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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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035結ばれし絆

無邪気って……ww

ライラに紹介された宿屋、《猫の集い亭》。

その名の通り、どこか気まぐれで、柔らかな空気の流れる宿だった。


入り口をくぐると、すぐさま山猫の獣人である宿主・オルテガが現れた。鋭い眼光とは裏腹に、どこか気の良さそうな雰囲気の男だった。


「……ライラの紹介、か。ったく、あの女、相変わらず手間のかかる連中ばかりよこすぜ。ま、悪い奴じゃなさそうだな。二階に二部屋、用意してある。荷はあとで運んでやる。」


低くしわがれた声でそう言うと、オルテガはしっぽを揺らしながら階段を指し示した。


アルジェはまず、マイを静かに寝かせると、シルビアとフェリと共に隣室へと移った。


二つ目の部屋もまた簡素だった。

窓辺に配された小さなベッドが二台。燭台がひとつ、白木の物置棚には毛布が丁寧に畳まれている。窓の向こうから差し込む夕日が、部屋を柔らかな琥珀色に染めていた。


フェリはすぐさまベッドに飛び乗り、尻尾をぶんぶんと振り回しながらはしゃいでいたが──


「フェリ、暴れてはいけませんよ。ここはお宿ですからね」


とたしなめるシルビアに捕まえられ、すぐに膝の上に回収されてしまった。


アルジェは向かいのベッドに腰を下ろし、手元の手紙をゆっくりと開く。


「この手紙を読んでおるということは──うむ、無事にフェリと再会を果たされたようですな。

実のところ、あの転移騒ぎの後、フェリがどうにも駄々をこねましてな。

“どうしても行くの!”と、きかん坊も真っ青な様子でして……

どうやらアルジェ殿と共にあることで、自身に“何かが起こる”という直感を感じているようなのです。

運命の神もそれを是としたあたり、何らかの因果が働いておるのかもしれませぬ。」


(直感……か。あの神々が認めたということは、確かに無視できない話だ)


額に手を当てつつも、アルジェは真剣な面持ちで手紙を読み進めた。


「さて、フェリについて少し補足をば。 精霊獣や精霊たちは、一般に現世には長く留まれませぬ。

その身体を保つには、膨大な魔力が必要となるからです。

よって、いずれ彼女も精霊界へと還る運命にある。

しかし、それを防ぐ術があります──それが《契約》です。


契約を結ぶことで、フェリは貴殿と魔力を共有でき、現世に長くとどまることが可能となります。

契約には“精霊石”が必要です。フェリのポケットにそれを忍ばせておきましたゆえ、どうぞお使いくだされ。


契約方法、召喚の理。これらはすでに“知識の泉”の恩恵により、そなたの中に刻まれているはず。

……そう信じておりますぞ、アルジェ殿。」


(精霊との契約、か……異質ながら、理には適っている。これは、試す価値がある)


