057消えた大蛇と氷花の奇跡
幼女との再開…
その後、破壊の神との別れを告げ、宝物庫を後にしたアルジェたちは、砦の遺跡へと戻っていた。
だが、その帰途――アルジェはある“異変”に気づく。
氷漬けになっていたはずの、盲目の大蛇の半身が、跡形もなく消え去っていたのだ。
「……え?」
違和感が胸を貫き、アルジェは思わず駆け出していた。
シルビアとマイは周囲の捜索へと手分けし、カルラと黒竜は上空へと飛び立つ。
異変の核心を確かめるべく、アルジェは現場――あの戦場跡地へと急いだ。
氷に覆われた水溜まりは、未だそのままに凍てついていた。
だが、そこにあるはずの“大蛇の死骸”だけが、忽然と姿を消している。
「これは……一体どういうことだ? まさか、あの状態から再生したとでも……? いや、そんなはずは……やつの命は、確かに尽きていた……」
凍てついた水面を見つめながら、アルジェは自問するように呟く。
その時だった。
胸の奥で、ふっと温かな感覚が芽生えた。
痛みでも寒気でもない。
どこか、懐かしくて優しい、光のような感覚――。
「……フェリ?」
名を呼んだ瞬間、空間が“歪んだ”。
何の前触れもなく、目の前の空間が揺らぎ、幼き少女――フェリが、その歪みの中心から飛び出してきた。
「あるじぇぇ~~!」
地面に降り立つなり、勢いよくアルジェに飛びつくフェリ。
その瞳は、まるで無邪気な春の陽だまりのように輝いている。
不意の来訪に驚きながらも、アルジェはそっとその頭を撫でてやる。
フェリは気持ちよさそうに目を細めた後、指を伸ばして“ある場所”を差し示す。
アルジェがその指先を追うと、そこには――
盲目の大蛇の消えた痕跡、氷の地にぽっかりと空いた冷たい窪みがあった。
フェリを抱きかかえたまま、アルジェはゆっくりと窪地の底へと降りていく。
そして、そこで彼は目にする。
――静かに、そこだけ時が止まったかのような空間に、一輪の花が咲いていた。
まるで氷が編み上げたような、透き通る蒼い花。
触れれば壊れてしまいそうな繊細さと、芯に秘めた冷たい力強さを感じさせるその花は、あまりに美しく、どこか寂しげだった。
「これは……」
言葉を失ったアルジェの腕の中で、フェリは微笑む。
その微笑みに、どこか“希望”にも似た、淡い感情の気配が宿っていた。
『ほほう、こいつは驚きじゃ。神界以外で“氷花結晶”を目にする日が来ようとはな。フォフォ』
創造神がやや目を丸くしながら、氷の花――“氷花結晶”について語り始めた。
それは、凍てついた水の魔素を多量に含む膨大な神力が、使い切れずに行き場を失った際に生まれるもの。
神々の間では“氷花結晶”と呼ばれ、まるで氷の花が咲くように、世界にひとときだけ美を刻むという。
『盲目の大蛇を凍らせた際に、シルビアの放った神力が余剰となり、この形を成したのであろう。封印を解いたばかりで加減が効かなかったのじゃな……』
その言葉に、アルジェは一抹の不安を覚える。
――彼女の神力は確かに強大だ。だが、だからこそ、早く扱いを安定させなければ。
その時だった。
アルジェの腕の中にいたフェリが、ふわりと身を翻し、地に降り立つ。
そして――
「あるじぇ、ごーせー。フェリにごーせー。」
氷花結晶を小さな手に握りしめ、フェリはアルジェに真っすぐな瞳を向けてくる。
繰り返される言葉に、アルジェは戸惑いながらも問いかけた。
「この氷花結晶を……フェリに合成しろって、そう言ってるのか?」
コクリ、と大きく頷くフェリ。
だがアルジェには、合成の後にどうなるかの“完成イメージ”が描けずにいた。
それがない限り、合成の成功は難しい――そう思いかけた矢先、フェリがアルジェの手をそっと取った。
次の瞬間、アルジェの脳裏に、ある“姿”が浮かび上がる。
――雪原を駆ける、白銀の狼。
その体躯はしなやかで、冷たく輝く毛並みは、まるで冬の夜空に舞う流星のようだった。
「あるじぇ、大丈夫。フェリ、信じてるもん。」
幼き声に込められたのは、揺るぎない信頼。
その言葉に、アルジェは迷いを捨てる。
「核とするはスピリッツウルフ…合わせるは氷花結晶…融合せよ!
