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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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084追憶と旅立ち

廃墟の街での騒動から一夜が明けた。


アルジェは誰よりも早く起き、装備と荷を整えた。

カトレアを一刻も早く救い出すため、朝のうちに学院を発つつもりでいた。


寄宿舎を出て正門へと向かうと、すでに仲間たちが集まっていた。

見送りのために来てくれたのは、学院長のコレット、イリスティーナ、そして鍛冶の神・ロイである。


アルジェはコレットの前で足を止めた。


「カトレアとかいう司祭を助けた後は、どうするつもりなんだい?」


コレットが少し遠回しに尋ねる。


アルジェは迷わず言った。


「……カトレアを助けたら、次は――父さんと母さんを探してみようと思うんです。」


その言葉に、コレットは一瞬だけ目を細め、すぐに静かな口調で応じた。


「確かにあの二人なら……或いは問題を解決できる手掛かりくらい知っているかもしれないねぇ……けど、二人の行方に心当たりはあるのかい?」


アルジェは小さく頷いた。

そして、昔のことを思い返すように、ゆっくりと語り出した。



アルジェがまだ幼かった頃――

彼の両親は優秀な魔法学者であり、生活魔法から戦術魔法、魔導具の研究まで、幅広い分野で成果を上げていた。


“シンセシス”の名は、魔法界隈では知らぬ者のいない名声を誇っていた。


幼いアルジェは、そんな両親が出入りしていた研究施設に、時折顔を出しては実験の様子を見学していた。


ところがある日、研究所に入ったアルジェは、二人が険しい顔で書類を睨みつけているのを見て、声をかけられずにいた。


どうやら何かの研究が行き詰まっているようだった。


帰ろうとしたその時――ふと、机の上に無造作に置かれた数枚の紙が目に入る。


何の気なしに手に取ったアルジェは、そこに記された内容に目を奪われた。


――それは、あらゆる病や怪我、欠損さえも癒すという伝説の万能薬“エリクサー”についての研究記録だった。


数多の錬金術師が挑戦し、全員が挫折したと言われるその秘薬。


しかし、遥か昔――

ただ一人、“大賢者”と呼ばれた錬金術師だけが、エリクサーの創造に成功したと記されていた。


その人物はなぜか製造法を封印し、二度と誰にも伝えなかった。

以来、エリクサーは夢の薬として語られ続け、多くの錬金術師たちが再現を試みるも、成功例は皆無。


――そして、アルジェの両親もまた、その夢に挑んだ者たちだった。


その記録には、エリクサーの製造に必要とされる数々の素材も記されていたが――

そのほとんどはアルジェが見たことも聞いたこともない、極めて希少か、あるいは伝説級の品々だった。


「……そりゃあ難航もするよな」


幼い自分には、難しさの意味などわからなかった。

それでも、あまりに険しい両親の顔を見て――何か、とても大きなものに挑んでいるのだと、胸の奥がざわついた。


それでも何も言えず、静かにその場を後にした。


それから数日後、予兆のようなものもなく、突然その時はやってきた。


朝、目覚めるやいなや――

イリスティーナが青ざめた顔で部屋に飛び込んできたのだ。


「アルジェ!ちょっと来て!早く!」


イリスティーナに手を引かれるまま、アルジェは研究室に連れていかれる。


静まり返った研究室に、人の気配はなかった。

机の上にぽつんと残された一通の手紙だけが、現実味を失った空間の中で、ひときわ存在感を放っていた。


未だ訳がわからず混乱していたアルジェだったが、指先が震えるのを感じながら、それを手に取った。


【あ〜、突然だが、素材探しの旅に出ることにした。

研究室は好きに使ってくれて構わん。お前たちなら何とかやっていけるだろう……多分。


イリスティーナ……アルジェを頼んだぞ。

アルジェ……イリスティーナを世話してやってくれ。そして、守ってやれ。

もし困った時は、オルタルト養成学院のコレットのババアを頼るといい。

昔馴染みだ。お前たちの生活の面倒も見て……はくれないだろうが、魔法学については私たち以上の知識を持っている。

きっとお前たちの力になってくれるだろう。


――愛する我が子たちへ。幸運を祈る。

“偉大なる父と母より”】



「世話って……何よ。私はペットじゃないっつーの!」


イリスティーナが唇を尖らせ、ふくれっ面で叫ぶ。


だが、その声の向こう側で、アルジェは力なく茫然と立ち尽くしていた。

目に宿った光は沈み、肩は落ち、まるで魂が抜けたかのようだった。


その姿に胸が締め付けられる。


イリスティーナは、そっとアルジェのそばへ寄り添い、優しく抱き寄せた。


「そんなに悲観的にならないで、アルジェ。よく考えてみて。

普段から、食事の用意や掃除、必要な家事は――全部、あんたがやってたじゃない!」


イリスティーナが冗談混じりに言うも、アルジェの頬に一筋、涙が伝う。


イリスティーナはそれを見て、少しだけ声を強めた。


「お金の心配だっていらないわ。これからは私が冒険者として、いーっぱい稼ぐから!

この、イリスティーナ様にドンと任せなさい!」


そう言って、満面の笑みを作る。

震える唇を噛みしめながら。


「だから……泣くのはもう、やめなさい。ね?」


アルジェは顔を伏せたまま、かすかにうなずく。


イリスティーナは、こみ上げる涙をこらえながら、震える手で彼の頭を優しく撫でた。


その手のぬくもりに、アルジェは少しずつ気を取り戻していった。



あれから四年――

二人はともに、オルタルト養成学院に入学した。


希望に満ちた日々。

だが、それも長くは続かなかった。


入学から二年後――ある事件をきっかけに、アルジェは学院を離れる。


両親の行方を求め、そしてかつて研究施設で見た「エリクサー」の記録に導かれるように、彼は旅に出たのだった。


素材を求めて大陸を巡り、各地の研究者を訪ね歩いたが、決定的な手がかりは得られなかった。

両親の消息もまた、まったく掴めずにいた。


すべての希望が尽きた頃、アルジェの心は孤独と焦燥に支配されていた。

だが――そのとき思い出したのだ。かつて、あの研究室で目にして以来、ずっと興味を抱いていた“もう一つの研究”を。


そして、ラグール村へとこもり、自らの力で“理想の存在”を創り上げる日々が始まったのだった。



「なるほどねぇ……」


コレットは腕を組み、やや皮肉っぽく笑う。


「そうなると、あの二人の性格からして……」


「……はい。カトレアを助けた後、そのまま海を越え、魔界へ向かうつもりです」


コレットの推察を先読みして、アルジェは静かに告げた。


両親が求めていた素材の多くは、地上では到底手に入らないような代物だった。


ならば――未踏の地、未知の領域。

最も可能性が残されているのは、“魔界”しかなかった。


それは同時に、彼らが辿った道をなぞることでもある。


「……ふん、相変わらずバカ真面目だよ、あんたは」


コレットはそう言いながらも、どこか誇らしげだった。

次回タイトル:虹の護符と悪食羅刹あくじきらせつ

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