072初級魔法の革命
ガルマン国立学園の生徒三十名と相対し、
たった一人、アルジェが闘技台に立っていた。
――その構図は、先程のシルビアの試合と同じだ。
だが、決定的に違うものがあった。
距離だ。
武術部門では接近戦を主とする戦いが多いため、開始時の距離はさほど取られていなかった。
しかし魔術部門では違う。
魔術の詠唱、魔法陣の形成、補助術の起動。
それらすべてに時間と準備を要する以上、距離を取って戦闘の間を確保するのが定石である。
試合開始の合図が鳴った。
ガルマン側の生徒たちは、即座に詠唱に入る。
だがその内容は、攻撃ではなく――自己強化と防御魔法がほとんどだった。
先程の試合で“メイド”の常識を超えた実力を見た彼らは、
今、自分たちの対峙する相手にもそれなりの警戒心を抱いていた。
しかし――
アルジェはその間、静かに地面に魔法陣を描いていた。
呪文を短く唱えると、そこから地属性の初級魔法が突き出す。
鉱石の槍が地を割って生えると、アルジェはしばらくそれを見つめ、満足げに頷いた。
「……よし、解析完了っと。後は構築のイメージだが……初級の魔法陣程度なら、まぁ何とかなるだろ……」
楽観的に言い放つアルジェの口元がわずかに緩む。
その様子を見て、後方にいたガルマンの生徒の一人が吹き出した。
「ははははっ! なんだそれ……! まさか、魔法陣を使わなきゃ初級魔法すら行使できないのか?」
笑いながら、男は他の生徒たちの間を割って前へと進み出る。
「警戒しすぎて損したぜ。どうやら貴様は、あのメイドとは雲泥の差があるようだな。
まぁ、聞くところによれば錬金術だけは多少使えるらしいが……魔術に関しては、話にならんな。」
更に彼は、嘲るような視線を送りながら肩を竦める。
「この人数相手に、そんなスローテンポな魔法じゃ話にならんよ。
詠唱が終わるころには、こっちはきっちり取り囲んでるだろうからな? ハーハッハ!」
それに釣られるように、他の生徒たちからも薄ら笑いが漏れる。
全員がアルジェを“雑魚”と見なしたのは明白だった。
男は腕を組み、なおも余裕の態度を崩さない。
「……いいさ。気を遣ってやる。先に魔法、使わせてやるよ」
その勝ち誇った態度に、本人は気付いていなかった。
それが、誰の逆鱗に触れたのかを――
「……私の弟を、愚弄したわね。
あの男……後でしばき倒すわ。」
観客席の上段で、イリスティーナが凍えるような微笑みを浮かべた。
「……アルジェ様を愚弄するだなんて……ふふ。後で、丁寧に躾けて差し上げます。」
その隣では、シルビアが慈愛の笑みとともに手にハリセンを忍ばせていた。
当のアルジェはといえば、そんなやり取りなど露知らず――
全ては、布石。
“相手が勝ち誇った瞬間こそ、勝利の鍵が揃うとき”
――彼は、そう確信していた。
アルジェは、目の前に並ぶ三十人の生徒たちに向けて、
どこか挑発めいた笑みを浮かべた。
「――そうか。悪いな。
なら、遠慮なく行かせてもらおう」
そう言って彼は、魔方陣を描くこともなく、詠唱の言葉もなく、
ただ、静かに頭上に片手をかざした。
「《ストーンブラスト・マルチリプロダクション》!!」
その瞬間、空間がきらめき、
アルジェの頭上に数十発に及ぶ石弾が出現した。
「よし! 成功だ!」
満足げに頭上を見上げるアルジェ。
淡い光を纏ったそれは、まるで雨雲のように闘技場の天井を覆い尽くす。
規則正しく浮かび、重力に抗いながら、じわりと回転していた。
「な……何だ、これは……!?」
ガルマン国立学園の生徒のひとりが、声を震わせた。
「ストーンブラスト……? いや、あれは……初級魔法のはずだ……だが、数が……!」
広範囲魔法。
それは中級以上に分類され、複雑な構文と高度な魔力制御を要するものだ。
しかしアルジェが発動したのは――ただの初級魔法の複製。
初級魔法を、知識の泉で得た能力――
《多重複製》によって再構築し、まるで広範囲攻撃のように演出したものだった。
その“規格外”の応用力に、生徒たちは完全に混乱した。
「クソッ、逃げろッ!!」
慌てて防御魔法を展開する者、
壁を錬金術で作り出す者。
場は一気に騒然となった。
アルジェは冷静に、その手を振り下ろした。
「――砕けろ」
刹那、石塊弾が一斉に降り注ぐ。
雷鳴のような轟音とともに、
闘技場の床が裂け、悲鳴が響く。
複数の生徒が魔法の直撃で吹き飛び、あるいは魔力の干渉により意識を失った。
だが、それでも全員を仕留めきれたわけではなかった。
咄嗟に作られた防壁と防御術によって、幾人かは難を逃れていた。
「……やるな。だが――終わりじゃない」
アルジェはなおも落ち着いた様子で、
先程描いた魔方陣を、何の詠唱もなく空中や床に次々と複写していく。
「《マルチコピー》(多重複写)!
《マルチトランスクリプション》(多重転写)!!」
光が走り、魔法陣が幾重にも転写される。
空中、壁面、足元――
あらゆる位置に魔法陣が浮かび、出現していった。
「バカな……描いてもいない魔法陣が……!」
「どこから出てきてやがる……!」
逃げ惑う生徒たちの中で、先程アルジェを見下していた男もまた、目を見開いて立ち尽くしていた。
そのすぐ横で、魔法陣が発光する。
「グランドランスッ!!」
無慈悲な宣言とともに、
無数の騎槍が、あらゆる方角から生徒たちを突き上げる。
足を貫かれ、膝を砕かれ、胴をかすめられた者が悲鳴を上げて倒れる。
動けなくなった生徒は次々と脱落し、戦場はたちまち瓦解していく。
数分後。
立っていたのは、ただ一人。
アルジェだけだった。
呻き声と息遣いだけが響く中、
観客席は静寂に包まれていた。
……そして、
誰かが震える声で叫んだ。
「――勝者、オルタルト養成学院・アルジェッ!!」
次の瞬間、
地鳴りのような歓声と拍手が場内を埋め尽くす。
魔術部門における勝者、アルジェ。
これにより、二勝零敗での完全勝利。
オルタルト養成学院の、歴史的勝利がここに確定した――。
次回タイトル:鍛冶の神




