024女殺しのカルラ
クスッと笑っていただければ、嬉しいです。
「聞いた話だと、昼時はこの通りでよく姿を見せるらしい。この辺の店で食事をするのが日課みたいだ。」
アルジェたちは、大通りから一本外れた北の路地に身を潜めていた。
公園にも近いこの一角には、持ち帰りも可能な小さな飲食店が立ち並び、昼時とあって賑わいを見せていた。
この街では、自然に囲まれて食事を楽しむことが文化の一部のようで、各店の軒先には木製のテーブルと椅子が並べられ、香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。
アルジェたちは、その中でも通り全体が見渡せる店を選び、被害者の一人でもある店主の協力を得て、外のテーブルに腰掛けていた。
食事を装いながら、標的――“女殺しのカルラ”の出現を待っていた。
半時ほど経った頃。
通りの東側から、ゆっくりと歩いてくる長身の人影がアルジェの視界に入った。
『あれじゃ……間違いない、カルラじゃ。』
創造神の声が、いつになく確信に満ちていた。
遠目にも、その男が只者ではないことが分かった。動作は控えめで柔らかく、それでいて、長年の鍛錬を積んだ者にだけ備わる洗練された“無駄のなさ”を纏っていた。
耳に少しかかる黒髪は、うなじをきれいに刈り上げられており、前髪は左右に流して目を避けている。
切れ長の茶色がかった瞳に、誰にも届かない深い深い淵が覗いていた。
すっと通った鼻梁。ふと浮かぶ柔らかな笑みにすら品があり、整いすぎた顔立ちは、人目を引かずにはいられない。
上半身には黒のインナー、その上から赤を基調とした肩当てと胸当てを身につけ、手首と足首にはそれぞれ鍛えられた金属製の甲冑が装備されていた。
細身の剣を一本、腰に佩いている。
その姿は、まるで物語から抜け出した貴公子のようだった。
しばらく様子を伺っていると、通りの向こうから一人の獣人の女性が駆け寄ってきた。
「カルラ様!あの……今から、わたくしと一緒にお、お茶など、いかがでしょうか?」
頬を紅潮させたキツネの獣人女性は、精一杯の勇気を振り絞って声をかけたのだろう。
「やあ、Lady。……アンナだったかな?今日も変わらず愛らしい。」
カルラは女性の顎に軽く指を添えて微笑むと、まるで舞台の一幕のように自然にその言葉を紡いだ。
その直後、別の女性がカルラに駆け寄ってくる。
「あなた!また抜け駆けして……カルラ様、私と一緒にお食事を!」
「いえ、今日はわたしが先に声をかけるって決めていたの!」
「カルラ様、ぜひご一緒に……!」
次々と集まってくる女性たち。その数はみるみるうちに増え、数人だった輪は、やがて小さな集団に膨れ上がった。
「今日も素敵だね、ロザンナ。……セシルも、相変わらず君の微笑みは朝陽のように眩しい。そこの美しいLadyとは初対面かな?」
甘く、耳に心地よい声で語りかけるカルラ。
歯の浮くようなセリフも、彼が口にすると不思議と自然で、むしろ女性たちを陶酔させていく。
――まるで空間そのものが、彼を中心に回り始めるかのようだった。
「……こいつが、“カルラ”か……」
小声で呟くアルジェの視線の先に立つ男は、確かに“敵”だった。
けれど、確かな違和感があった。
なぜ、これほどのカリスマを持つ男が、冒険者ギルドから“指名手配”されるに至ったのか――
その理由が、今はまだ、見えなかった。
『相変わらず侮れん奴じゃ…。この街でも容赦なく、おなごどもを手玉に取りおって……なんという羨ま……いや、けしからん奴じゃ!』
創造神は、心の底から悔しそうな声を漏らした。
一方その頃、カルラの魅力にあてられた女性たちの中には、ただ声をかけられただけで顔を真っ赤にして卒倒する者まで現れていた。
「……おい、バ神。まさかとは思うが、お前の言う“敗北”ってのは……女の取り合いとか、そういう話じゃないだろうな?」
アルジェの額にじわじわと怒気の血管が浮かび始める。
『そうなんじゃ。これまでも何度となく勝負を挑んできたが、ことごとく女どもはワシではなく、あやつを選びおる! なぜじゃ!? ワシのどこが奴に劣っておるというのじゃ!?』
創造神は真顔で、いや、神顔で訴えてくる。
アルジェの額には、さらに数本の血管が浮き出た。
「つまり……“女殺し”ってのは……“女性を口説き落とす”って意味かよッッ!!」
激昂したアルジェの叫びが、思わず店の椅子を軋ませた。
「え、えぇっ!? どういうこと!? 女殺しって、女の人を殺しまわってるって意味じゃなかったの!? 口説き落とすって何よ!? あたしたち、完全に勘違いしてたってこと!?」
マイが驚きの声を上げる。
「少し黙りなさい、駄猫。お子様には些か早い話題です」
シルビアが即座にマイの口を手で塞いだ。
「ハハハ……アハハハハハ……」
突然、アルジェが額に手を当てて笑い出した。けれど、それは決して楽しげな笑いではなかった。
「アルジェが……アルジェが壊れた!?」
マイが青ざめて叫ぶ。
「アルジェ様! お気を確かに!」
シルビアが慌ててアルジェの肩を揺さぶる。
「だ、大丈夫だ……すまないシルビア。……バ神もバ神だが、依頼も依頼だ。だが、これが交換条件だからな……なんとしてでも、あいつを捕縛する……!」
アルジェは、完全に理不尽な八つ当たりの対象をカルラに定めた。
そのまま、彼はカルラに向かって歩き出す。背後からはシルビアとマイが続いた。
アルジェのただならぬ気配に、カルラを取り囲んでいた女性たちが自然と道を開けていく。
やがて、アルジェたちとカルラが対峙する形となった。
「カルラだな? ギルドが正式に受理した依頼だ。悪いが、お前を捕縛させてもらう。争いたくはない。おとなしくしていてくれないか?」
アルジェの口調は冷静だが、その奥には怒りが滲んでいた。
だが、カルラは一切の警告を無視し、柔らかな笑みのままゆっくりと歩を進める。
(やる気か…!? こっちに来る!?)
警戒心を強めるアルジェ。
カルラの動きは、静かで滑らかだった。だが、次の瞬間には、アルジェの視界からその姿がふっと消える。
(なっ……!?)
風を切る気配と同時に、アルジェの横に何かが立った。
(横に回り込まれた!? 速い!!)
アルジェは反射的に身構え、全力で防御の体勢を取った。
(この距離、この角度——完全に、間に合わない!)
目を閉じ、身を固め、衝撃に備える。
が——
……いつまで経っても、何の一撃も届かなかった。
戸惑いながらアルジェが目を開けると、カルラは彼の横を素通りし、シルビアの前でぴたりと立ち止まっていた。
「ついに……ついに出逢えた……My Lady。ああ、愛しき運命のひと……」
カルラは片膝をつき、恭しくシルビアの手を取る。
(……なんだこの展開)
状況を理解しきれぬまま、アルジェはとりあえず戦闘が回避されたことに安堵のため息を漏らした。
「アルジェ様。この生ゴミをギルドに持って行けばよろしいですか?」
シルビアが冷ややかな眼差しでカルラを見下ろす。
「いや、まぁ……うん。そうなんだけど。もう少し言い方ってもんがだな……」
(頼むから刺激しないでくれ……)
内心でそう願うアルジェをよそに、カルラはシルビアを見上げ、酔いしれた表情で言い放つ。
「その冷たい眼差しで、私の燃えるような情熱を冷ましてくれるなんて……My Ladyは、なんて優しいんだ……」
「……何この人。キモい。」
マイもまた、ゴミを見るような視線をカルラに投げた。
「よし、シルビア。マイのお墨付きも出たし、即刻この変態を処理してくれ。」
「Yes, my lord.」
シルビアが即答する。
だが次の瞬間——
カルラが髪をかき上げ、くるりとアルジェに振り返ると、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「さっきから聞いていれば、ずいぶんな言われようだな。何の権利があって、私と彼女の愛を引き裂こうとしている? それ以前に……君はいったい——ん?」
カルラの目つきが変わる。
「まさか……君は、創造神か!? なるほど……今度はこの娘にまで手を出すとは。やはり君は——この、わいせつ神だったのか!」
その言葉と同時に、カルラは剣を抜き、アルジェへと斬りかかった!
しかし——その剣は届かない。
「……ッ!」
鋭い金属音。
カルラの一撃を、シルビアが牛刀斬鉄で受け止めていたのだ。
「な、なぜ庇う……My Lady! この男は、悪名高い神だぞ!?」
カルラの叫びは、怒気に満ちたシルビアの瞳に遮られる。
「よくも……アルジェ様に剣を向けましたね。」
静かだが底知れぬ怒りの声。
その殺気に、さしものカルラも言葉を失う。
『ふむ……これはまずいのう……カルラよ。おぬし、よりによって“踏んではならぬ虎の尾”を踏んでしまったようじゃな……フォフォフォ。』
「メイド流躾術・壱ノ型——百烈・平手打ちッ!!」
風を切る音と共に、シルビアの平手が音速で唸りを上げる。
バシバシバシバシッ!!
カルラの頭部が右へ、左へと容赦なく揺さぶられ、頬はみるみる腫れ上がっていく。
「な……ぜ……My Le——」
最後まで言葉を紡げぬまま、カルラはその場に崩れ落ちた。
その姿を見ていた取り巻きの女性たちが、一人、また一人と卒倒していく。
そして、周囲に集まっていたカルラの被害者の男たちが歓喜の声を上げた。
「これ以上騒ぎが大きくなる前に、ギルドへ引き上げるぞ。」
アルジェは崩れたカルラを抱え上げようと、その身体に腕を回す。
しかし、その瞬間——
「……ん?」
掌に伝わってくるやけに柔らかな感触。
「へっ?」
間の抜けた声が漏れた。
——手が、胸当ての下に滑り込んでいた。
マイがカルラに向けていた冷ややかな目を、そのままアルジェに向ける。
シルビアの眼にも、再び戦闘の色が灯る。
「ま、待て、これは誤解だ! 知らなかったんだ! こいつが女だったなんて……お前たちは気付いてたのか!?」
青ざめた顔で弁明するアルジェに、マイは呆れたように言った。
「当たり前でしょ? まぁ、確かにアルジェって鈍感そうだし。今回は赦してあげるわ。感謝しなさい、フンッ!」
そっぽを向いて腕を組む。
「アルジェ様。そういうお戯れがご所望であれば、いつでも……わたくしのもので……お好きにどうぞ……」
頬を染めてモジモジとするシルビア。
「だから誤解だって言ってるだろぉおおお!!」
アルジェは天に向かって叫び、未だ手のひらに残る感触に戸惑いながらも、カルラを担いでその場を後にした。
次回タイトル:この戦乙女、取り扱い注意
引き続き、クスッと笑えるエピソードかと思います。




