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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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69話 仕組まれた舞台、策士の微笑

引き続き学院編をお楽しみください。

「いかにも、貴族至上主義のガルマン公国らしい、傲慢な主張だな……」


交流戦に至るまでの経緯を聞いたアルジェは、ただただ呆れるしかなかった。


「試合はね、魔術部門と武術部門の二部門に分けて行われるわ。役割の違いを考慮して、ってわけ」


イリスティーナが淡々と説明を続ける。


「形式はどちらもバトルロイヤル。それぞれの学院が選抜した各30名、計60人による最後の一人が残るまでの潰し合いよ。

つまり、誰が最後まで立っているか――その結果が、どちらの教育方針が優れているかの証明になるってわけ」


そう言うと、イリスティーナは神妙な表情でアルジェの返事を待った。


「なるほどな……つまり、俺がそのバトルロイヤルに出場して、最後まで勝ち残ってみせろ、ってことか」


アルジェは腕を組みながら答える。確かに、自分の成長を姉に示すにはうってつけの場かもしれない。

だが、それ以上に彼の胸をざわつかせていたのは、交流戦の話が出て以降のコレットの様子だった。


(……やけに視線を交わしてる。しかも、イリスだけじゃなくロイとも……)


さりげなくイリスティーナと目配せを交わすコレットの仕草が、どうにも引っかかって仕方がない。


「……話は、分かった」


数秒の沈黙のあと、アルジェは言った。


「だが――断るッ!」


バシッ、と空気を打ち砕くような声が室内に響く。


「な、なんでよ!? これは私を納得させる絶好のチャンスなのよ!? あんた、強くなったって言ったじゃない!」


イリスティーナが思わず前のめりになる。だが、アルジェはそれを静かに制した。


「だからこそだよ。……学院にいた頃、どれだけ俺が頼んでも絶対に譲らなかったイリスが、今さら自分からこんな不利な提案をするはずがない」


アルジェの目が細く鋭くなる。


「何か、裏があるんだろ?」


真正面からぶつけられた言葉に、イリスティーナは途端にうろたえた。


「さ、さぁ? な、何のことかしら? さっぱり分からないわ……」


視線を泳がせながら、露骨な演技でかわそうとするその姿に、ロイが横で声を殺して笑っていた。


(まったく、隠し事が下手だねぇ……)


