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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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023交換条件

次なる受難の予感……

『……三百年前の大戦。そのとき地母神は、大陸に満ちた“負の魔力”を祓うため、セイクレド山脈の蓄積魔力を使い果たしてしまった。それは神界の規定に反する行為でのう。結果、地母神は神罰として、一定期間封印されることになったんじゃ』


「……あの時、お前が言ってた“神界規定を破った、もう一人の神”ってのは、地母神のことだったのか……」


アルジェが、かつて聖地で聞いた話を思い出す。


『そうじゃ。だが、神界にも一分の非があったゆえ、罰は軽く済んだ。封印されてから三百年――そろそろ、あやつも自由になる頃じゃろうて。フォフォ』


「神界のことはよくわかんないけど……でも、もうすぐ聖地にも、豊かな自然が戻ってくるってことは分かったわ!」


マイは眩しそうに空を見上げて、笑顔を取り戻した。


「よかったな、マイ」


そう言いながら、アルジェはそっと彼女の頭に手を置く。


「ちょっ……子供扱いしないでよね。こっちはアルジェを守るつもりなんだから」


マイは照れたように視線を逸らした。


「頼りにしてるよ。……さて、確かこの先の路地を――ああ、あった」


公園を抜け、しばらく歩いた先。右手に伸びる脇道を曲がったところで、アルジェが足を止めた。


目の前には、《リズの冒険者ギルド》の看板が掲げられた建物が建っていた。


ギルドの内装は王都とよく似ており、奥には受付カウンターが、左手には二階への階段、右手には依頼書の貼られた掲示板が見える。中央にはテーブルがいくつか並べられ、数人の冒険者たちが情報を交わしていた。


その中には獣人の姿もあれば、異国風の装いをした人間の男たちも混じっている。


そんな騒がしさの中に――


「俺の彼女もこいつに落とされたんだ!」


興奮気味に訴える獣人の男が、仲間たちを前に熱弁をふるっていた。

周囲の男たちも同様に憤慨し、口々に被害を訴えている。


それを懸命になだめているのは、ギルド受付の女性獣人。

ぱっちりとした大きな瞳に、上がり気味の目尻。整った猫顔の美人で、銀色のショートヘアの頭には、ぴんと立った猫耳が印象的だった。


「何人かが挑んだけど、まるで歯が立たなかったんだ……! だから腕の立つ冒険者に頼むしかねぇ! 頼むよ、ライラさん!」


獣人の男が前のめりに懇願する。


「わかったにゃ、わかったから……! 落ち着いてにゃ。これだけの“被害者”がいるなら、ギルドとしても放ってはおけないにゃ。依頼は受理するにゃ。だから、一旦この場を離れてにゃ。他のお客様のご迷惑になるにゃ」


猫耳をやや伏せながら、受付嬢――ライラが諭すように言うと、男たちはしぶしぶながらも頷き、ようやく場が落ち着いた。


「悪いな。待たせちまって……後は頼んだぜ、ライラ」


先ほどの男がアルジェに軽く肩を叩いて謝り、その場を去っていく。仲間たちもそれに続いて散っていった。


「お騒がせしてしまって、本当に申し訳ないにゃ……。あたしはこのギルドの受付をしている、ライラって言うにゃ」


耳が申し訳なさそうに垂れているのが、彼女の心情を物語っていた。


「気にしないでくれ。それぞれ事情がある。仕方ないさ。俺はアルジェ。冒険者だ。こっちは仲間のシルビアとマイ。よろしく頼む」


アルジェの丁寧な応対に、ライラの表情がふっと緩む。


「そう言ってくれると助かるにゃ……それで、今日はどんなご用件にゃ?」


「依頼ってほどでもないんだが……“フクロウの獣人”を探してる。それと、“エターナル大森林”について詳しい者がいたら教えてほしい」


アルジェが簡潔に伝えると、ライラの表情がわずかに引きつった。


「フクロウの獣人っていうと……それ、賢者ヨルム様のことにゃ。今は“知識と知恵の神”に仕えてるそうで、リズの街には常駐してないにゃ。たまに立ち寄ることもあるけど、来るタイミングは……完全に気まぐれにゃ」


