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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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081炎環の戦略

「冗談がきついわね……」


イリスティーナが、歯噛みするように呟いた。その瞳には焦燥と絶望、そして弟への想いが滲んでいる。


「――ああ。だが、やるしかない。」


アルジェは、燃え上がるようなドラゴンゾンビの眼光を睨み返しながら静かに言った。


「幸い、あの再生能力は時間はかかる。即座に復元とはいかないみたいだ。

それに……地中の死体が無限にあるはずもない。必ず限界は来る。」


そうは言ったものの、実際にはそれを悠長に待っていられるほど、こちらの体力も魔力も残されてはいなかった。


「でも、どうするの?もう簡単に凍らせられると思わない方がいいわ。

長期戦は、あまりにも分が悪い……」


イリスティーナの声が微かに震えた。それは、戦況だけでなく、弟を案じる姉の心そのものでもあった。


そんな彼女の真っ直ぐな不安に、アルジェは思わず苦笑いを浮かべる。


「……まったく、過保護な姉ってのも考えもんだな」


そう言って肩をすくめた後、彼はニヤリと口元を吊り上げた。


「だったら、塵も残らないように――全部、燃やし尽くすまでだ!」


そう言って、アルジェは収納空間から数本の小瓶を取り出した。


瓶の中には、強烈な香りを放つ透明な液体。

嗅いだだけで、アルコール濃度の高い酒だとわかる。

そして内側には、まるで砂利のように見える黒い粒が貼りついていた。


「……それ、なに?」


イリスティーナが警戒と興味を半々にした表情で瓶を覗き込む。


「……まぁ、見てればわかるさ」


そう言ってアルジェは瓶を手に握り直すと、皆を見渡す。


「俺がやつの注意を引きつける。マイとイリスはこのまま待機。不測の事態に備えてくれ。

フェリ、悪いが二人の護衛を頼む。特にイリスが無茶しないよう、しっかり見張っててくれ」


「えっ……あ、あたしそんな無茶とか――」


「――するから頼んでるんだ」


軽く制したアルジェの声音に、イリスティーナは小さく唇を噛んだ。彼女にしてみれば、それだけで言い返せなくなるほどの信頼と想いがこもっていた。


そして、最後に――アルジェはシルビアの前に立ち、そっと肩に手を置いた。


「――最後は……いつも頼りっぱなしで悪いな。」


その言葉に、シルビアの瞳がわずかに見開かれた。

肩に触れた掌から、確かな温もりと信頼が伝わってくる。


最後を他の誰でもない、自分に託してくれたことがシルビアは嬉しく思った。

これまでは、従者として当然の務めであり、また、そう造られたのだという想いが何処かにあった。


「……嬉しく思います。アルジェ様」


彼女はゆっくりと頷いた。声には、いつになく柔らかな色が滲んでいた。


「あなたが“わたくし”を信じてくれている。そう感じられるだけで、シルビアは――」


小さく笑ったシルビアの表情に、機械のようだった過去の面影はもうない。


学院での出来事、コレットとの対話――

「人は命じられたままに生きるものじゃないよ」

……その言葉が、いまも胸にある。

彼女の中に確かに芽生え始めた、自らの意志。

それが、アルジェの想いに真っ直ぐ応えようとしていた。


「……無茶ばかりさせて、すまない」


「アルジェ様の信頼に応えるためなら――たとえ“無茶”だとしても、やってみせます」


そう答える彼女の瞳に宿る炎が――じわりと熱を帯び始めていた。



作戦が決まるや否や、アルジェは即座に行動へ移った。


瘴気を含んだ液体が届かないギリギリの距離まで接近すると、手に持っていた瓶を高く放り上げる。


「――風よ、誘え!」


風の魔素がアルジェの指先から解き放たれ、瓶をドラゴンゾンビの頭上へと誘導していく。


巨体のドラゴンゾンビは、それに気づくとまるで虫でも払うように、骨の腕を振り上げて叩き落とした。


次の瞬間――


瓶が骨の腕に直撃した瞬間、小さな爆発音と共に中の液体が飛び散り、周囲に燃え広がる。瓶に詰められていた高濃度の酒が、割れた拍子に一気に炎を上げ、ドラゴンゾンビの腕を包んだ。


瓶の内側に敷き詰められていたのは、細かく砕いた《炎硝石》だった。

通常、大きな炎硝石は強い衝撃でしか爆発しないが、アルジェはそれを人為的に微細化し、極小の衝撃でも確実に起爆する特製火薬へと仕上げていた。


これは彼が独自に改良を重ねた、アルジェ式の簡易火炎瓶。威力では劣るが、その分扱いやすく、連続使用に向いていた。


「アイツ……面白いもの作ったわね。どう、凄いでしょ? あれ、私の弟なのよ?」


どや顔で胸を張るイリスティーナに、横にいたマイが呆れたように返す。


「知ってるし……ていうか、なんでアンタがそんなに誇らしげなのよ」


一方その頃、アルジェは間髪入れずに次の瓶を放る。

瓶が空を描き、ドラゴンゾンビの背、肩、胸元と、各部位で炎が咲き乱れていく。


そのたびに、炭化した臭いが周囲に広がり、不快さと戦慄が辺りを包んだ。


ドラゴンゾンビは痛みこそ感じていないが、骨に直接炎を浴び続けることで、熱によって内部構造が脆くなっていく。


やがて――


「……頃合いだな」


アルジェは収納空間に手を差し入れ、今度はひときわ目を引く球体のガラス容器を取り出した。


その中には、まるで時計仕掛けのように大小さまざまな《炎硝石》が、内から外へと層を成して詰め込まれていた。


中心に鎮座するのは、拳ほどのサイズの巨大な炎硝石。それを囲むように、やや小型の石たちが螺旋状に配置されている。


――連鎖爆発を誘発する、アルジェ流の《連環火薬球》。


「行けッ!」


アルジェは容器を強く握り締め、大きく振りかぶってドラゴンゾンビの足元へと叩きつけた。


ガンッ!


最初の小さな炎硝石が爆ぜ、そこから順を追って次々に起爆が伝播する。爆発の波が外側から内側へと連鎖し、最終的に中心の大玉が轟音と共に炸裂する。


その衝撃は、既に熱で脆くなっていたドラゴンゾンビの骨を容赦なく砕いた。


亀裂が走り、骨が崩れ落ちていく。


続いて――もうひとつ、アルジェが用意していた火薬球が投擲される。


「これで……とどめだッ!!」


再び爆発が響き、既にひび割れていた部分が粉々に弾け飛んだ。


焼かれ、砕かれ、支えを失ったドラゴンゾンビの巨体は、遂に体勢を保てなくなり――

地面へと崩れ落ちた。


その重みに大地が唸り、砂塵が巻き上がる。


――しかし、敵の抵抗は終わっていなかった。


ドラゴンゾンビは倒れたまま、口から再び瘴気を含んだ霧状の液体を撒き散らす。


地中に眠っていた兵士たちの骸が、再び蠢き、アンデットとして這い出てくる。

彼らは動くこともなく、ただ塵へと還っていき――その塵が再び、失われた腕の再生へと向かって集まり始めた。


しかし――


「無駄よ。もう、間に合わない」


イリスティーナの低い声が響いた。


再生のために集まり始めた塵は、炎の残る骨の断面に触れるや否や、次々と燃え尽きていく。


地上に残された火の粉と炎が、ドラゴンゾンビの“命の再生ルート”を、完膚なきまでに断ち切っていた。

次回タイトル:紅蓮の果てに――巫女の祈り

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