006王都ソルシア
今回は、クスッと笑ってもらえれば……というパートに仕上げてみました。
また、この世界の世界観が少しでも伝われば幸いに思います。
城門を抜けた先には、中世ヨーロッパを思わせる街並みが広がっていた。
目の前にまっすぐに延びる道は、石畳が敷き詰められた大通りになっており、馬車がすれ違えるほどの幅がある。
大通りは、中央広場を中心に四方の通りに別れ、それぞれ各城門と王城へと真っ直ぐ伸びている。それは同時に、都内を四つの区画に分ける境界線でもあった。中央広場より北西を第1区画とし、時計回りに第2、第3、第4区画としている。
大通りの両端にはそれぞれ一定の間隔で街灯が設置されているおかげで、すでに陽が沈んでいるにもかかわらず、行き交う人々や通りに面した建物などが、遠くの方まで見渡せる。
アルジェたちは、広場の方に向かって歩き出した。
気のせいだろうか……巡回する警備兵の他に、傭兵、あるいは冒険者とおぼしき連中の姿が以前より多く思えた。
この世界における傭兵とは、金銭的報酬を条件に雇用主との契約に基づいた働きをする兵士、または、軍隊に属さない組織の一員として活動する兵士のことである。一方、そのどちらでもない、いわゆるフリーの傭兵のことを冒険者としている。
行動に制限のある傭兵では自由に各地を巡るのは難しいため、冒険者としてギルドで依頼を受け、達成報酬を得ながら、それを糧に各地を旅して廻る。これが、金銭的に厳しいアルジェが選択した手段である。
「今日はもう遅い。腹も減ったし、早目に宿をとろう。」
どことなく不穏な空気を察したアルジェは、そう提案した。
「かしこまりました、アルジェ様。少しの間お待ちください。地図を検索してみます。」
シルビアは、家屋の書庫に置いてあった、王都市内の地図を記録していた。
「お待たせしました。地図に十数軒の宿が確認できます。」
シルビアが告げると、アルジェはやや困惑したような顔つきになる。
「十数軒……?確か、宿屋は各大通り沿いに一軒ずつの四軒しかなかったはずだが……新しい宿屋でも出来たのか?いや、それなら書庫の地図には載っていないはずだ……」
アルジェの疑問に、シルビアが即座に応答する。
「第1区画の城壁近くの通りに複数の宿泊可能な施設が存在します。今日はそこに泊まる予定ではなかったのですか?わたくしは、てっきり……」
シルビアは、アルジェの予想外な反応に首を傾げる。
アルジェの方も、シルビアの言葉の真意を図りかねていた。
「第1区画の裏通り……あそこって、確か……」
アルジェは地図の記憶を辿り、顔を真っ赤にした。
『裏通り……別名を花街通りと言ったのぉ。遊郭を押さえておるとは…ちと、お主を見直したぞい。フォフォフォ』
創造神が間髪いれず、続きを補足してくる。
「は、花街通り…?ゆ、遊郭…?それはあれかな…?食えるのかな?」
しどろもどろである……
『ある意味では食える!金さえあれば、いくらでものぉ!!フヒャヒャ』
創造神の下卑た発言に、アルジェは更に動揺を深める。
「そ、そうだ金だ!実に残念だが、金が無い!」
うろたえるアルジェに、シルビアがとどめを刺す。
「ですが、アルジェ様。ここに宿泊する予定で、詳細が記載された書籍を、ベッドの下に厳重に保管なさっておられたのではないのですか?確か…多種多様な女性が半裸姿で描かれて……」
アルジェの中の何かが、音をたてて崩れていった……
「よ~し、わかった!俺が悪かった!もう、その辺で勘弁してください!お願いしますッ!」
アルジェはシルビアの言葉を遮ると、直立不動で深々と頭を下げた。
「お、おやめくださいアルジェ様!突然どうなさったのですか!?」
アルジェの謝罪の意味が、シルビアには皆目理解できない。
「さ、さては寄生虫!貴様がアルジェ様を困らせるようなことを……!!」
シルビアはうろたえながら、根拠なく創造神を咎めたのだが、あながち間違ってはいない。
「ま、まあ、落ち着けシルビア。大丈夫だから……と、とにかく今日は、ギルドに近い東通りの宿屋に泊まろう。バ神もそれでいいな?」
取り乱したシルビアを必死になだめる。
