004メイドーーシルビア
ヒロインが登場するパートとなっております。
アルジェによって創造された女型のホムンクルスは、ほぼ人間の女性と変わらぬ姿をしていた。
アルジェがホムンクルスの様子をじっと伺っていると、おもむろにホムンクルスの口が開き、言葉を紡ぎ始めた。
「コタイナンバーS-031…ドウサ オヨビ キノウジョウタイ カクニンモード キドウ」
真っ直ぐ前を向いたまま、無表情……その瞳には、生気や精気といったものが全く感じられない。アルジェは、期待と、少しの不安を抱えながら、その言葉に耳を傾ける。
「シカイ…リョウコウ。チョウカク…キュウカク…トモニ リョウコウ。ミカク…セイジョウ。ツヅイテ…ショッカク…セイジョウ。マリョクリョウ…カツドウ カノウチ ニ タッシテイマス」
淡々と発せられる言葉は機械的であった。その声には感情の起伏が一切なく、まるで記録を読み上げているかのようだった。
「ソノタ イジョウ ケンチナシ……ジョウタイ ハ キワメテリョウコウ ト ハンダンシマス。ヨッテ……コレヨリ メイドモード ニ イコウシマス」
全ての確認が終わったのか、女型のホムンクルスは再び沈黙するも、大きな変化はあった。メイドモードに移行したことをきっかけに、青い瞳の奥に、先ほどまで見られなかった輝きが見てとれる。それは、まるで魂が宿ったかのような、微かな光だった。
それまで、じっと様子を伺っていたアルジェの口がようやく開いた。
「どうやら、終わったようだな……」
「はい、初めましてご主人様。」
アルジェの言葉に呼応するように女型のホムンクルスが応える。
その口調は、先ほどまでの機械的なものではなく、驚くほど流暢なものに変わっていた。
「気分はどうだ?……ええと……まずは名前を決めないとな……」
アルジェは腕を組み、ぶつぶつと呟き始めた。
「銀色の髪……シルバー……シルバァ……シルビア……!?……シルビアなんてどうだ?」
どうにか捻り出した名前を言ってみる。少しばかり照れくさそうなアルジェの表情は、どこか子犬に名前を与える子供のようでもあった。
「ありがとうございますご主人様。では、私の呼称を“シルビア”で登録致します。どうぞ、よろしくお願いします。」
女型のホムンクルス…シルビアは、ふわりと微笑んでみせた。人間の女性と何ら変わらぬその笑顔に、アルジェは少しドキッとした。彼女の瞳の奥には、確かな生気が宿っている。
「な、なら、俺のことはご主人様じゃなくて、アルジェと呼んでくれ。」
うろたえながら、アルジェが応える。不覚にも、その美しさに目を奪われた自分に、内心で舌打ちをした。
「かしこまりました、アルジェ様。改めてよろしくお願いいたします。」
シルビアの二度目の挨拶を満足気に聞いていると、これまで沈黙を貫いていた創造神の意識が唐突に流れ込んできた。それは、頭の中に直接響く、遠慮のない声だった。
『フム……顔とスタイルは申し分ないの……じゃが、もう少し胸の膨らみが欲しかったのぉ……しかし、尻はなかなか……』
「おい、バ神……本音がダダ漏れてるぞ!」
アルジェは思わず叫んだ。無意識のうちに、創造神の意識がアルジェに流れ込み、その思考が筒抜けになっていることを、彼は改めて認識した。
そんなアルジェの様子に、シルビアは首を傾げ、おもむろに疑問を口にする。
「アルジェ様。お伺いしたいのですが、何故アルジェ様の体内に、アルジェ様とは別の魂の存在が確認できるのでしょう?」
事情を知らないシルビアにとって、もっともな疑問である。しかし、そのことよりも、創造神の存在をシルビアが認識できていることにアルジェは驚いた。
「わかるのか!?」
「はい、シルビアとアルジェ様とは魔力で繋がっておりますので、魔力を通してアルジェ様の体内に別の魂の存在を感知しました。」
アルジェは納得したように頷くと、事の顛末を簡潔に聞かせた。創造神の「うっかり」と、それによって彼自身の存在が危機に瀕していること、そして知識の神に会う旅に出るつもりであること。
「するとつまり……このバ神とやらは、アルジェ様と常に行動を共にする存在……ということですか?何とも羨ま……厚かましい存在ですね。」