「一方的なお願いばかりで恐縮ですが……

彼女は、神の意思によってあなたの旅に遣わされた存在です。

どうか、面倒を見てやってくだされ。 それでは──また会える日を楽しみにしております。

                             ヨルムより」


手紙を閉じ、深くため息をつくアルジェ。


「……本当に、押し付けられたな。だが……」


彼は、シルビアの膝の上で甘えるフェリの姿を見やった。

あどけない笑顔の裏に、どこか宿命めいた気配が漂っている気がして──


「面白くなってきた」


小さくそう呟き、ゆっくりと目を閉じた。


「フェリ。手紙と一緒にヨルムから預かって来た物はないか?」


アルジェは、シルビアの膝の上で嬉しそうに微笑むフェリに声をかけた。


「ある〜。これ、精霊石っていうの。これを使って契約?ってのをすれば、あるじぇたちとず〜っと一緒にいられるようになるって、ヨルム様が言ってた〜」


フェリはシルビアの膝からぴょんと降りると、小さな手で精霊石を取り出し、アルジェに見せる。


その掌に乗った石は、まるでエメラルドのように鮮やかな緑色に輝いていた。陽光を受けて煌めくその光は、どこか神秘的な温もりを帯びているように感じられる。


……アルジェが覗き込むと、その石の奥に、かすかに脈打つ光が揺れていた。

まるでそれ自体が“心臓”を持っているかのように──


「危険な旅になるかもしれないんだぞ。それでもフェリは俺と契約したいのか?」


アルジェは真剣な眼差しで問いかける。その声音には迷いがあった。


「フェリ、あるじぇと契約する〜。それでね、あるじぇとしるびやを助けてあげるの〜」


あまりに純粋で無垢な笑顔に、アルジェは言葉を失った。自分たちを助けるため、危険を承知でそばにいたいという彼女の言葉を、無下にすることなどできるはずもなかった。


「……わかった。俺たちと一緒に行こう、フェリ」


そう答えたアルジェは、優しくフェリの頭を撫でる。フェリは嬉しそうに目を細め、ふさふさの尻尾をブンブンと振った。


アルジェは、フェリの小さな手に乗った精霊石の上に、自らの手をそっと重ねる。


二人が目を閉じ、意識を集中させると、精霊石が淡く発光を始めた。その光は徐々に強さを増し、緑の輝きが部屋全体を包み込むように広がっていく。


やがて、足元に複雑な紋様が浮かび上がる。魔法陣だ。文字とも文様とも取れるその形は、まるで何かを祝福するかのように、静かに光を放っていた。


アルジェがそっと手を離すと、精霊石は宙に浮かび、ふたつの小さな光球に分かれた。一方はフェリの胸元へ、もう一方はアルジェの胸元へと導かれるように吸い込まれていく。


その瞬間、アルジェは胸の奥に微かな鼓動のような感覚を覚えた。それはフェリと何か深いところで繋がったことを知らせる、確かな証だった。


「……どうやら、無事に契約できたようだな」


そう呟いたアルジェは再びフェリの頭を撫でた。フェリはそれに応えるように、尻尾をより一層嬉しそうに揺らす。


(召喚の術も試してみたいところだが……今日はもう色々ありすぎた。さすがに疲れた……)


笑顔を見せはしたが、その表情にはどこか疲労の色が滲んでいた。


「アルジェ様、駄猫の方はわたくしが見ておきます。今夜はお食事を済ませて、ゆっくりお休みになってください。」


優しく気遣うシルビアの言葉に、アルジェは少しだけ目を細め、素直に頷いた。


「悪いが、そうさせてもらうよ。フェリは俺が引き受ける。……騒いでマイを起こしてしまいそうだからな。」


アルジェが冗談めかして言うと、待ってましたとばかりにフェリが勢いよく飛びついてきた。


「フェリ、あるじぇと一緒に寝る~!」


無邪気に抱きついてくるフェリを見て、シルビアは反射的に声をあげた。


「いけません、フェリ。アルジェ様はお疲れなのです。一緒に寝るなんて…そ、そんな羨ま……ご、ご迷惑になることは控えなさいませ!」


「やだ~!フェリ、あるじぇと寝るの~!絶対いっしょなの~!」


フェリはしがみついたまま離れようとせず、アルジェも苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「わかった、わかったから……今日は一緒に寝よう。な?」


その言葉に、フェリは満面の笑みを浮かべ、尻尾をぶんぶんと振る。

シルビアはアルジェに背を向けながら、小さくぼやいた。


「……この世は不公平ですわ……」


フェリが落ち着きを取り戻し、ようやく部屋に静寂が戻ったその時。アルジェがふと眉をひそめた。


「そういえば、なんだか……何かを忘れてる気がするんだが……。うーん、ダメだ、全然思い出せん。シルビア、何か心当たりはないか?」


「いえ、わたくしにも……特に思い当たる節は……」


ふたりは顔を見合わせ、首をかしげる。

その間にも、宿の外では――街路樹に突っ込んだままのカルラが、白眼を剥いて倒れたままであった。

次回タイトル:騒がしい朝と静かな別れ

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