053ちょっと“躾”て参ります
クライマックス、その2
『今度こそ片がついたかの。こうなってしまっては、流石に再生できまい。』
創造神がぼやくように呟く。
だが、アルジェは盲目の大蛇の残骸から視線を上げ、真剣な眼差しで天を仰いだ。
「……だが、まだ終わってない。今度は――あいつを何とかしなければならない。」
すでに空では、カルラと黒竜が激しく激突していた。
呪縛は破られたが、それは黒竜の理性が戻ったことを意味しなかった。
怒りに満ちた咆哮が空を震わせ、雷光が雨雲を貫いている。
どう動くべきか、アルジェが思案していたそのとき――
「わたくしにお任せください、アルジェ様。」
傍らから、毅然とした声が届いた。
見ると、シルビアが静かに一礼し、すでに一歩を踏み出していた。
「怒りに我を忘れた愚かな竜など、もはや脅威ではありません。ちょっと行って“躾”て参ります。」
その言葉を残して、彼女は疾風のように駆け出した。
「待て、シルビア! ……いや、“ちょっと躾てくる”って、そんなノリでどうにかできる相手じゃ……!」
アルジェの言葉は、すでに遠ざかる彼女の背中に届かない。
そのまま、シルビアはカルラと黒竜が交戦する空域の真下まで走り抜けた。
そして、空に向かって声を放つ。
「カルラ――わたくしを黒竜のもとへ!!」
声を聞いたカルラの顔が、ぱっと輝いた。
それは、まるで自分がシルビアに頼られたかのような喜びに満ちていた。
「 My lady!!」
満面の笑みでカルラは急降下を始め、まるで花嫁を抱きかかえるかの如く、シルビアをキャッチする態勢に入る。
だが次の瞬間――
ドン!
「ふぎゃっ!?」
華麗に跳躍したシルビアは、なんの躊躇もなくカルラの肩を 踏み台 にした。
カルラの視界を、白と黒のニーソが疾風のように通り過ぎていく。
一瞬、カルラの脳内時間が停止した。
(……My lady ??)
シルビアは一言も振り返らず、さらに上空へと跳び上がっていた。
そのまま、一直線に黒竜のもとへ向かって――。
二度の跳躍を経て黒竜の目前に迫ったシルビアは、すかさずハリセンを抜き放ち、その先端に神力をたぎらせた。
「メイド流・躾術奥義――ハリセン薙ぎッ!!」
閃光のごとき一閃が、黒竜の顎下を鮮やかに捉える。
雷鳴にも似た音を残し、黒竜の巨体が仰け反った。
頭部が跳ね上がり、視界が真っ白に染まる。
咄嗟の一撃に意識が飛びかけた黒竜は、わずかに耐えたものの、しばし朦朧としたまま空を彷徨った。
――だが、シルビアの“躾”は、まだ終わっていない。
追ってきたカルラを今一度踏み台にし、空中を蹴って黒竜の背へと舞い降りると、そこから疾風のごとく頭部へと駆け抜けた。
神力の過剰使用を警戒した彼女は、一瞬だけ迷いを見せるも、涙を呑んで指輪の力を解放する。
「今こそ、この力…お借りいたします。」
あふれんばかりの力が掌に宿るのを感じながら、拳を高く掲げた。
「アルジェ様からの贈り物を使わせた代償……高くつきますよ、黒竜!」
気迫と共に拳を振り下ろす。
「メイド流・躾術 二の型――鉄拳・拳落としッ!!」
神力をまとった拳が、黒竜の頭頂部に炸裂する。
凄絶な音と共に生じた衝撃は、地響きをも引き起こすほどだった。
しかし、それで終わりではない。
「拳落とし・連撃!!」
第二撃――さらに鋭く、さらに深く。
黒竜の巨体がその場で硬直し、次の瞬間、意識を完全に手放した。
そのまま――落ちる。
ズドンッ!!!
大地に叩きつけられた黒竜の体が、土煙を巻き上げて崩れ落ちた。
静寂が辺りを包む。
黒竜は――もう、動くことはなかった。
空に浮かぶ影がひとつ。
それは、微笑みと共に静かに地に降り立ったシルビアだった。
「躾完了いたしました、アルジェ様」
まるでお茶を出す合図でもするかのように、彼女は柔らかく頭を下げた。
目の前の惨状とは不釣り合いなほど優雅なその所作に、アルジェとマイはただ絶句するほかない。
横たわる黒竜、その背に凛と立つシルビアの姿こそが、アルジェの知る神話の戦乙女そのものだった。
彼は、ただ呆然とその姿を見上げながら――
(……でも、やっぱりこのメイド、ちょっと色々おかしい)
と、心の中でそっと呟くのだった。
次回タイトル:破壊神への道標