ちょっぴり本音が出かかったシルビアであったが、その表情は真剣そのものだった。彼女の瞳の輝きは、まだ彼女が生まれたばかりの無垢な存在であることと、しかし同時に、確かな知性を持っていることを示していた。
『アルジェよ……こやつ……本当に正常か?創造神たるわしのことを、いきなりバ神扱いしよったぞい。思考回路に“バグ”でも発生してるんじゃないかの?』
創造神は、シルビアにいきなりバ神呼ばわりされたことに対して、本気で不満を露にした。
「なら、確認してみるか?」
アルジェは不適な笑みを浮かべ、内心では面白がっていることを創造神には悟られまいと努める。
「おい、シルビア……お前の言う厚かましい存在が、お前に欠陥があるんじゃないかと疑っているんだが……どうなんだ?」
創造神が抱いた疑問を、ストレートにシルビアに伝える。アルジェの脳裏では、創造神が今にも叫び出しそうなほど慌てているのがわかった。
「黙りなさい寄生虫……アルジェ様に巣くうクソ虫が!アルジェ様が創造してくださったのですよ……欠陥など、あるわけがないでしょう……この痴れ者!今すぐ滅びなさい!」
シルビアの口から、辛辣な言葉が次々と飛び出してくる。その表情は、一瞬にして冷徹なものに変わり、瞳の輝きが、獲物を狙う獣のように鋭くなる。
「良し!間違いなく正常だ!」
(このホムンクルス、期待以上の出来栄えかもしれない)
うんうん…と、うなずきながら、アルジェは上機嫌な様子でそう結論付けた。
『待てぃ!何故そうなるんじゃ!勝手に納得するでないわッ!むむゥ……何という奴らじゃ……』
創造神は、アルジェの魔力を通してシルビアに直接意識を送り込むことで、彼女に不満の意を延々と語った。その意識は、まるで耳元で金切り声を上げられているかのように、シルビアの脳裏に直接響き渡る。
時間の経過と共に、シルビアの顔が苦虫を噛み潰したような表情に変わっていく。彼女の瞳は、再び獲物を狙う獣の輝きを取り戻していた。
「いい加減黙りなさい寄生虫……そんなに意識を刈り取られたいのですか?」
顔に笑みこそ浮かべているものの、その両目から発せられる輝きは、まさに殺気を帯びていた。
「覚悟なさいクソ虫……」
シルビアは身構えると、拳を強く握り締める。その殺気は、アルジェにもはっきりと感じ取れた。
「いや待て……!?それはやめろ、シルビア!!むしろ俺の方が大変なことになる!」
アルジェは青ざめた顔で、慌ててシルビアを止める。創造神への攻撃は、イコール自分への攻撃となるのだ。
「し、失礼しましたアルジェ様!覚醒して間もないせいか……寄生虫による戯言を精神攻撃と誤認してしまいました。」
瞳に正常な輝きを取り戻したシルビアは、深々と頭を下げた。一瞬にして、その表情からは殺気が消え、純粋なメイドの顔に戻っていた。
アルジェは安堵すると同時に、やや顔を赤らめながらうつむいた。
「分かってくれればいいんだ……そ、それよりも服を着てくれないか……今更だが、そのままだと目のやり場に困る……」
赤面するアルジェに、まるで先程までの罵り合いなど無かったかのように、創造神が口を開く。
『わし的には、もう少しそのままで居てくれて構わんのじゃがのぉ……ほれ、アルジェよ……顔を上げんか……見えんではないか……フォフォふぉっっ……!?』
突然、苦痛に悶える創造神の意識がアルジェの脳裏に響く。
アルジェと交わした会話が、再び彼の身体を通してシルビアへと流れ込んでいたようだ。その刹那、シルビアの目が再び鋭く光った。
「ぐはぁっっ!?」
「滅びなさいッ!寄生虫!!」
殺気のこもったシルビアの拳が、アルジェの腹部を完璧に捉えていた。それは、創造神の無遠慮な発言に対する、シルビアなりの鉄槌であった。
アルジェは苦痛に顔を歪め、息も絶え絶えに言葉を吐露する。
「だから……大変なことになるのは俺の方だと……言った……だ……」
最後まで言い終えることなく、アルジェの意識は途切れた……。
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