028導かれし魂の選択
示される新たな道……
「バ神か……それは面白い。ククク。ま、奴のことなどどうでもよいが――ここまでの話、理解できたかの?」
運命の神は楽しげに笑いながらも、鋭い眼差しでアルジェを見据える。
アルジェは、自らの身に起きた出来事の全貌をようやく把握しつつあった。だが、それは同時に、想像を超えた“何か”に巻き込まれている実感でもあった。
ため息を一つ漏らし、静かに口を開く。
「……それで、その“導かれた結果”ってのは、具体的に何なんだ? そもそも、なぜ俺が選ばれた?」
投げやり気味に放ったその言葉には、やり場のない苛立ちが滲んでいた。
「フム。では本題といこうかの」
運命の神の表情が引き締まる。
「まず第一に――お主が選ばれた理由じゃが、端的に言えば“神の器”としての素質があった。そしてもう一つ……創造神との縁が、想像以上に深かったのじゃ。詳細は、いずれその“バ神”に聞くとよい。……クク、ろくでもない理由であることは、我も察しておる。」
その含み笑いに、アルジェは言いようのない不安を感じた。
「次に、神界が望んでいる“結果”についてじゃが……単刀直入に言おう。ある計画の阻止。それが、お主に課された使命じゃ。」
「計画の阻止……?」
唐突すぎて、アルジェは眉をひそめる。
「――三百年前の大戦を覚えておるか? 人間と魔物との激突じゃ。あれは、ただの侵略ではなかった。真の黒幕は、一柱の“悪魔”じゃった。そして奴は、ただ戦争を引き起こすために動いたわけではない。」
運命の神の声が静かに、だが重く空気を支配していく。
「奴の真の目的は、神そのものを滅ぼす存在――“魔神”を生み出すことじゃ。そのために必要なのが、人間たちの憎悪、絶望、そして深い闇。つまり、戦争は“魔神誕生”のための供物だったのじゃ。」
「……そんな話、初めて聞いたぞ。」
「当然じゃ。我ら神界とて、真実のすべてを地上に明かしておるわけではない。だが、その時――神界は“魔神誕生”を阻止すべく、間接的な介入を行った。表向きは人間側の勝利となったが……それは、我らの都合による結果にすぎん。」
「……俺と同じように、誰かの運命を操ったのか?」
「その通りじゃ。だが――その後も“滅びの爪牙”という組織がその悪魔の意志を今なお引き継ぎ、暗躍しておる。聞いたことくらいはあるであろう?」
アルジェはゆっくりと頷いた。
その名を、彼は何度か耳にしたことがあった。神を否定し、悪魔を崇拝する宗教団体である。だが、それがここまで深い闇に繋がっていたとは、想像すらしていなかった。
(滅びの爪牙……聖地で地竜を操っていたあの男も、奴らの一員なのか?)
アルジェは胸中で呟きながら、口を開いた。
「つまり、300年前と同じことを……奴らはまた企んでいるってことか? だとしたら、なおさら腑に落ちない。仮に魔神の誕生を阻止したいとしても……俺一人の運命をどうこうしたところで、大戦規模の争いを止められるとは思えない。それとも、“滅びの爪牙”とかいう組織を俺たちに壊滅させる気か?」
苛立ち混じりに問いかける。
「クク……否、そうではない。何故なら……魔神はすでに“顕現”しておるからの」
運命の神が口元を歪めた。
(……話がますますわからん)
アルジェは混乱を抱えつつも、次の言葉を待つ。
「神の誕生に必要なのは“想い”――人々の切なる願いじゃ。その願いが神の姿を形づくる。そして、“滅びの爪牙”は神を憎む者たちを束ね、その信仰と大戦で得た供物によって“魔神”を誕生させた。奴は、“神々を滅ぼすこと”を存在意義として生まれた神なのじゃ。」
アルジェは唇を噛みしめた。
「じゃあ……神界が300年前に介入したのは、何のためだったんだ?」
「当然、“覚醒”を防ぐためじゃ。魔神は顕現したが、目覚めるには“負の魔力”が足りなかった。そこで悪魔どもは、人間界を戦場とし、憎しみ・怒り・恐怖といった負の感情を爆発的に増幅させた。そうして、生まれた膨大な負の魔力を捧げれば、魔神を目覚めさせられると踏んだのじゃ。」
「……でも、それは失敗したんだろ?」
「そう。神界が選んだ一人の人間によって、魔神は覚醒前に封印された。だが、悪魔は学んだ。――魔物こそ、負の魔力の具現。 ならば人間たちに魔物を狩らせ、死によって再び“負の魔力”へと還らせれば……膨大な供物を得られる、と。」
アルジェは目を見開いた。
「だから、今度はあえて人間たちを煽って、魔物を狩らせてる……?」
「その通り。奴らの狙いは、封印された魔神の“覚醒”じゃ。そして――今、その封印が……崩れつつある。」
――静かに響くその言葉に、広間の空気が一段、重たく沈んだ。
「ただの人間の俺に、何を期待してるのかずっと疑問だった。でも……目覚める前の魔神なら、人間の俺でもどうにかできる可能性がある──そういうことか?」
「まぁ、そう考えるのが自然じゃろう。そして、それを目指すことが、お主自身の魂の問題を解決する糸口にも繋がるかもしれん。」
「……他に選択肢は無いってわけか。」
また一つ、深いため息が漏れる。
「どうせこのままじゃ、消えるだけの運命だ。だったら、やれるだけやってみるさ。……それで、俺はこれからどうすればいい?」
覚悟を決めたように神々を見上げる。
それに答えたのは、知恵と知識の女神だった。
「はい。まずは“破壊の神”にお会いになってみてはいかがでしょう。その神の名が意味する通り、破壊には多様な形がございます。分離、分解──それは、融合した魂を分ける術への一歩となるかもしれません。」
彼女は目を閉じ、万巻の知識を巡らせながら言葉を継いだ。
「とはいえ、答えはご自身で確かめてくださいませ。」
「破壊の神か……またずいぶん物騒な名だな。」
アルジェは苦笑しながら呟いた。
『アルジェよ、神とは本来、善悪を持たぬ存在じゃ。人々の願いを宿して形作られる存在。それがどのような性格を持とうとも、そこに悪意は無い。ただ、あやつは少し……荒っぽいだけじゃ。フォフォフォ』
「ちっとも安心できないんだが……」
それでもアルジェは、わずかに笑った。
不安を胸に抱えながらも、確かな意志で次の一歩を踏み出す準備をしていた。
次回タイトル:解かれし封印(前編)
「神々の笑える修行録編」突入です。




