向きもせず、魔物ばっか喰らってた悪食なんだわ。妙な性癖だったが、それが幸いした。あの角には“魔物喰い”の性質が濃く染みついててな」
シルビアがうっとりと刀身を撫でる。まるで相棒を抱くかのように。
だが次の瞬間、鍛冶の神の顔に、わずかな翳りが走った。
「……実を言うとよ、そいつは“ソウルイーター”の対策用に造ったんだ」
その一言に、空気がわずかに重くなる。
「えっ……?」
シルビアが小さく目を瞬かせる。
「ソウルイーターにはな、致命的な欠陥がある。……いや、“あった”と言うべきか」
鍛冶の神はふぅ、と煙を吐くような溜息をついて語り出す。
「アイツは汚れた魂から負の魔力を吸収し、浄化する性質を持ってる。
だがな――取り去った負の魔力が“消滅する”わけじゃない。全部、あの剣の中に“蓄積”されてるんだ」
一同の顔色が、次第に真剣なものに変わる。
「しかも、蓄積には“限界”がある。
限界を超えた時、内部に溜まった負の魔力が凝縮され――“魔物”として現れるんだ。
そして、そいつは……持ち主を、必ず襲う」
「……!」
「ソウルイーターが転々としてきた理由もそれだ。
欲望に駆られて人の魂ばかり喰わせたバカどもが、自分で育てた魔物に喰われる――まったく、滑稽な話だろ」
静まり返る中、シルビアがそっと悪食羅刹を見つめなおした。
「つまり、この刃は……ソウルイーターが暴走したときの“保険”だったわけですね」
妖包丁・悪食羅刹。
それは、かつて危険な魔剣に対抗するため打たれた、孤高の刃。
この刃は、きっと私の力になる――そう、シルビアは確信していた。
「そういうこった」
鍛冶の神は、まるで天気の話でもするように、爆弾のような事実をさらりと口にした。
「そういうこった……じゃねぇッ!」
怒りの声が空を震わせた。
「なんでそんな大事なことを今まで黙ってたんだよッ!?
一歩間違えたら、俺たち全員死んでたかもしれないんだぞ!」
アルジェの額には怒気がにじみ、声は震えていた。
それも当然だ。
もしソウルイーターの欠陥に気づかぬまま使い続けていたら――仲間すら犠牲になっていたかもしれない。
「まあまあ、そうカリカリすんなって」
鍛冶の神は手をひらひらと振りながら、どこか面倒くさそうに続けた。
「確かに今でも“欠陥”は残っちゃいるが……
自我が芽生えた今のソウルイーターは、溜め込んだ負の魔力を“自在に魔物として具現化”できるようになってな。
しかも、作り出した魔物には“洗脳”を施して完全に支配下に置ける」
「……!」
「つまり、暴走する危険は格段に減ったってことさ。
それでも万が一に備えて、あの包丁――《悪食羅刹》を渡しておくってわけだ」
アルジェはまだ納得しきれない顔をしていたが――
ふと視界の端に映ったシルビアの、目を輝かせて包丁を撫でている姿を見て、怒りの炎を渋々飲み込んだ。
「フッ、ガキはすぐ熱くなるもんだな」
鍛冶の神の声には、ぶっきらぼうながらも確かな信頼と、温かさが滲んでいた。
そんな中、コレットが再び口を開いた。
「……さて。これで話は一段落ってとこだね。
あんまり長く引き止めるのも悪いから、これが最後の質問にしよう。――白虎の嬢ちゃん、マイだったね」
「え、わ、私……?」
名指しされたマイは、きょとんと目を見開く。
「全てが終わったら、この学院に入ってみる気はないかい?
アルジェや他の子たちと過ごす学生生活、悪くはないと思うけどね」
唐突な勧誘に少し戸惑いつつも――すぐにマイは頬を赤らめながら、ちらりとアルジェを見た。
「そ、そうね……アルジェがどうしてもって頼むなら、考えてあげなくもないわ」
「ああ……どうしても、だ。マイが来てくれれば、シルビアもきっと喜ぶ。もちろん、俺もな」
アルジェは即答だった。
揺らぎのない言葉に、マイは耳まで真っ赤にして叫んだ。
「し、仕方ないわねッ!そこまで言うなら入学してあげるわよ!
か、勘違いしないでよね!? 別にあんたのためじゃないんだからッ!」
顔をぷいと横に背けるその仕草に、周囲からくすくすと笑い声が漏れる。
そんな中――もう一人、アルジェからの言葉を待つ者がいた。
白銀の尻尾を小さく揺らしながら、フェリがじっとこちらを見上げている。
アルジェも気づいたようで、ふわりと笑みを浮かべた。
「フェリ――」
フェリの瞳がぱあっと輝く。
「長旅になるからな。トイレはちゃんと済ませておくんだぞ?」
「――っ!?」
フェリの期待は脆くも崩れ去った。
「んーっ!!」
膨れっ面のまま、ぽかぽかと小さな拳でアルジェを連打する。
痛くはないが、怒っている気持ちはよく伝わってくる。
「フェ、フェリ? な、何をそんなに怒ってるんだ……!?」
「……まったく、貴様というやつは、女心というものが一切わかってないようだな……」
カルラが呆れたようにため息をつくも、アルジェは何が悪かったのか分からない様子で首をかしげるばかりだった。
その後、フェリはしばらくの間、一切口を聞いてくれなかったという。
次回タイトル:森に潜む魔族の影




