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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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030解かれし封印(後編)

引き続き、お楽しみ下さい。

『さあ、遠慮はいらんぞ!早うシルビアのチチを揉まんか! フォフォフォ』


勢いづいた創造神が、満面の笑みで急かす。


「も、揉むって……!? バ神、お前な……!」


赤面したままのアルジェが、怒りと羞恥に震える。


「五感を共有してるのをいいことに、お前が堪能したいだけだろっ!」


『ぬぬぅっ!? そ、そんなやましい気持ちは毛ほどもないわい! ただな、五感を共有してるんじゃから……これはもう、避けようが……ぐふっ』


そこまで言った瞬間、眩い光がアルジェを包み――すっと消えた。


「アルジェ殿との五感の共有を、一時的に遮断しました」


静かに杖を下ろす知恵の女神。そして、今度は明確に口元を吊り上げてニヤリと笑う。


『な、なんじゃとお!? 元に戻さんか、貴様ぁぁ!!』


「残念じゃったの。バ神。ククク……」


運命の神の含み笑いと、知恵と知識の女神の冷ややかな眼差しが交錯する。


……創造神の肩が、小さく震えていた。


『ワシ……本当に泣いてもええじゃろか……』


あまりに情けないその嘆きに、アルジェはただただ苦笑するしかなかった。


すると、今度はカルラが血相を変えてアルジェに詰め寄る。


「貴様ぁっ! よもやシルビア嬢の、むむ、胸に触れるつもりではあるまいな!」


「し、仕方ないだろ! 封印を解くにはそれが一番効率的なんだ!」


「なな、ななな……っ、羨ましい……いや、けしからんッ! この私が断じて許さ――」


ドガァッ!


言い終える前に、カルラの体は宙を舞い、背後の石柱に激突した。


倒れ込んだまま、カルラは視線を上げる。そこには――巨大なハリセンを握りしめたシルビアの姿があった。


「……話は、聞いておりました」


静かな怒りを滲ませつつ、シルビアはアルジェに向き直ると、ほんのり頬を染めながら真顔で告げた。


「さあ、アルジェ様。遠慮なく、わたくしの身体に触れてください。封印を解くために必要なことなら、何でもいたします!」


その言葉に、場の空気が凍りついた。


「あ、あのなシルビア!? それはちょっと誤解を生むというか……」


慌てふためくアルジェをよそに、シルビアは襟元を押さえながらボタンに手をかけ――


「漆黒なる闇、光を断ち我が姿を覆い隠せ………ダークネスカーテン!」


アルジェは慌てて詠唱を終え、闇のカーテンで二人の姿を包んだ。


外からは何も見えない。しかし――


「んっ……あたたかいです……アルジェ様の魔力が、私の中に……」


「くっ、緊張する……手のひらから魔力を流し込むだけだ。何もやましいことはしてない、はず……!」


「もっと、奥の方まで……お願い、アルジェ様」


「もうちょっとだ……よし、封印に触れた!」


「っ……! きました……何かが、開いて……」


暗闇から洩れる声は、しっかりと周囲に響いていた。


その場に残された者たちは、互いに顔を見合わせるしかなかった。


運命の神と知恵と知識の女神は、小さく肩をすくめる。


「……台詞回しがいちいち紛らわしいのぅ」


「ええ、わたくしも思いました。あのまま続いていたら、バ神以上の誤解を生むところでしたわ。ウフフ♪」


「きき、貴様、アルジェェェ! なな、中で一体何をしているんだぁぁ!!」


カルラは怒りに震えながら、今にも闇の中へ飛び込まんと身を乗り出す。


「落ち着かんか、バカ者。今はアルジェの魔力と、シルビアの魔力が絡み合い、一つに収束しているだけじゃ。ククク……」


運命の神は口元を抑えつつ、目尻に涙を浮かべて笑いをこらえる。


「その言い方では、ますます誤解が……カルラ様の精神が……ああっ、やはり……」


「シ、シルビア嬢とアルジェが……ひ、一つに……」


カルラは肩を震わせ、まるで大切な何かを失ったかのように石畳の上に崩れ落ちた。


「ねぇ、何でこの人こんなに落ち込んでるの?意味わかんないんだけど。暗闇の中でアルジェとシルビア、何してるの?さっき『入れる』とか『奥まで』とか……え、何? 修行なの?」


マイがひょいと首を傾げながら無邪気に問いかける。


「それはのぅ――」


「その辺にしておきなされ、運命の神。子供を惑わすものではありませぬぞ」


ヨルムが静かに釘を刺す。運命の神はぷいと横を向いた。


「……わかっておるわい」


「やれやれ……どちらが子供だか……」


ヨルムは溜息をつきながら、マイに優しく語りかける。


「今、アルジェ殿はシルビア殿の中に眠る力を呼び覚まそうとしておるんじゃ。強くなるために、必要な儀式をしておるのじゃよ」


「強く……! あたしも強くなりたい! 次はあたしの番ねっ! アルジェ! あたしにもお願い!」


マイは瞳をきらきらさせて、暗闇を見つめる。


「ククク。お主を強くするのはアルジェでは無理じゃが……その心意気や良し。我が手ずから鍛えてやろうぞ」


その時、暗闇の中心で、アルジェの詠唱が終わりを迎えていた。


「我は封印を刻みし者の血を引く者なり。血脈の盟約に従い、その戒めを解かん……――Break the seal!」


シルビアの胸元に埋まっていた神力結晶が、眩い輝きを放つ。 その光があまりに強かったために、周囲を覆っていた闇がまるで溶けるように消滅する。


アルジェとシルビアの姿が再び現れた時――彼女の体から、確かな“力の気配”が放たれていた。


「気分はどうだ、シルビア?」


アルジェは彼女の肩に手を置き、その顔をのぞき込んだ。


「……これまで感じたことのない、圧倒的な力が全身に広がっていく感覚があります。理論上の限界を超えている気さえしますが……ええと……」


一瞬だけ理知的だった彼女の目が泳ぎ――


「ああっ、やっぱり駄目です!立てません!アルジェ様の支えが必要ですぅ!」


そう言って、頬を赤らめたまま、彼の首に腕を回すシルビア。


「……おい、シルビア?」


「アルジェ様……♡」


ゆっくりと顔を近づけるシルビアに対し、アルジェはそっと彼女の頬に手を添える。


「どさくさに紛れて何を――」


ゴン!


次の瞬間、鈍い音と共に彼女の額に頭突きが炸裂した。


「な、何故、頭突きを……!」


額を押さえて悶絶するシルビアを見て、アルジェはやれやれと肩をすくめる。


遠くから「チッ…」という音が聞こえたが、聞こえなかったことにした。


「……終わったようじゃな。ククク……確かに、神力が全身に巡っておる。これで、これまでの魔力だけでは到底扱えなかった技も使えるようになろう」


運命の神が一歩前に出て続けた。


「だが、忘れるでないぞ。神力は確かに補充できる。じゃが、使いすぎれば魂への負荷が大きくなる。維持できなくなれば、お主の存在そのものが崩れるやもしれん」


「……はい。肝に銘じておきます」


シルビアは真剣な顔でうなずき、先ほどの軽口を打っていた姿はどこかへ消えていた。

次回タイトル:駄猫の真価

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