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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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036騒がしい朝と静かな別れ

時にはこんなシーンも……

――翌朝。


柔らかな朝日が窓から差し込み、宿の部屋をほんのりと照らしていた。


「うわぁぁぁああッ!?」


目覚めと同時に、アルジェの悲鳴が部屋中に響き渡った。


眼前にあったのは、鋭い牙をむき出しにした銀色の獣の顔。

本能的な恐怖が先に走り、アルジェはベッドから反射的に跳ね起きる。


慌てて距離を取ると、ようやく思考が追いつき、目の前の獣の正体が昨夜契約したスピリッツウルフ――フェリであることに気付く。


「……な、なんだフェリか……心臓が止まるかと思った……」


胸を撫で下ろしたその瞬間、バンッと勢いよく部屋のドアが開け放たれた。


「アルジェ様!? いまの声は……!」


「な、なにごと!?」


駆けつけたシルビアとマイが部屋に飛び込んでくる。

ベッドに横たわる巨大な獣の姿を目にしたマイは、即座に護符を構えようとしたが、それをシルビアが手で制した。


「待ちなさい、マイ。……これはフェリです。きっと、寝ている間に姿が戻ってしまったのでしょう。」


シルビアはほっと安堵の息を漏らしつつ、苦笑を浮かべる。


『ふむ、どうやら人型のまま寝るには、まだ慣れておらんようじゃな。――にしても、お主の悲鳴、実に情けなかったぞい? フォフォフォ』


「う、うるさい……バ神……」


からかうような創造神の声に、アルジェは思わず顔を赤らめながら目を逸らした。


その様子をぽかんと見つめるマイの視線が、二人を交互に行き来する。

事情が呑み込めていないのは明らかだった。


「――ええっと、話すと長くなるんだが、フェリと契約して精霊獣として同行することになってな。人間の姿も取れるが、今はスピリッツウルフの姿に戻ってるってわけだ。」


アルジェは、マイが眠っていた間に起きた出来事を簡潔に説明する。


話を一通り聞き終えたマイは、ふとある人物の名前を口にした。


「……で、カルラは?」


――その瞬間、時間が止まったように、アルジェとシルビアの動きがピタリと止まる。


二人とも、カルラの存在を完全に忘れていたことにようやく気づいたのだった。


「まさか……ずっと外で……?」


「……いや、その……」


答えに詰まる二人の姿に、マイは軽くため息を漏らす。


するとそのとき、ベッドがぎし、と大きく軋み、銀色の獣がもぞもぞと身を起こした。


「がるる……がる……?」


フェリだった。

寝ぼけているのか、獣の姿のまま大きく欠伸をしながら、まどろんだ声を漏らす。


「うそでしょ……このサイズでまだ子供……?」


マイが呆然と呟いたその声に、フェリがぴくりと反応する。


「……がるるる~♪︎」


次の瞬間、フェリは勢いよくマイへと跳びかかり、巨大な身体で思いっきりマイに抱きついた。


「ぎゃっ……!?」


衝撃でマイはそのまま仰向けに倒れ込み、容赦なく顔をぺろぺろと舐められる。


「や、やめっ……ちょっ、くすぐったいってばあぁ!!」


部屋に響くのは、朝から予想外のスキンシップに悲鳴をあげるマイの声と、それを見て笑いを堪えるアルジェ、そして静かに肩を落とすシルビアの姿だった。


『……フォフォフォ、愉快愉快。朝から騒がしいのは健康の証じゃわい』


――こうして、精霊獣フェリとの新たな生活の一日目は、にぎやかすぎる幕開けと共に始まった。


「ちょっ!? シルビア、こいつ何とかしてぇぇぇ!!」


顔をびしょびしょに舐められたマイが、半泣きでシルビアに助けを求める。


「――フェリ、おすわり!!」


その一言に、フェリはぴたりと動きを止め、前足をピンと揃えてお尻を床につけた。


「ふぇぇ……もっと早く助けてくれてもよかったのにぃ……シルビアのバカぁ……」


マイは涙目で立ち上がりながら恨み節を呟く。


「顔を洗う手間が省けてよかったじゃないですか。ついでに、そのボサボサの髪も彼女の爪で整えてもらってはどうですか?」


シルビアが冷静に言い放つと、フェリは前足を片方持ち上げ、シャキンと鋭い爪を伸ばして見せる。


「ひぃぃぃっ! それは……遠慮しておきます……!」


マイの顔がみるみる蒼白になっていく。


そんなやり取りが続く中、突然、空気が変わった。


ふと、フェリの体がふわりと揺らぎ、人間の幼女の姿へと戻る。そして、泣きそうな顔でアルジェに飛びついた。


「フェリ……?」


その姿は徐々に淡く、薄くなっていた。


(――魔力切れか)


契約前からすでに多くの魔力を使っていたフェリは、ついに実体を維持できなくなったのだ。


「フェリ。……俺たちを助けたいんだろ? だったら、今はその時に備えて、精霊界で力を蓄えておいてくれ……な?」


アルジェは優しくフェリの頭に手を添え、穏やかに語りかけた。


フェリは言葉を返さなかった。けれど、ふにゃりと無邪気な笑顔を浮かべたまま――その瞳には、寂しさではなく、安堵と信頼が宿っていた。

静かに、光の粒となってその姿は消えていった。


アルジェは、胸に手を当てる。そこにはフェリとの契約の証である、精霊石の感覚が微かに残っていた。


――繋がりは、ちゃんとここにある。

次回タイトル:騒乱のギルドと駆け引き

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