「アルジェ様がそうおっしゃられるのでしたら……かしこまりました。ところで、アルジェ様。遊郭とはどのようなものなのですか?」
シルビアからの予期せぬ質問に、今度はアルジェが取り乱す番となった。
「シ、シルビアさん?その話はまた今度ゆっくりしような……?…な?」
(くっ……声がうわずってしまった挙げ句、思わず「さん」付けで呼んでしまった。)
「は、はぁ…わかりました……」
シルビアは、腑に落ちないといった様子ではあったが、とりあえず承知した。
『やれやれ……へたれじゃのぉ。まぁ良い……あやつに真相を知られたら事だしの…お互い命拾いしたかの。フォフォフォ』
「言ってろ……バ神。」
この話題から逃れるように、アルジェはそそくさと先を急いだ。
シルビアも慌ててその後を追う。
やがて、目的の宿屋「白虎亭」へと到着する。
アルジェが白虎亭の扉を開けると、賑やかな声があちらこちらから聞こえてくる。
中に入り、中央の通路を真っ直ぐカウンターに向かって歩く。
途中、カウンターで食事、あるいは酒を嗜んでいる者たちを目にする。
また、通路を境にして、左右に幾つかのテーブルが置かれており、あるテーブルでは、複数の冒険者たちが食事を楽しみながら、様々な話題にふけっている。別のテーブルでは、すでに食事を終えた連中が、酒を酌み交わしながら、カードを用いた賭け事に一喜一憂していた。
「随分と賑わってるな…店主。」
アルジェは白虎亭の店主に声をかける。
「いらっしゃい。最近、街の周辺が物騒なお陰でね……魔物が以前より頻繁に出没するようになったのさ。傭兵やら冒険者やらが集まってきてるのさ。」
店主が応える。恰幅の良い中年の女性で、気丈な性格であることが客との会話などから伺える。
「物騒……?それはどういうことだ?」
店主に尋ねる。
「詳しいことは冒険者ギルドに行くといいよ。」
店主に勧められたから…というわけではないが、アルジェは、冒険者登録を済ませるついでに、ギルドで情報収集をすることにした。
「それよりも、食事かい?それとも泊まってくのかい?宿泊なら、朝食付きで1部屋につき、1泊で1人銀貨4枚だよ。」
店主が尋ねてくる。
「食事と宿泊の両方で頼むよ。宿泊は、とりあえず一週間分。部屋は……」
そこまで言ったところで、アルジェは手持ちの金を確認すると、大きくため息をついた。
「1部屋でいい……それと、食事はおすすめのものを部屋まで頼む。」
アルジェは二人分の銀貨を支払った。
「まいど。それじゃあ、二階の一番奥の二人部屋を使っておくれ。食事は出来次第、娘に持って行かせるよ。」
アルジェたちは、階段の前まで案内してもらうと、部屋鍵を受け取る。
「ありがとう。世話になる。」
アルジェが階段を上がり始めた矢先、店主がにやけた顔で、意味深な言葉を口にした。
「ああ、それと若いからって、ベッドの上であまり激しくはしゃがないでおくれよ。床が抜けちまったら困るからね♪︎」
店主は豪快に笑いながら、アルジェの背中を叩いた。
「なな、何を誤解してるんだろうな?」
咄嗟にシルビアに助けを求めるも……
「心得ました。ご迷惑をおかけしないよう、静かにいたします。」
シルビアは店主の言葉を真剣に、そして真面目に返したつもりだったのだが……
「いたします…だなんて……あんたも隅に置けないわねぇ♪︎」
誤解を更に深めてしまったようだった……
アルジェはガックリとうなだれ、重い足取りで部屋へと向かう。
程なくして、部屋に届けられた食事を食べ終えたアルジェは、そのままベッドに横たわり、そっと目を閉じると、息を殺して忍び寄ってくる人物に声をかけた。
「シルビア、お前のベッドは向こうだぞ……」
シルビアは、下着姿でアルジェのベッドに歩み寄っていた。
彼女はピタッと足を止め、そのままくるりと180度向きを変えると、自分のベッドに向かって行進する。
その後、舌打ちのような音が鳴った。
『メイドを愛人にする甲斐性もないとは……情けないのぉ。』
呆れた声で創造神が言うも、すでにアルジェには聞こえていなかった。
静かに寝息を立てている。
アルジェにとって、心労の絶えない一日がようやく終わろうとしていた。
次回タイトル:冒険者ギルド