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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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067決別の時

引き続き学院編をお楽しみください。

本来、学院では――


生徒たちに討伐や調査といった危険を伴う任務を与える際、万が一に備え、《シースルーアウル》と呼ばれる一つ目の使役フクロウを通して、教師が遠隔から常に監視する体制が敷かれている。


当然、今回も例外ではなかった。

担任であるコレットは、アルジェたちの行動をその透視の眼で追っていた。


そして、あの凶暴な魔物が現れた瞬間――

コレットは、何の迷いもなく自らの身を現地へと転移させた。


血まみれでイリスティーナを抱き締めていたアルジェの目に、彼女の姿が映る。


「せ、せんせ……コレット先生……!」


悔しさと、安堵と、助けを求める本能がない交ぜになった涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。

その瞳には、明確に“助け”を乞う色が浮かんでいた。


コレットは、そっとアルジェの肩に手を置くと、静かに頷いた。


「――よく頑張ったね。もう、大丈夫さ……」


低く、そして確かな声だった。


「お前の姉さんは……私が、必ず助ける。」


その一言を残し、彼女はゆっくりと立ち上がった。

次の瞬間、コレットの瞳が鋭く細められる。


眼前には、怒り狂う獣。

その魔物に向ける視線からは、慈悲の欠片も感じられなかった。


「……私の大切な生徒に手を出した、その報い……きっちりと受けてもらうよ。」


彼女が一歩踏み出しただけで、空気が振動し、木々がざわめく。


ヘルグリズリーは、本能的にそれを察知したのか、じりじりと後ずさり始めた。

だが――


「逃がしゃしないよ。」


その言葉と同時に、コレットの足元に淡く浮かび上がる魔法陣。

重なる詠唱の声が空気を震わせ、森の大気すらも巻き込んでいく。


「――《千刃旋風》!」


詠唱が終わった瞬間、周囲に奔ったのは無数の風の刃だった。

空間ごと切り裂くそれらが、ヘルグリズリーの体を容赦なく刻んでいく。


ズタズタに裂かれ、咆哮すらあげられず、血を撒き散らしながら獣は地に倒れ伏した。

それでも、生への執念だけで這いずろうとする――


「逃がしゃしないと言った!!」


冷徹な声と共に、次の魔法が詠唱を待たずに発動される。


――《重圧結界》。

空間の重力を数十倍にまで増幅させる高位魔法。


ヘルグリズリーの身体が地面へとめり込み始めた。

骨が軋み、筋が裂け、内臓が押し潰されていく。


周囲の木々すら耐えきれず、ミシミシと軋みながら倒れ込んでいく。空間そのものが押し潰されていく――そんな錯覚すらあった。


呻き声を上げることすら許されない。

ただ静かに、確実に、命が押し潰されていく。


やがて――


バシュンッ……


生々しい音を残し、獣の巨躯は圧力に耐えきれずに破裂した。

血肉が飛び散り、森に鈍い赤が染みついた。


だが、コレットは一瞥もくれなかった。

顔色一つ変えず、そのままアルジェたちのもとへと駆け寄る。


「イリスティーナをここへ。」


指示に素早く従い、アルジェはイリスティーナをコレットの足元に仰向けに寝かせる。

その胸はかすかに上下しており、命はまだある。


「……脈はある、魔力の循環も正常。だが失血が多い……」


コレットは深刻な面持ちでイリスティーナの容態を確認すると、すぐさま応急措置に取りかかった。

慣れた手つきで止血と魔力循環の調整を進めていく。


「……いい子だ、イリスティーナ。まだ、お前は終わってなんかいない。」


コレットの指先が彼女の額をなぞり、そのまま魔力の巡りを整えていく。


その間にも、イリスティーナの口から時折、低く苦しげな呻き声が洩れる。

そのたびに、アルジェの胸が締めつけられた。


ただ見ていることしかできない自分。

守られるばかりで、何一つ返せていない現実。


「……俺は……」


俯いたまま、アルジェの拳が小さく震える。


そんな彼の様子を一瞥し、コレットはふっとため息をついた。


「……あまり、自分を責めるんじゃないよ。お前は、ようやったさね。でなけりゃ、あんたもこの子も、とうにおっちんでた。」


その言葉には温もりがあったが――アルジェは、首を横に振った。


「……違うんです。俺は……何もできなかった。結局、イリスにまた……」


言葉を詰まらせる彼に、コレットは唐突に声を荒げた。


「シャキッとしなッ!!」


ピシリと空気が張り詰める。


「姉さんを助けるんじゃなかったのかい!? そんな情けない顔でどうするさねッ!!」


その叱咤に、アルジェははっと目を見開く。

静かながらも揺るがぬ決意が、コレットの瞳にあった。


彼女は、手を翳すと魔法陣を展開し――空に向かって呼びかけた。


「来な……《グリフォン》。」


巻き起こる風。

空を裂くように現れたのは、獅子の胴と鷲の翼を持つ神秘の霊獣だった。


バサリ、と翼を広げて舞い降りたグリフォンの背に、コレットはイリスティーナとアルジェを丁寧に乗せる。


「……二人を、頼んだよ。」


彼女がそう声をかけると、グリフォンは喉を鳴らし、鋭い眼光で頷くように反応した。


「私は残りの生徒たちを連れて帰らなきゃならない。医療班は学院で待機してる。すぐに運んでおやり。」


その言葉を最後に、風を裂く音が響き、グリフォンは星空を駆けるように大空へと舞い上がった。


風が唸り、木々を揺らし、アルジェの髪が宙に舞う。

その背で、彼は傷だらけのイリスティーナを必死に抱きしめながら、何かを噛みしめるように、ぎゅっと目を閉じた。


――もう、守られるだけの自分ではいられない。


アルジェの胸に、確かな決意が生まれていた。



学院に到着するやいなや、待機していた医療班によってイリスティーナはすぐさま治療室へと搬送された。


優秀な医師と治療魔術士による迅速な処置のおかげで、イリスティーナは命を取り留める。

意識を取り戻すまでには丸一日を要したが、順調に回復の兆しを見せていた。


だが――彼女がようやく歩けるまでに回復した時、すでにアルジェの姿は学院になかった。


彼は、退学届とたった一通の手紙だけを残して、誰にも行き先を告げぬまま、学院から姿を消していたのだった。


彼女のために、自らの無力を断ち切るために。

そして、いつか――姉さんに“認められる存在”として再び会うために。

次回タイトル:ガルマン国立学園

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