ーー合成!!」
詠唱と共に、氷花結晶をスピリッツウルフ――フェリの額にあてがう。
すると氷花結晶は光の粒となって溶け込み、フェリの体が静かに変化を始めた。
ふわり――
その体が幾分スリムになり、毛並みが滑らかな銀白色に染まっていく。
頭部から尻尾の先に至るまで、雪の結晶が降り注ぐような神々しい輝きが連なり、
額には、楕円形の透き通った蒼い結晶石が煌めいていた。
まるで“雪の精”が宿ったかのような姿。
フェリは、一段と美しく、神秘的に生まれ変わっていた。
「これはまさか……フェンリルに進化したのか!?」
思わず声を上げるアルジェ。
予想だにしなかった進化の形に、好奇心が強く刺激された。
『どうやら、氷花結晶を取り込んだことで神格化したようじゃな。白虎と同格の存在へと昇華したか……フォフォフォ』
創造神の声は、珍しく感嘆の響きを帯びていた。
フェンリルとなったフェリは、湿り気を帯びた銀白の毛並みを震わせると、天に向かって高らかに咆哮する。
その声はどこまでも澄み渡り、神々しい威厳に満ちていた。
その美しさに見惚れていたアルジェに、フェンリルは突然飛びかかる。
仰向けに倒れ込んだ彼を、愛情のままに舐めまわす――まるで再会を全身で喜んでいるかのように。
「こらっ、フェリ、やめっ、くすぐったいっ!」
悲鳴にも似た声が響き、遅れて駆けつけたマイとシルビアは、窪みの底で見知らぬ獣に押し倒されているアルジェの姿に目を見張った。
マイが慌てて弓を引き絞る。
「待って、マイ!」
一歩早く異変を察したシルビアが制止する。
だが、その表情にマイは違和感を覚える。どこか――うらやましげ、なのだ。
そして、次の瞬間。
「お座りッ!」
シルビアの凛とした声が、空気を切り裂いた。
即座にフェンリルは跳ねるように身を翻し、ピシリとお座りの姿勢をとる。
進化により増した身体能力と、かつての“しつけ”が見事に発動した瞬間だった。
「助かったよ……シルビア」
アルジェは泥とよだれまみれの格好で立ち上がると、深いため息をついた。
一方フェンリルは、すでにシルビアたちに向き直っている。
お座りの姿勢を取りながらも、尻尾だけは全力で振られていた。
「フェリ!」
シルビアは両手を広げ、期待に満ちた声で呼びかける。
彼女は、モフモフのフェンリルがアルジェにしていたように、自分に抱きついて来ることを期待していた。
しかし、彼女の期待はくしくも裏切られた。
フェンリルは一瞬、嬉しそうに飛びかかる……が、寸前でその姿を幼女に戻した。
シルビアはそのままフェリを抱きしめ、笑いながらも涙をこぼす。
それは“再会の喜び”と、誰もが信じて疑わなかった。
その後、上空から戻ったカルラと黒竜から、盲目の大蛇の痕跡は見つからなかったという報告が入る。
結局、謎は謎のまま――。
「……ひとまず戻ろう」
詮索を切り上げたアルジェの言葉に、一行は頷いた。
黒竜の背に乗っての帰路は、馬車なら数日を要する距離を、わずか半日で駆け抜けた。
街から少し離れた丘に降り立つと、黒竜は小さな姿へと変わる。
その道中、フェリの“常時フェンリル状態”について気にかかっていたアルジェの胸中を察し、創造神が答えを寄せた。
『神格化したことで、フェンリルの姿のままでもこの世界に適応できるようになったのじゃ。白虎と同じようにな』
安堵の表情を浮かべるアルジェ。
こうして、彼は――
黒竜と、そして進化したフェリと共に、商業都市バーゲストへと帰還を果たすのだった。
次回タイトル:歪んだ創作者と新たなる刺客