そんな様子を眺めていたコレットが、深いため息をつきながら口を開いた。


「……もう、いいさね。最初から頭を下げて頼むべきだったよ」


そう言って肩を落とすと、観念したように――彼女は真実を語り始めた。



事の始まりは、学院の運営資金の多くを三国からの支援金に頼っていたという事実にある。

だが近年、活発化する魔物への対策に追われ、各国の国庫は圧迫され、学院への支援金も次第に削られていった。


中でも、魔界と地続きで元々魔物の出没が多かったマーベル連邦国の北部地域、

そして最近まで聖獣の加護が弱まっていた影響で魔物の出現率が急増していたソルシア王国、

この二国からの支援金の減少は深刻だった。


一方、魔界に近いながらも海を隔てているという地理的な条件に恵まれたガルマン公国は、比較的魔物被害が少なく、国家財政も依然として潤っていた。

だが、イリスティーナが語った通り、貴族至上主義を掲げるこの国に支援金の増額を期待するのは端から無理な話だった。


それどころか、彼らは――


『貴族とそれに準ずる者こそが真に優れた才覚を持つ』


『平民ごときに資金を投じるのは無駄である』


――などという傲慢な主張のもと、交流戦という名目で挑戦状を叩きつけてきたのだ。


首都ロンダルシアとしても、魔物に対抗し得る戦力を育てる教育機関を失うわけにはいかず、コレット学院長をはじめ、学院の教員たちは頭を抱えていた。


そんな中――「自国も無関係ではいられない問題だ」として、ソルシア王国が介入してきたことは、学院にとってまさに救いだった。


魔物の増加は、国境を超えて広がる。ならば、才能ある者を潰すことは、回り回って自国の首を締める――それが、ソルシア王国の読みだった。


ソルシア王国の仲介により、三国間で改めて話し合いが行われた結果、交流戦の契約内容が定まった。


『勝利した側は、敗北側に対して“許容可能な要求”を提示できる。

そして、その可否はソルシア王国が判断するものとする』


こうして契約が成立すると、オルタルト養成学院側の代表として出席していたコレット学院長は、誰よりも早くこの条件を受け入れた。


もちろん、彼女がガルマン国立学園に提示する要求は――支援金の増額である。


こうして正式に交流戦の開催が決定されたわけだが、実際に出場する代表者30名を選出する段階で、学院は新たな壁に直面した。


交流戦は、ガルマン側の「平民にどれだけ金をかけようと、貴族には及ばない」という思想を前提に提案されたものだ。

つまり、学院側は「たとえ平民でも、貴族に並ぶ才を持ちうる」という事実を証明しなければならない。


だが、その前提が問題だった。


交流戦に出場する代表者は、すべて平民出身の生徒でなければならない。

しかも、貴族を相手取って剣を交えるなど、平民にとっては“逆らう”ことと同義だと考える者が今なお多い。


実際、参加希望者は皆無だった。

学院側が必死に説得を試みても、生徒たちは顔を伏せるばかりで誰ひとり名乗り出ようとはしなかった。


そんな折――アルジェが学院を再び訪れた。


学院を訪れた彼は、かつての制服を身にまとってはいなかったが、その背には確かに、戦いの意志が宿っていた。


コレットにとって、これほど都合の良い“偶然”はなかった。

以前から彼の評判を耳にしていたコレットは、イリスティーナと手を組み、一計を案じたのである。


「あの子が、私の教え子なら……信じてみたくなるじゃないか……それに、イリスティーナが命を賭けて守った弟だよ。期待しない方が無理ってもんさね」


その胸中には、閉ざされかけていた希望の扉をこじ開けるかのような、確かな手応えが芽生えていた。



アルジェは深くため息をついた。


「……大体の事情は分かりました。学院長には、俺もイリスも命を救われた恩があります。だからできることなら、力になりたい。

――でも、退学した俺が代表ってのは、さすがに無理があるでしょう」


至極まっとうな指摘だった。

だが、コレットはどこ吹く風といった様子で机の引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。


「退学届ってのは……これのことかい?」


ひらひらと指先で揺らして見せるそれは、まさしく四年前にアルジェが提出した退学届だった。


「悪いが、こいつは受理してないさね。将来有望な生徒を、私の独断で“休学扱い”にしておいた。……みすみす手放すほど、私は甘くないんでね」


そう言って、コレットは澄ました顔で続ける。


「それになにより――姉貴がしでかした不祥事の後始末もせずに、逃げられると思わないことだね?」


目を細め、口元をわずかに歪ませながら、コレットは鋭い眼光でアルジェを射抜いた。

その視線に、アルジェは思わず背筋を冷やす。


「というわけで。魔術部門は、あんたに任せたよ――アルジェ。

さて、問題は武術部門だが……そこのメイド、シルビアと言ったね? 書き終えたかい?」


突然の呼びかけに、アルジェは思わず目を見開いた。

そして、問いかけられたシルビアは、何食わぬ顔で数枚の書類を差し出した。


「はい。こちらで、よろしいのでしょうか?」


「待て、ちょっと待て! その紙、なんなんだ!?」


訝しげに問い詰めるアルジェに、コレットはにやりと口角を吊り上げた。

その笑みを見た瞬間、アルジェの脳裏に“嫌な予感”が、鐘の音のように鳴り響いた。


「――ただの書類さね。そこのメイドさんを学院に編入させるための、ね?」


「……なっ!? 編入!?」


まるで悪びれる様子もなく答えるコレットに、アルジェは絶句した。


「魔術部門はあんた。武術部門も選ばなきゃいけない。とはいえ、学院の生徒じゃない者を出すのはさすがに無理だろ?

だから、シルビアには正式に“生徒”になってもらったのさ。交流戦が終わったら、二人で楽しい学院生活を送ってみるのもいいんじゃないかね?ってな具合にね」


コレットは、ニタリと笑みを浮かべる。


「ば、バカな! 武術の推薦も書類もないのに、どうやって編入手続きが通るんだよ!? そんなこと、できるわけがない――!」


「この私を、誰だと思ってるんだい?」


意味深な笑みを浮かべながらコレットが言った。

その顔には、策士としての自信と確信がにじんでいた。


沈黙。

次の瞬間、アルジェは――笑った。


「ははっ……ははははははは!!」


唐突に、大声で。

顔を押さえ、肩を震わせながら、まるで何かが壊れたかのように――。


「ア、アルジェが壊れたわ……」


イリスティーナが蒼ざめた顔でつぶやく。

誰もがその様子を呆然と見守る中、当のコレットはまるで知らぬ存ぜぬといった顔で、手元の書類を整理し始めていた。


――しれっと人の人生を塗り替えるコレットという存在の底知れぬ恐ろしさと、

その圧にまともに抗えなかった自分の未熟さを、アルジェは心の底から痛感するしかなかった。

次回タイトル:知識の魔眼



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