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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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045賭け

新たなバトルの直前パートです。

『しかし、黒竜のやつを正気に戻すと言っても、どうするつもりじゃ?』


創造神が懸念を露わにするのも無理はなかった。それほどに、状況は一刻を争っていた。


「最近……ずっと誰かに見張られてる気がしてな。特に“影”の辺りなんかを……な」


アルジェはわずかに視線を横に流す。その先には、咄嗟に顔を逸らすシルビアの姿があった。

彼は、以前シルビアがエターナル大森林で見せた、影を縫い留めることで、相手の動きを封じる呪術を応用した技のことを思い返していた。


「……まぁ、そういうわけで。万が一、呪術で身動きを封じられた場合に備えて、自分なりにいろいろと調べていたんだ。」


アルジェの言葉に、皆の表情が一瞬引き締まる。


「術を解く方法は二つある。一つは、術者の意識を絶つことだ。だが、相手の居場所がわからない以上、この手段は現実的じゃない」


そして、もう一つの方法——


「もう一つは、呪いをかけられた当人が、術者の呪力を上回る精神力を発揮すること。呪術は精神への干渉だ。ならば、その干渉を力づくで跳ね返す手もあるはずだ」


その理屈に皆は思わず頷くが、すぐに一つの疑問が浮かぶ。


「でも、精神力を発揮させるには……どうやって?」


誰ともなくそう問いかける中、創造神だけがふと笑みを含んだ声を漏らした。


『なるほどのぉ……逆鱗じゃな。』


「ああ。黒竜の逆鱗を突く。それが、俺の賭けだ。」


逆鱗——竜の喉元にある、ただ一枚逆さに生えた鱗。それに触れた者を、竜は本能的に激昂すると言われている。


「黒竜を激怒させ、その怒りが精神力となって呪力を超えた時、精神支配の呪縛から解放されるはずだ。」


そう語るアルジェの声音は静かだったが、その目には決意の炎が灯っていた。

だが、その眉間に浮かぶ皺は、これから始まる戦いの困難さを物語っていた。


「話はわかったけど……どうやって、その逆鱗を刺激するの? あたしの弓矢じゃ、あの高さまでは届かないわよ」


マイが腕を組み、ややふてくされた様子で指摘する。


「ねぇ、ねぇ! 飛行の魔法とか、合成できないの?」


期待に目を輝かせるマイの提案に、アルジェは首を横に振った。


「できないことはないと思う。ただ、仮に飛べたとしても、訓練も無しに空中を自由に飛び回るのは無理だ。ぶっつけ本番でやるには、リスクが高すぎる」


(普段からもう少し合成魔法を試しておけばよかったな……)


アルジェは、マイの期待に応えられない自分を内心で悔やむ。


その気持ちを察したのか、マイは少しだけ視線を逸らし、頬を膨らませながら呟いた。


「べ、別に……空を自由に飛べたら楽しそうとか思ってたわけじゃないんだからね!」


そんなマイの言葉にアルジェが苦笑していると、別の意味で無愛想な声が飛んできた。


「フッ! 貴様ら、私が仲間に加わったことを感謝するがいい。この私が何者か忘れたか?」


カルラが髪をかき上げ、誇らしげに胸を張って言い放つ。


「生ゴミです」


「ストーカーだろ」


「シルビアの下僕よね?」


三者三様、容赦のない返答が飛ぶ。


『カルラよ、貴様に一つ忠告しておくが……こやつら、至極真面目に言っておるぞい。フォフォフォ』


創造神がトドメとばかりに念を押すと、カルラはしばし絶句した。


しかし、すぐに吹っ切れたように声を張り上げる。


「天使の力を宿した戦乙女ヴァルキリーだよ! 飛べるんだよ! そうとも! この私こそが、空を華麗に舞って戦うことを許された、戦乙女だぁぁッ!!」


カルラは自らの誇りを誇示するように、天井へと向かって叫んだ。


やがて彼女は、すっきりとした顔でシルビアの前に進み出て、静かに告げる。


「そういうことです、My Lady。貴女をお守りするためならば、古の竜とも果敢に戦って見せましょう」


その言葉に、シルビアは初めて自らカルラの手を握り、柔らかな笑みを浮かべながら答えた。


「何が『そういうこと』なのかは理解しかねますが……あなたの意図は伝わりました。生ゴミをただ捨てるのではなく、有効活用せよということですね。了解しました。であれば……戦乙女カルラに命じます! 黒竜の餌となってきなさい!」


シルビアが黒竜のいる空へと指を差すと、カルラは辛辣な言葉をかけられたにも関わらず、満面の笑みで背筋を伸ばし、敬礼する。


「Yes, My Lady!」


カルラはそのまま建物の外へ飛び出し、黒竜の姿を見上げた。


背中から金色の光があふれ、両肩からは左右に天使のごとき翼が顕現する。


「今こそ、私の力を見せるとき……!」


光の翼を広げたカルラは、風を巻き起こしながら空へと舞い上がっていった。


その姿はまさに、神話の戦乙女を思わせる神々しさを帯びていた。


高度が上がるにつれてカルラの速度も増し、風を裂く音を背に、黒竜へと一直線に迫っていく。やがて、アルジェたちの姿を辛うじて見下ろせる高度に達した瞬間――彼女は、圧倒的な巨影と真正面から対峙した。


咆哮もなく、黒竜は突如として口を大きく開く。空間が歪むほどの熱量が喉奥から迸り、灼熱の炎が一気に噴き出す。


一瞬で全身を呑まれたカルラだったが、光の翼をたたんでその身を包み込み、猛火を中和してみせた。


「――ぬるい。」


炎が風に散り、視界が晴れるや否や、カルラは翼を広げ、涼しげな顔で黒竜を見据える。


「竜ごときがいきがるなよ。天使の力を宿したこの私――戦乙女〈ヴァルキリー〉カルラの格の違い、思い知らせてくれる!」


そう叫ぶと、彼女は黒竜との距離を保ちながら後方に下がる。


(もっとも、その竜には“神”が憑依してるって話だけどな……)


建物の天井の隙間から、その様子を見上げるアルジェは、苦笑まじりに溜息をつく。だがその瞳は鋭く、黒竜が纏い始めた雷光を見逃さなかった。

次回タイトル:46話 戦乙女ーーカルラ

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