007冒険者ギルド
翌朝――
アルジェたちは早めに朝食を済ませ、冒険者ギルドへと向かった。
宿を出て大通りへ出ると、朝早くにもかかわらず人通りは多く、すでに活気が満ちていた。中央広場で定期的に開かれるという市場が、今日も開催されているようだ。
王都の市場ともなると、各地の商人たちが一堂に会する。珍しい食材や異国の装飾品、魔具や高級装備、果ては入手困難な古代の工芸品まで――まさに、ありとあらゆる品が所狭しと並んでいた。
「……金が無いのが悔やまれるな」
目を奪われつつ、アルジェは思わず溜息を漏らした。
『ぼやいても無駄じゃ。まずは、やるべきことを済ませるのじゃな』
創造神の言葉に促されるまでもなく、アルジェは市場に背を向け、中央広場方面へと歩を進めた。
やがて、第2区画の中通りへと入る。この通りには、武具・防具はもちろん、鍛冶屋や魔道具屋、さらには傭兵や冒険者向けの装飾品を扱う店舗が軒を連ねている。まさに、戦場に生きる者たちのための商店街といった風情だ。
その通りの中央付近――威風を感じさせる石造りの建物に、大きなギルドの紋章が掲げられていた。
「……ここか」
アルジェはギルドの扉を押し開けた。
中は広々としたホールになっており、朝の時間帯にもかかわらず、多くの冒険者で賑わっていた。
食事をとる者、掲示板で依頼書に目を通す者、受付で手続きを進める者――思い思いの目的で動き回る彼らの姿には、確かな活気と、冒険者という生き様の多様さが滲んでいた。
職業も種族も実に様々だ。全身を鋼鉄の鎧で包んだ屈強な戦士。長杖を携え、ローブを纏った魔術師。軽装で素早さを活かすレンジャー、神に祈りを捧げながら仲間を支援する神官――人間だけでなく、耳の長いエルフ、逞しいドワーフ、毛並みの美しい獣人の姿も見える。
奥のカウンターには、数名の受付嬢が立っており、流れるような動きで対応にあたっている。
「活気があるな……」
「はい、冒険者の街という感じです」
アルジェとシルビアは、人混みを縫うようにしてカウンターへ向かった。
そのとき、タイミングよく受付嬢のひとりが声をかけてきた。
「おはようございます。冒険者ギルド・王都本部へようこそ。受付担当のミリアと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
年の頃は十代後半といったところだろうか。ショートカットの茶髪に日に焼けた肌が健康的で、どこかボーイッシュな印象を受ける。軽装備に身を包んでいるところを見るに、元は冒険者なのかもしれない。
しかし――その胸元は、ボーイッシュという言葉では括れない存在感を放っていた。
『ふむ……良い目の保養じゃのう、アルジェよ』
脳内に響く創造神の声に、思わずアルジェの視線がそちらに吸い寄せられそうになる。
――が、その瞬間、背後から感じた殺気に、ピクリと動きが止まった。
「ぼ、冒険者登録をしたいんだが……」
冷や汗混じりに、アルジェは目的を伝えた。
「登録ですね。かしこまりました。それではこちらの用紙に必要事項をご記入ください」
ミリアから渡された用紙を手に、二人は空いているテーブル席へ移動する。ほどなくして、記入を終えた用紙を持って再びカウンターに戻った。
「職業は……錬金術師、ですね」
ミリアが用紙を見て、少し首を傾げる。
「……あまり戦闘向きではないように思いますが……あっ、いえ! 最近は魔物の討伐依頼が多いですし、でも討伐だけじゃありませんし! そ、それに、上級の錬金術師なら問題ないですねっ! はい!」
明らかに勢いだけで承認印を押していたが、訂正されると厄介なので、アルジェは黙って見守るに留めた。
「次に、こちらの方の職業は……メイド!? えっ、まんまじゃないですか!?」
ミリアが思わず二度見する。
「てっきり、そういう趣味かと思ってました……い、いえ、失礼しました。本当に、メイドさんを冒険者登録されるんですか?」
アルジェは曖昧な笑みを浮かべてみせる。
「ま、まあ、メイドさんの中には、主人を守るために護身術や格闘術を学ぶ方もいますしね! 決して不自然ではない、ですよね……?」
ミリアは自分に言い聞かせるように頷く。
「特技の欄には……メイド流戦闘術? ……こ、これは……!」
カッと目を見開き、息を呑むミリア。その反応に、アルジェもつい期待してしまう。
「……全く聞いたことないですね。アハハ」
「俺も初耳だよ。ハハ……」
二人の間に、気まずい空気が流れる。
「……い、一応“戦闘術”ということですしね! 登録上は問題なしってことで! では、二人分の登録料として銀貨4枚をお願いします♪」
ミリアは気を取り直し、笑顔とノリで登録を完了させた。
銀貨を差し出しながら、アルジェは内心で呟く。
(……ほんとに大丈夫か、このギルド?)
「ありがとうございます。それでは、こちらがギルドカードになります。紛失や破損にはご注意くださいね」
ミリアは渾身の営業スマイルを浮かべながら、二枚のカードを差し出した。
アルジェはカードを受け取ると、手を軽く掲げる。すると、空間が微かに歪み、小さな裂け目が生じる。その中へ、彼はカードを無造作に放り込んだ。
ミリアは一瞬、呆けたように目を瞬かせたが――何も見なかったことにしたように、そっと視線を逸らした。
かくして――
多少の不安と疑念を抱えつつも、アルジェとシルビアは正式に冒険者となったのだった。
次回タイトル:大陸の記憶と新たなる兆し