039商業都市バーゲストと雷帝の影
ここから、徐々に盛り上がっていきます。
アルジェたちはリズの街を発ち、馬車で七日かけて目的地へと辿り着いた。 大陸随一の商業都市──バーゲスト。
「……ここが、商業都市バーゲスト。思った以上に…にぎやかだな」 と、アルジェが圧倒されつつも興味深げに周囲を見渡した。
目に飛び込んできたのは、石畳の大通りをひっきりなしに行き交う行商人たちの姿。荷馬車がひっきりなしに往来し、街全体が活気に包まれている。
南のリズの街からは農産物やエターナル大森林で伐採された木材、狩猟で得た肉や毛皮。 東の港湾都市マリアナからは海産物が豊富に運ばれ、 西のセイクレド山脈にある鉱山からはミスリルをはじめとした希少鉱石──そして時には、魔剣や魔道具すら売買の対象となる。
北に位置するガルマン公国とは顧客としての関係が強く、特に成金貴族たちが珍品を求めて頻繁に往来しているという。
都市は縦に貫く中央大通りと、横に流れる整備された運河とによって大きく四分されており、南北それぞれに商店街が形成されていた。川に沿って並ぶ店はまるで絵画のように整然と立ち並び、石畳の道は広く、美しく保たれている。
カトレアを無事バーゲストまで護衛して来たアルジェたちは、そのままギルドに送り届けるつもりで中央通りを歩いていたが、彼女が都市の西にある教会へ立ち寄ると言い出したため、道中で別れることになった。
馬車の道中、カトレアのガイア教義講座をたっぷり聞かされたアルジェたちは、馬車酔いならぬ“教義酔い”に悩まされていた。 結果、道中でもっとも被害を受けたカルラの表情はすっかりげっそりしており、普段の美男子ぶりを完全に失っていた。 だが、そのおかげで周囲の視線を避けられていたのは、ある意味ありがたい副作用だった。
やがてアルジェたちは、バーゲストの冒険者ギルドに到着する。 建物は王都やリズの街のギルドよりもはるかに大きく、その理由はすぐに察せられた。 ここには、冒険者ギルドと並んで“商業ギルド”が併設されていたのだ。
この街では冒険者ギルドの商業知識では対応しきれない案件が多く、専門の知識を有する商業ギルドが独自に組織されている。
広く開放的なフロアには、他のギルドのようなテーブルはなく、その代わりに多くの冒険者や商人たちが行き交っている。 奥の壁には巨大な掲示板が設置され、左右の壁にはそれぞれギルドの受付カウンターが設けられていた。
左が冒険者ギルド、右が商業ギルド。その違いは、制服の色合いやカウンターの装飾によって見分けることができた。
掲示板にはびっしりと依頼書が張り付けられていたが、事前の話通り、そのほとんどが商人の護衛任務で埋め尽くされていた。
アルジェたちは、冒険者ギルドの受付である左側のカウンターへと向かった。
三人の受付人がいることからも、この街の依頼数の多さが伺える。
手の空いている女性受付のもとへと歩み寄ったアルジェに、彼女はすぐに応対に出た。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
長い黒髪を後ろでお団子にまとめ、白いシャツの胸元が張り詰めんばかりの、グラマラスなスタイルの女性が営業スマイルを浮かべて尋ねる。
アルジェは簡潔に、リズの街からの依頼であること、また別件として破壊神の情報を求めていることを伝えた。
その話を聞いた彼女は、目を見開き、大げさに驚いて見せる。
「すると……貴方がアルジェ様ですね?リズの冒険者ギルドから話は伺っております。私はこの件を担当することになりました、レイチェル・ボルンと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
深々と一礼するレイチェル。その動きに伴い、白シャツのボタンが今にも悲鳴を上げそうに突っ張っていた。
『フフォフォ~♪︎……なかなか見事な神造美。』
脳内に響く創造神の声が、唐突な感嘆を漏らす。
思わず胸元に目をやっていたアルジェに、背後からぞっとするような気配が漂う。
「サイテー。」
振り向かずとも、マイが冷たい目で見ているのがわかる。
「やはり、こいつもバ神と同類だったか。」
カルラの一言が、アルジェの内心をエグるように突き刺さる。
「ど、同類……バ神と俺が……」
膝をつき、崩れ落ちそうになるアルジェ。
「……あの、大丈夫ですか?」
レイチェルが困惑気味に声をかける。
「す、すみません……なんでもないんです。それより鉱山について、詳しい情報を教えてもらえますか?」
苦笑を浮かべながら問いかけるアルジェに、レイチェルは戸惑いながらも頷く。
「ええ、承知しました。ご案内いたしますね。」
ライラから聞いていた内容とおおむね一致していたが、一点だけ、新たな情報が加わっていた――。
「……ですが、今回の件には少し、妙な報告が含まれていまして」
鉱山から北へ、馬車で二日ほど進んだ先――
そこには、かつてオルタルト帝国時代に築かれた砦跡がある。
帝国がガルマン公国と激しく争っていた古の名残だ。
いまや砦は朽ち果て、苔むした石材を残すばかりとなったが、数年前からその場所に一匹の黒い竜が住みついたという。
その黒竜――かつて大戦の折、魔物の襲撃に怒り狂い、雷の奔流を天に轟かせたという。
空を裂く稲妻が魔物の群れを薙ぎ払い、人々はやがてそれを「雷帝」と呼んだ。
神出鬼没、雷雨の中でだけその影を現し、天の怒りそのものと恐れられていた存在。
そんな雷帝が、数年前から突如として砦跡に降り立ち、以後その地に根を下ろしたらしい。
それまでは人間に危害を加えることもなかったというが、最近になって突如として人々を襲い始めたというのだ。
「場所も時間もバラバラ。法則性はなし。けど、鉱山付近でも何度か犠牲者が出てるようです」
レイチェルの言葉を聞いたアルジェは、ある既視感に眉をひそめる。
「地竜の時と……似ている」
『ウム。あの時の悪魔が関わっておる可能性は高いの』
創造神の言葉に、アルジェの確信が深まる。
彼は聖地での出来事をレイチェルに語って聞かせた。
ただし、「悪魔」という語は避け、正体不明の呪術師として説明を濁した。
レイチェルは目を伏せ、しばし考え込む。そして、唐突に顔を上げると、芝居じみた調子で言った。
「これは……とんでもない事態ですねぇ。一介の冒険者では手に負えません。いやぁ、困った困った〜〜」
語尾を伸ばしながら、何度もチラチラとアルジェを盗み見る。
「でも!地竜を倒したような、一介じゃない冒険者なら……あるいは……?」
完全な棒読み。いや、もはや演技すら放棄している。
「……わかったよ。運悪く出くわしたら、挑むさ」
アルジェは、そう言って肩をすくめる。
(地竜で聖地を襲わせるようなやつだ……)
標的になった以上、自分たちにも竜をけしかけてくる予感は、すでに胸中にあった。
『ふむ、運“悪く”とな? ワシにはむしろ……運“良く”としか思えんがの。フォフォフォ……』
何かを見透かしたようなバ神の独り言は、いつものように、アルジェには届いていなかった。
次回タイトル:黒き玉座に響く嘲笑
再度、黒幕パートとなります。




