075仁義なき主従戦線
「それで……俺は、合格か? ソウルイーター」
アルジェは率直に尋ねた。
「は、はいっ! あ、その前に……少し、お聞きしてもいいですか?」
ソウルイーターはおずおずと問いかける。
「さ、さっきの戦いで使っていたあの魔法……あれって、加護ですよね?
し、しかも複数持ってるとか……アルジェさん、いえ、アルジェ様って、いったい何者なんですか!?
それに、なぜ……私なんかを欲しがるんですか……? あわわ、質問ばっかりですみませんっ!」
彼女はあわててぺこぺこと頭を下げた。
アルジェは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて言った。
「気にしなくていい。仕えるかもしれない相手のことを知ろうとするのは当然のことだ。
俺が何者かって……そうだな。意に反してどんどん人間離れしていってて、しかも今は自分の魂が消える危機にある、至って普通の錬金術師……ってとこかな」
最後の部分で少し苦笑しながら付け加えた。
「――でもな。そんな“普通の錬金術師”の勘が告げてるんだ。
この先、きっとお前の力が必要になるって。だから俺は、お前を望んだ」
言葉を紡ぐうち、どこか胸の奥から、言い知れぬ感情がこみ上げてきた。泣きたいような、叫びたいような、そんな感情だった。
「そ、それの……どこが“普通”なのかは、正直まったく分かりませんが……」
ソウルイーターは顔を赤らめながら、しっかりと彼を見つめた。
「でも……私、決めました! そんな神様たちにも信頼される貴方――いえ、アルジェ様になら……
この身のすべてを捧げても、構いませんっ! どうぞ、私を……好きにお使いください!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶように言った。
「その表情で誤解を招くようなことを叫ぶのはやめてくれ!!」
アルジェは顔を覆いながら呻く。
周囲から向けられる生温かい視線が痛い。
すると、すかさずシルビアが一歩前に出て、胸元に手を当てながら優雅に微笑んだ。
「ふふっ……アルジェ様の魅力を正しく理解するとは、なかなか見どころのある方です。
よろしい……わたくしに倣い、全身全霊を尽くしてアルジェ様に仕えることですわね」
(余計なことを……!)
アルジェが絶望の表情を浮かべる中――
「ちょっと待って。それ……“この身の全てをを捧げても”って部分が、なんだかすごく……肉体的に聞こえたんだけど?」
イリスティーナが眉をひそめ、鋭い視線を二人に向ける。
「違うなら、今すぐ訂正なさい。弟が、勘違いして赤くなってるじゃない!
だいたいね、アルジェに尽くしていいのは――この私だけよ!!」
ドンッと胸を張る。
「なぜなら! 私とアルジェは、結婚の約束をしているのだからッッ!!」
「なっ……! どど、どういうことですかアルジェ様ッ!?」
シルビアが真っ青になって詰め寄る。
「……あれは、母がアルジェに何気なく将来のことを聞いた時のことだったわ。
そのとき彼は、こう言ったの。“僕、大きくなったら姉さんと結婚するんだ”ってね……ふふ♪」
イリスティーナはうっとりと目を細め、頬を紅潮させる。
「それは、俺が三歳の時の話だろうがあぁぁぁ!!」
アルジェは真っ赤になって叫ぶ。
「わ、わたくしとて……婚約を意味する指輪を頂きました。そ、そうですよね!? アルジェ様!!」
今度はシルビアが希望を込めて問いかける。
その指輪が、先日の戦いで渡した魔道具のことを指していると気づいたアルジェは、ため息をついた。
「シルビア……あの指輪にそんな意味はない。ただの、神力結晶で作った魔道具だ」
ズバリと言い切った瞬間、シルビアは膝から崩れ落ちた。
