003合成魔法と人造人間(ホムンクルス)
「……まさか、こんな間抜けな神が実在するとはな。しかも、互いの魂が消滅しかけてるだと?」
頭を抱え、アルジェがうんざりしたように呟いた。
『まぁ、そう邪険にするでない。錬金に失敗はつきものじゃろう? フォフォ♪』
「どの口でそれを言ってる!? 他人事みたいに言いやがって……お前も同じ境遇なんだぞッ!」
拳を握りしめ、アルジェの肩がわずかに震えた。
『ふむ……そういえば言い忘れておったの。ワシの本体は神界におるでな。今ここにあるのは、魂のほんの一部にすぎん。消えたところで、ワシ本体には何の支障もないのじゃよ。フォフォ♪』
どこまでも呑気な口調で、創造神は語る。
『とはいえ、肉体を共有している以上、五感はつながっておる。お主が痛めば、わしも痛い。逆にいえば、悪いことばかりではないぞ?』
怒りを通り越し、呆れに近い感情が湧いてくる。
アルジェは歯を噛みしめ、こみ上げる怒りを懸命に抑えた。
「……どういう意味だ、それは? バ神……」
もうすっかり、“バ神”呼びが定着してしまっている。
『ぬぬぬ、バ神とは失礼な……まぁ、よい。お主は一部とはいえ、創造神たるこのワシの魂をその身に取り込んだ。つまり、ワシの能力の一端が宿っておるということじゃ』
「……能力、だと?」
『うむ。まず、お主は風、火、水、土……それに光と闇。六つすべての魔素を自在に操れるようになっておる。そして何より、ワシの特有能力――“次元合成”を使えるようになったはずじゃ』
「……次元合成?」
アルジェは眉をひそめた。
『工程も理論もすっ飛ばし、神の力――“神力”を注ぐだけで、素材を融合し、別の存在を“創造”できる。創造神たるワシの“存在意義”でもある能力じゃ』
言葉の意味は理解できても、その重みは実感としては遠い。
「つまり……簡単に合成ができるってことか?」
『ま、まぁ、言ってしまえばそうじゃの。では、試してみるとしようか。そこに転がっている人形に、もう一度“秘術”を施してみよ。ただし――錬成陣は使うでないぞ?』
「錬成陣を使わずに魂の合成だと!?そんなことは到底不可能だ!」
アルジェの声が一段と大きくなった。
通常、錬金術を施す手段は、創造する物や融合する素材によって異なる。
素材に呪文を刻み込むことで別の力を付与させたり、特殊な道具を使用し、一般的な手段では決して合成し得ない物を融合するなどだ。
そして、魔素や魂といった特殊な素材を合成する場合は、錬成陣を用いるのが一般的である。
難易度の高い合成ほど高度な術式が必要となり、今回のように特殊な合成の場合、当然、高度な術式が不可欠となる。
『フォフォ……その“不可能”を可能にするのが、神の力というやつじゃよ。異世界では“チート”と呼ばれておるそうな。まぁ、加護とでも思っておけばよい』
「……チート?」
聞きなれぬ単語に眉をしかめつつも、なぜか“加護”よりもしっくりくる言葉だと思えた。
沈黙が訪れる。
アルジェの中に、ひやりとした冷気が流れた。
(神の力……法則すら、ねじ伏せる……)
常識が崩れていく音がする。
自身の手に宿った異質な“何か”を意識し、思わず背筋が震えた。
だが――それでも、アルジェは覚悟を決める。
創造神が悪びれもせずに続けた。
『よいか、手順はこうじゃ。まず、魔力を神力へと変換し、全身に巡らせる。そして、核とする素材を明確にイメージし、その次に融合させる素材を順に思い描く』
『この時、融合する順番と完成形のイメージが極めて重要じゃ。順番が違えば全く別物が生まれる。想像をおろそかにすれば、結果も乱れるぞ。しっかり“創る”のじゃ、心の中でな』
『そして最後に、簡潔な詠唱と共に、神力を注ぎこむ。それだけじゃ……なに、簡単じゃろ? フォフォフォ♪』
「……簡単、だと?」
思わず、肩を落としかける。
だがすぐに顔を上げ、深く呼吸を整えた。
(やるしかない……!)
目を閉じ、意識を集中させる。
神の魂が混ざった影響か――
魔力が変質していく感覚は、驚くほど“自然”だった。
血の巡りが変わり、神力が骨と神経に染み込んでいく。
その力は、まるで自分の意志とは別に脈打っていた。
「……これは……っ!」
言葉にならない異質さに、思わず吐息が漏れる。
異世界の光の粒が舞うように、空間に波紋が走った。
『よいぞ、そのまま! 核となる素材をイメージせよ!』
女型の人形――今にも壊れそうな、無垢な器を思い描く。
『次に、融合する素材じゃ!』
疑似霊魂が込められた魔法結晶。魂のかけら。
『創造物を思い描き、詠唱じゃあ!!』
神力が右腕に集中する。
熱と冷気が入り混じるような感覚が走り、指先に雷鳴が宿ったような衝撃が走る。
アルジェは、力強く掌を人形に向けて突き出した。
「核とするは女型の人形……合わせしは魔法結晶……融合せよ──合成ッ!!」
掌から放たれた神力が、目に見える光となって人形を包み込んだ。
空気が裂け、時間が軋むような音が響く。
その瞬間、人形がふわりと宙へ舞い上がる。
眩い光が、次第に人の輪郭を形作っていく。
土のように無機質だった肌が、やわらかな血色に染まり、
のっぺらな顔に、繊細な目鼻立ちが現れる。
長い銀髪が、さらさらと宙を流れ、肩を越え腰へと降りていく。
やがて彼女は――
まるで長い夢から目覚めたかのように、そっと床へ降り立った。
その姿は、アルジェと同じくらいに見える。
エルフの美貌すら霞むほどに整った容姿。
青い瞳が、淡く、静かに輝いた。
ここに、一体の人造人間――ホムンクルスが、“創造”された。
次回タイトル:メイドーーシルビア