071メイドの嗜み、侮るなかれ
試合は武術部門から先に行われ、その後に魔術部門へと移る。
もし両校が一勝一敗となった場合は、各部門の勝者同士が決戦を行うという取り決めだ。
いずれの部門においても、ルールは明快だった。
「闘技台からの転落」もしくは「戦闘不能の判断」で失格となり、最後まで立っていた者が勝者となる。
その広大な闘技台には、ガルマン国立学園の生徒三十名が整列していた。
そして彼らと対峙する形で、たった一人のメイド姿の少女――シルビアが立っていた。
上空では、監視魔獣が静かに羽ばたいている。
戦闘の判定・不正の監視を担う、唯一無二の中立者だ。
そんな中、ガルマン側の生徒が肩を揺らして笑った。
「おいおい、オルタルト養成学院ってのは、魔術や武術のほかに……メイドの育成でもやってるのか?」
場内にクスクスと笑いが広がる。
侮蔑と嘲りに満ちた空気が充満する中、シルビアは表情を崩さず答えた。
「それは興味深いご提案ですね。
礼儀知らずの輩を“どうしつけるか”を学ぶ科目……わたくしもぜひ、導入を推奨したいものです」
その言葉が終わるか終わらないか。
場に響いたのは、試合開始を告げる合図の声だった。
──瞬間、シルビアの周囲を取り囲むようにガルマンの生徒たちが動く。
「何を勘違いしてる? 躾ってのはな……主人がメイドにするもんなんだよ!」
嘲笑を浮かべた男が片手剣を高々と振りかざす。
それを合図に、後方に控えていた生徒たちが一斉に弓を構えた。
剣が振り下ろされると同時に、無数の矢がシルビア目がけて放たれる。
だが――彼女は一歩も動かなかった。
「メイドの嗜み、侮るなかれ……」
そう呟いた次の瞬間、シルビアはどこからともなく“ある道具”を取り出す。
――特製ハエ叩き。
金属のような硬質な煌めきを宿し、異様なまでに“禍々しい威圧感”を放つそれを、構えた。
「メイド流・撃退術奥義──滅殺・超速叩き打ち!」
連打。連打。連打――!
肉眼では捉えきれない速度で振るわれたハエ叩きは、放たれた矢を、まるで夏の蚊でも払うかのように打ち落としていった。
パチンッ、パチンッ――空中で矢が次々に破砕される音が、乾いた音として響く。
信じられない光景に、生徒たちの動きが一瞬止まった。
「……ふぅ。弓の扱いも、礼儀も……まだまだ、甘いようですね」
静かにハエ叩きを仕舞ったシルビアは、次なる武器――一振りのハリセンを手に取る。
扇状に開かれたそれを腰元に添え、まるで剣士のように構える。
「ハリセンだと!? メイド風情が……貴族を舐めるなよ!!」
怒声と共に、ガルマン側が突撃を開始する。
だがシルビアは、ただ静かに、目を閉じた。
「いいでしょう。貴族としての矜持、言葉ではなく――身体で教えて差し上げます。」
──次の瞬間、空気が裂けた。
「メイド流・躾術“裏”奥義
──旋風・ハリセン薙ぎッ!!」
扇状に開かれたハリセンが閃光の如く薙がれた瞬間、空気が爆ぜ、強烈な衝撃波が放たれる。
「……美しい……」
ポツリと貴族令嬢が呟く。
ドンッ――!
巻き起こった突風が、突進してきた生徒たちの半数を、闘技場の壁へと叩きつけた。
観客席からは、一斉に息を呑む音が響く。
「……次です」
くるりと身体を反転させたシルビアが、もう一閃。
今度は動きを止めていた残りの生徒たちが、まるで紙吹雪のように宙を舞い、次々と闘技台の外へ吹き飛ばされていく。
──試合開始から、わずか五分足らず。
決着は、あまりにあっけなく訪れた。
場内が一瞬、静まり返る。
誰もが――何が起きたのか、理解できなかったのだ。
そして。
一拍置いて、大歓声が爆発した。
叫び声と歓声が雪崩のように広がる。
「な、なんだあのメイドは!?」「あれが……武術部門!?」
怒号と喝采が渦巻き、会場の熱気が一気に天井を突き破った。
シルビアはそんな歓声にも振り返らず、背筋を伸ばしてゆっくりと闘技台を後にする。
静かなる勝者の気品を宿しながら。
その頃、闘技場では魔術部門の準備が整い、静かに試合開始の時を待っていた。
今度は、アルジェの番だ。
次回タイトル:初級魔法の革命