「フッ……どうやら、勝負あったようね?」
イリスティーナは勝ち誇った表情で手の甲を口元に寄せ、高飛車に笑い出した。
「……あ、あの。アルジェ様? 私、一体なにの勝負に巻き込まれてるんでしょうか……?」
ソウルイーターのぽつりとした素朴な疑問に、アルジェはめまいを堪えながら力なく呟いた。
「……知らん」
こうして、ソウルイーターを巻き込んだ姉と従者の仁義なき抗争はしばらく続いたが――
アルジェは付き合いきれないとばかりに、その場からそっと逃げ出したのだった。
その後、著しく尊厳を損なわれたアルジェは、その精神的ダメージを引きずったまま、仲間たちと共にオルタルト養成学院へと帰還した。
アルジェたちの勝利は、学院にとって歴史的快挙と言っても過言ではなかった。
かつてより因縁深きガルマン国立学園を完膚なきまでに叩き潰したのだから、学院では全力を挙げた盛大な祝勝パーティーが催される運びとなっていた。
そうした場がどうにも苦手なアルジェとシルビアは、当初は参加を渋っていたが――
「主役が来ないと始まらないでしょ!」という圧力のもと、逃げ道を断たれ、無理やり正装を施された。
仕方なく会場へと足を踏み入れたアルジェだったが、目に入った光景に思わず足を止めた。
――そこにいたのは、見慣れたはずの従者の少女ではなかった。
シルビアは、肩から胸元にかけて大胆に肌を見せた薄紫色のドレスに身を包み、
まるで上流貴族の令嬢のような気品すら漂わせていた。
「どうかしましたか、アルジェ様……?
や、やはり……わたくしには、不相応な格好だったでしょうか……」
緊張した様子で問いかけるシルビアに、アルジェは言葉を失う。
「そ、そんなことはない! ……とても、よく似合ってる」
その言葉と共に、彼は目を逸らした。
あまりの美しさに、つい見とれていたことを悟られたくなかった。
「っ!……あ、ありがとうございますしゅ……」
予想外の言葉に、シルビアは喜びと照れと動揺がごちゃ混ぜになり、思わず語尾を噛んだ。
二人は互いに目を合わせられず、赤面しながら気まずく視線を彷徨わせていた。
その甘酸っぱい空気を、あの人物が容赦なく切り裂く。
「ちょっとぉ~? 私が自ら手料理を振る舞ってるっていうのに……
なに、二人の世界に入り込んでるのよ?」
イリスティーナの驚愕の発言に、アルジェは飛び上がった。
「い、今なんて言った!? 手料理!? まさか、イリスが作ったのか!?」
「当たり前じゃない。もちろん私が作っ――」
誇らしげに返そうとしたその瞬間、場内のあちこちから悲鳴が響き渡った。
「うわっ!? げほっ、ごぼぉ……!」
「た、倒れるな、まだ生き――!」
次々と生徒たちが痙攣し、白目を剥いて床に崩れ落ちていく。
パーティー会場は一瞬で修羅場と化した。
「……お、遅かったか」
惨状を目にしながら、アルジェはがっくりと肩を落とし、顔を覆った。
原因は明白。
倒れているのは、イリスティーナの料理に手を出してしまった犠牲者たちである。
(ああ……今夜は何人の命が危うかったんだ……)
頭を抱えるアルジェの隣で、鍛冶の神は深く息を吐く。
「執事としての職務だ……ったく、なんで俺が……」
ぶつぶつ言いながらも、彼はイリスティーナを羽交い締めにして強制退場させた。
当然、本人は全力で暴れていたが。
「あんた、あの人とずっと一緒に生活してて……よく生きてこれたわね」
マイが呆れたように言う。
「ハハッ……ま、まぁ……死にやしないさ。」
(ごめんな、みんな……君たちの犠牲は無駄じゃない、多分)
アルジェはひきつった笑みを浮かべながら、床に倒れた哀れな犠牲者たちへと、心からの哀悼の意を捧げた。
次回タイトル:夜風の中の告白 ― シルビアの微笑




