074魂を喰らう魔剣の少女
「イリスティーナをからかうのはよしな、鍛冶の神。
とばっちりで校舎が吹っ飛んだら、たまったもんじゃない」
コレットは、うんざりしたように鍛冶の神へ目を向ける。
「それより――アルジェの問題だ。
魔剣でどうにかなるのか、はっきり答えてやんな」
「……ああ、そうだったな」
鍛冶の神は、後頭部をかきながら曖昧な笑みを浮かべる。
「う~ん……まあ、その……結論から言うと、無理だ」
期待を裏切るその言葉に、場の空気が一瞬で冷え込んだ。
「……無理?」
アルジェが抑えきれずに声を漏らす。
「魂ってのは、ひと口に言っても種類が多い。
《ソウルイーター》が喰らえるのは、人間の魂だけだ。
魔物や精霊の魂は対象外――神の魂に至っては、論外さ」
鍛冶の神の声音が少し低くなり、煙の代わりにため息を吐いた。
「だいたい、そんなモン作った日には神界が黙っちゃいねぇ。
いや、そもそもそれ以前に――……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」
言いかけて、言葉を飲み込む。
だがアルジェは、僅かに顔をしかめる。納得できる話ではなかった。
その表情に気づいたのか、鍛冶の神は苦笑いを浮かべた。
「……“神の魂はダメで、人の魂はいいのか”って顔だな。
でもな、誤解すんなよ、弟君」
声に、わずかに熱が宿る。
「今でこそ“呪われた剣”なんて呼ばれてるが、あの剣は本来――
《汚れた魂を浄化し、天へと還す》ために作ったものだ」
「浄化……?」
アルジェが小さく呟く。
「そうだ。負の魔力で染まった魂を喰らい、澱みだけを取り除く。
本来は、救済の剣だったんだ。だが……魂の状態に関係なく、人間の魂なら全て喰らえてしまう」
アルジェは黙ったまま頷くと、続きを促した。
「だから、誰かに悪用される前に封印したのさ。迷宮の奥深くにな。
……けどよ、三百年前の大戦で封印が破られちまって、
あちこちを渡り歩いた挙げ句、黒竜のコレクションに収まった」
ほんの一瞬だけ、ばつが悪いといった表情をしてみせる。
「俺としては、あいつの懐にあるなら下手な輩に渡るよりは安心だったんだ。
……まさか、嬢ちゃんがあの黒竜を討ち取って、剣を持ち帰るとはな。ハハ、想定外もいいとこだぜ。ま、結局は無駄な努力だったんだけどよ。ププッ……」
今にも吹き出しそうな顔で言った瞬間――
「――言いたいことはそれだけかしら?」
雷鳴のような怒声。次の瞬間、イリスティーナのレイピアが再び鍛冶の神の後頭部を打ち据えた。
「ぐあッ!?」
呻きながら床にうずくまる鍛冶の神。
「……と、とにかく、だな」
後頭部をさすりながら、鍛冶の神は言葉を締めくくった。
「ソウルイーターじゃ、お前の抱えてる問題は解決できない。
残念だが、他の方法を探すんだな」
静かに、しかしきっぱりと。
その言葉に、部屋がしんと静まり返った。
だが――
(……神界が黙っちゃいないとは言っていたが、“作れない”とは言ってなかったな)
アルジェは黙ったまま考える。
鍛冶の神が途中で言い淀んだ一言も、気になって仕方がない。
(これまでの旅路だって、出会いには全部、意味があった。
きっと、今回もそうだ……)
この出会いが“鍵”になることは間違いない。
アルジェは、静かに心を決めた。
「話はわかった。……鍛冶の神、あんたの言う通りだとして」
アルジェは静かに言葉を繋ぐ。
「だったら――その《ソウルイーター》、俺に預けてくれないか?」
不意の申し出に、場の空気が微かにざわめく。
魔剣。
アルジェの胸には、この剣がいずれ必ず「鍵」になるという、確かな予感があった。
その眼差しを見て、鍛冶の神の表情から軽口が消える。
鋭くアルジェを見つめた後、低い声で言い放った。
「……“剣”として使うつもりなら、やめとけ」
「……?」
「この剣はな、柄以外のあらゆる物質を拒絶する。つまり、相手を傷つけることはおろか、敵の剣も全部通り抜けちまう」
「受け止めることもできない?」
「ああ。攻防一切不能……ただ持ってるだけの“触れられない剣”さ」
それでも――とアルジェが一歩踏み出すと、鍛冶の神は肩をすくめて苦笑した。
「……まあ、どうしてもってんなら、止めはしねえけどよ」
その言葉と共に、鍛冶の神は空間に指をかざし、そっとひと撫でする。
淡く揺らぐ空間の裂け目から――それは姿を現した。
まばゆいほどの金細工が施された柄。古代文字が浮かぶ金の装飾に、青白い結晶がはめ込まれている。
柄から伸びるのは、透き通るような淡水色の剣身。まるで霧と光を封じ込めた結晶のように幻想的だった。
「……これが、《ソウルイーター》……」
アルジェは無意識に手を伸ばす。
だが、その瞬間――
「ひ、ヒィィィ!?」
悲鳴のような声とともに、剣がぐにゃりと変貌を始めた。
剣身が、ゼリーのようにドロリと融解していく。
柄の奥から同じような半透明の液体があふれ出し、溶け合いながらぶくぶくと膨れ上がっていく。
そして。
その“ゼリー”は、ぐにゃぐにゃと形を変え――やがて、一人の少女の姿をとった。
透き通るような青白い肌。儚げな輪郭と淡く揺らめく髪。
それは確かに“人の形”だった。だが、身体はどこか霧のように透けていて、実体を持たない。
その少女は、おずおずと鍛冶の神の背後に隠れ――
「だ、だれですかあなたっ……!?怖いです……っ」
怯えた声で、顔だけを覗かせた。
「……お、おい」
呆気にとられたアルジェの横で、鍛冶の神が頬をかく。
「いやぁ……しばらく迷宮に放っておいたらな?
