038迫る脅威と潜む影
引き続きお楽しみ下さい。
「それで構わないにゃ。それじゃあ、依頼内容を説明するにゃ」
ライラの声がやや改まり、場の空気がわずかに引き締まる。
「実は最近、商業都市バーゲスト近くの鉱山で、何体もの坑夫やドワーフが石化された状態で発見されたのにゃ」
“ドワーフ”という言葉に、アルジェの興味が一瞬だけ反応する。だが今は、静かに耳を傾けることにした。
「調査の結果、石化したままでも損傷がなければ元に戻せることが判明したのにゃ。そこでバーゲストの要請により、王都に拠点を持つ二大教団の一つ──地母神ガイアを祀る神殿から、石化解除の術を扱える神官を派遣してもらったのにゃ」
ここでライラは、カウンター近くで待機していた女性に手を振った。
合図を受けた女性はすぐに立ち上がり、丁寧な足取りで歩み寄ってくる。
まず目を惹かれたのは、透き通るような金色の瞳。そして、腰まで伸びた金髪を包む白い頭巾と、その中央に刺繍された地母神の紋章──
白を基調としたドレスの祭服には、胸元にも同じ紋章の金糸刺繍が輝いている。手には、水晶をはめ込んだ金色の輪に銀の環が通された錫杖。
「王都から派遣されて参りました神官、カトレア・クラリスと申します。どうぞ、カトレアとお呼びください」
彼女は深々と一礼し、柔らかな声で名乗った。
アルジェもそれに倣い、自身とマイ、そして不在のシルビアとカルラの名を順に紹介する。バ神については、説明の必要は今はないと判断して伏せた。
「自己紹介が済んだところで、本題に入るにゃ」
タイミングを見計らい、ライラが話を再開する。
「今回お願いしたいのは、カトレアさんの護衛と、石化の原因と思われる魔物の討伐なのにゃ。王都からここまでは、別の冒険者たちが護衛してくれたんだけど、事件の詳細を伝えたところ『自分たちには荷が重い』と降りてしまったのにゃ」
ライラは苦笑いを浮かべつつ、どこか申し訳なさそうな口調だった。
ここでアルジェは、ふとある疑問を口にする。
「でも、バーゲストにも冒険者ギルドはあるはずだよな? なぜ、ここ──この町のギルドがその依頼を請け負っているんだ?」
ライラの顔が一瞬だけ強ばる。
先ほどまでの困ったような表情はそのままに、さらに言い淀んだような気配が漂う──
「バーゲストは言わずと知れた、大陸随一の商業都市にゃ。日々、各地の商人たちが行き来してるんだけど……ここ最近、大陸全体で魔物の出現が相次いでるせいで、バーゲストのギルドじゃ護衛依頼が山積みにゃ。」
ライラは語気を少し強めながらも、どこか頼りなげな目でアルジェを見つめた。
「ほとんどの冒険者が商人の護衛に駆り出されて、他の依頼に回せる人手が全く足りてないのにゃ。そこで、近隣ギルドにも応援要請が来たってわけにゃ。」
言葉の端々に滲む焦燥。
すがるような視線を向けられて、アルジェは頬を掻きながら小さく息を吐いた。
ライラが目を伏せ、声を落として続ける。
「もちろん、他の冒険者にも声をかけたのにゃ……でも、誰一人引き受けてくれなかったのにゃ。まぁ、相手がバジリスクじゃあ、無理もないけどにゃ……」
その名前を聞いた瞬間、空気が少し引き締まった。
「……バジリスク、か。」
アルジェが小さく呟いた。
バジリスク――全身を硬質な鱗に覆われ、蛇の頭部と人型の上半身を持つ、蛇の下半身の異形の魔物。体長はおよそ二メートル。最大の脅威は、その目から放たれる“石化の光”と、常軌を逸した防御力にある。
魔物の視線に晒されれば、たとえ一瞬でも石へと変えられる。
さらに、その鱗は弓や下級魔法すら通さぬほど堅く、下手に距離を取っても手が出せず、接近すれば石化の危険が待っている。
「……なるほどな。それじゃあ誰も手を出したがらない訳だ。」
アルジェは顎に手を添えながら、納得したように頷いた。
「でもにゃ、アルジェ達ならきっとやれると思ったのにゃ! 地竜を倒した実力があれば、ヘビの一匹や二匹、目じゃないはずにゃ!」
得意げに親指を立ててウィンクするライラに、アルジェは思わず苦笑いを浮かべる。
「気楽に言ってくれるな……とはいえ、相手が分かってるなら対処のしようもある…か」
数秒の沈黙ののち、アルジェは小さく頷いた。
「──わかった、その依頼引き受けるよ。」
バーゲストへは、破壊神の情報を求めてどうせ行くつもりだった。
そして、何より“ドワーフ”という言葉が、彼の好奇心を大きく刺激していた。
「にゃふふ! 話が早くて助かるにゃ!」
満面の笑みを浮かべたライラは、電光石火の勢いで依頼書を取り出すと、迷いなく受諾印を押した。
その頃、意気消沈したカルラを引き連れたシルビアが、肩を落としながらギルドに戻ってきた。
アルジェたちは一同、手頃なテーブルへと腰を下ろし、今後の方針を手短に話し合う。
やがて話がまとまると、アルジェたちはライラに礼を告げ、足早にギルドを後にした。
──その全てを、陰の中から見つめていた男がいた。
ギルドの片隅。薄暗がりに溶け込むように立つその男は、黒いマントで全身を覆い、目元には奇妙な紋様の布を巻いていた。
両目を完全に隠しているにも関わらず、その“視線”はまるで見えているかのように、アルジェたちの背を追っていた。
やがてギルドの扉が閉じられると同時に──男の気配もまた、音もなくその場から消えていた。
次回タイトル:商業都市バーゲストと雷帝の影
ここから、徐々に盛り上がっていく予定です。