軽く笑うが、その笑顔には明らかに“困らされた経験”が滲んでいた。


「ただ、エターナル大森林に詳しい方なら、ここにいるにゃ」


ライラはアルジェたちの後方、ひとつのテーブルを指さした。


そこには、屈強な体格をした猪獣人の男が、木製ジョッキを片手に座っていた。薄手の革鎧に、重ねられた傷跡。どう見てもただの木こりではない。


「彼が“木こりのエルダー”さん。森のことなら右に出る者はいないにゃ。あ、さっきの騒ぎにいたけど、面倒事には巻き込まれないようにしてたにゃ」


自分の名前が呼ばれたことにエルダーは一瞬驚いたが、すぐにアルジェたちに気づき、目で「話があるな」と合図してきた。


「俺に何か用かい、兄ちゃん?」


エルダーがジョッキ片手に、気さくに声をかけてくる。


「ゆっくりしてるところを悪い。実は――」


アルジェは要点を絞り、差し支えない範囲で事情を説明した。


「なるほどねぇ……ふむ、案内してやってもいいぜ。ただし、交換条件がある」


「交換条件?」


怪訝な表情を浮かべるアルジェに、エルダーは身を乗り出して依頼書を差し出した。


「頼む!この依頼を引き受けてくれ!あんたら強そうだし、腕も立つんだろ?見たらわかる」


がばっとテーブルに突っ伏し、頼み込んでくる。


アルジェは少し戸惑いながらも、依頼書に目を通す。


そこには、美形な顔立ちの男の似顔絵が描かれており、下には「通称・女殺しのカルラ」と記されていた。

そして依頼内容は「捕縛」。


「女性だけを狙った犯行だなんて……なんて卑劣な奴なの!絶対に赦せないわ!」


マイが怒りに満ちた声で叫ぶ。

そして、もう一人、怒りを滲ませる存在がいた。


『こやつは……むむぅ、まさかカルラがこの街に来ておったとは……』


「バ神、知ってるのか?」


アルジェは真顔になる。


『うむ……こやつはな、ワシが過去に何度も挑んで……すべて敗れた相手じゃ。侮るなよ、アルジェ。こやつ、神であるワシを退けるほどの強者じゃぞい……』


創造神の声は、珍しく重く沈んでいた。


「そこまでの相手か……。神さえも退ける人間……カルラって何者なんだ……」


(神が負けた相手を、俺たちでどう捕まえろっていうんだ?)


アルジェはしばし黙考し、最終的に首を横に振った。


「悪いが、この依頼は受けられない。さすがに荷が重い……」


だが――


そんなアルジェの言葉を完全に無視して、マイが高らかに宣言した。


「引き受けるわ!こんな悪党、このあたしがやっつけてあげるんだから。感謝しなさい!」


「お待ちなさい、駄猫。それを決めるのはアルジェ様です。あなたではありません。」


シルビアがすかさず反論する。


(こ、断りづらくなった……)


頭を抱えるアルジェ。


すると、マイは思いついたように叫ぶ。


「だったら、あたしがシルビア個人に依頼するわ!」


「何を馬鹿なことを……わたくしがアルジェ様以外に……」


「ふっふっふ……。白虎姿のお母様を好きにしていい“権利”が報酬ってのはどう?」


「!?」


シルビアの目がカッと見開かれる。


「……アルジェ様。他に大森林を案内できる者が簡単に見つかるとは思えません。よって、依頼を受けるのが得策かと。」


「本音は?」


「白虎姿のヒジリ様を思う存分モフモフできる……はっ!?」


シルビアの顔が、とろけるようにデレている。


「……わかったよ。」


アルジェは大きく息を吐いて、決意を口にする。


「この依頼、引き受けよう。ただし、カルラはかなりの強敵だ。状況次第では撤退する。その判断は俺がする。これは主人としての命令だ。いいな、マイも。」


「承知しております。」


「わかったわ。」


二人は、しっかりと頷いた。

次回タイトル:女殺しのカルラ


新たな出会いの予感……

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