自我が芽生えちまったんだよ、この剣。
その上、魂を喰らう仕組みに組み込んだスライム因子の影響かねぇ……自在に形を変えられるみたいでよ」
「そんなこと、あるか……?」
「あるんだよ。神造兵器ってのは、たまに想定を超えることがある」
全く悪びれる様子もなく、鍛冶の神は笑う。
アルジェは目の前の少女を……いや、魔剣を――しばし黙って見つめた。
「笑ってないで、ちゃんと説明してくださいッ! いったいこの人は、誰なんですかぁぁぁ!!」
ソウルイーター――少女の姿をした魔剣の精は、鍛冶の神の背中にしがみつきながら、泣き顔で叫んだ。
「ま、まさか……!う、売るんですね!私をこの人に売り飛ばすつもりなんですねぇぇ?!この人…いえ、神でなしッッ!!」
顔をぐしゃぐしゃにしながら涙と鼻水を撒き散らすその姿に、アルジェは呆気に取られて立ち尽くすばかりだった。
(なんでこんな展開に……)
「と、まぁ……見ての通り、いつもこの調子だ。正直、俺の手に負えん。というわけで、任せたぞ! アルジェ!」
鍛冶の神は堂々と親指を立てて、涼しい顔で言い放つ。
「ちょ、待っ――」
「そういうことだから、今からこいつはお前の主だ、ソウルイーター」
あまりに唐突な引き渡し宣言に、ソウルイーターはその意味を理解するまで数秒を要した。
「……そういうことって、どういうことですかッ!?勝手に決めないで下さい!わ、私にだって、仕える主を決める権利があります!だいたいこの人誰何なんですかッ!?」
怒りながらも物怖じした様子で、ソウルイーターはこわごわアルジェを見やった。
「あー……イリスティーナの弟だけど。言ってなかったっけ?」
鍛冶の神がしれっと答える。
「き、聞いてません!!イリスティーナさんの弟って……ヒ、ヒィ!?
あの傍若無人の魔女ですよ!? 絶対、弟も極悪非道に決まってるじゃないですかぁぁ!!」
今にも卒倒しそうな勢いで取り乱すソウルイーターだったが――
「……誰が傍若無人ですって?」
背後から低く冷たい声が響いた。
「ひっ……」
「一歩譲ってそれはいいとして。私の弟を“極悪非道”と呼ぶなんて……
覚悟、できてるんでしょうね? ソウルイーター」
すぐそこに立つイリスティーナの双眸から、氷のような殺気がにじみ出ていた。
「……ええっ!?い、一歩しか譲らないんですか!? すみませんすみませんすみません!! わ、私なんかが!
イリスティーナさんの弟さんを侮辱するなんて! ほんっとうにすみませんでした!
謝るんで! 破壊だけはぁぁぁ!!」
土下座しそうな勢いで必死に謝るソウルイーター。
その様子を、どこか他人事のように見つめていたアルジェだったが、苦笑しながら口を開いた。
「……勘弁してやってくれ、イリス。悪気があって言ったわけじゃない。
それに、ソウルイーターの気持ちも分かるよ。自我があるなら、主を勝手に決められたくはないだろうしな」
アルジェは姉が本気で魔剣を破壊しかねないと、本気で心配していた。
イリスティーナはふんと鼻を鳴らし、長い銀髪を一振りして言った。
「……命拾いしたわね、ソウルイーター。可愛い弟の頼みに免じて、今回は許してあげるわ。感謝なさい」
そして、鋭い視線を少女に突きつける。
「いいわ……なら、あんたも私と同じように、交流戦でアルジェを見極めなさい。
それでまだ不服があるなら、その時は好きにすればいいわ」
拒否権などないとでも言いたげなその眼差しに、ソウルイーターはぶんぶんと何度も頷いた。
「は、はいぃぃ……! ぜ、全力で! 見極めさせていただきますぅぅ!」
(なんだか……自分とシルビアを見てるみたいだな)
アルジェはそんな二人のやり取りを見ながら、苦笑するのだった。
次回タイトル:仁義なき主従戦線




