020新たる旅の始まり
新章突入です。
ここから、物語はどんどん盛り上がっていく予定です。
新たな仲間やイベントをお楽しみいただけれるよう、頑張ります。
引き続き、どうぞ宜しくお願いします。
地竜を討伐したアルジェたちは、本殿へと戻っていた。
「お疲れ様です、アルジェ様。お見事でございました」
白虎の姿から人型の獣人へと戻ったヒジリが、にこやかに声をかける。
白と黒が混じった長い髪は背中の腰辺りで束ねられ、頭頂部の獣耳がピクリと動いた。
金の釵子が額に添えられ、細い眉と柔らかな糸目が、いつも通りの笑顔を形作っている。
その笑みに見合った穏やかさと、どこか底知れない気配を併せ持った存在だった。
彼女は、足元まで届く袴に神職の装束をまとい、両手で扇を軽く抱えている。
年齢は三十二歳を自称しているが――確かに見た目は、それと矛盾していなかった。
「俺一人の力じゃないさ。シルビアやマイがいなかったら、どうにもならなかったよ」
アルジェが照れながら笑うと、
『これ! 他にも誰かを忘れておらんか?』
頭の中に響いた創造神の声に、即座に返す。
「お前は何もしてないだろう……バ神」
『心の中で応援しておったわい!』
創造神が抗議するも……
「要らんわ!そんなもん!」
即刻、切り捨てられた。
笑い声がこぼれる中、アルジェはふと真顔に戻る。
「……それより。神能力ってやつで、翼竜に乗ってた奴の正体とか、分からないのか?」
アルジェが創造神に問いかけると、ヒジリが表情を曇らせた。
「あれは――人でも、魔物でもない。全く異なる、禍々しい気配でした」
『……おそらく、あの者は悪魔じゃ』
普段は飄々とした創造神の声が、今までになく低く、重い。
「悪魔……?」
「ただ者ではないと思ってたが……まさか、悪魔とはな……」
アルジェの背中に、ひやりとした不安が走る。
『うむ。悪魔と言うても、神々に貶められし天使が天界を追放され、魂を闇に染め、悪魔へと堕ちた“堕天使”の成れの果てじゃ。』
創造神の声がどこか哀しげだったのは――過去の因縁が関係しているのかもしれなかった。
この世界は、主に五つの世界に分かれている。
アルジェたちが暮らす“人間界”。
その中には魔界と呼ばれる土地もあるが、実のところそれも人間界に属している。
そして神々が住まう“神界”。
天使や御使いたちが翼を広げる“天界”、
精霊や精獣といった霊的存在が息づく“精霊界”、
そして悪魔たちが跋扈する“冥界”。
この“神界”と“冥界”は、太古の昔より相容れぬ存在として果てしない争いを続けてきた。
「悪魔か……また面倒なのが出てきたな。
神や神の眷属を恨んでるってんなら、俺もとばっちりを食いそうだ……」
アルジェは額を押さえ、ため息をつく。
『じゃろうなぁ。わしが奴に気づいた以上、奴もわしの存在を見逃してはおらんじゃろうて……フォフォフォ』
「そういうわけだから、マイ。お前はここに残った方が……」
「面白いじゃない! お母様を襲った報いを受けさせてやるわ!
それに、白虎の血が半分混じってるあたしだって狙われるかもしれないし?
ついでにアルジェも守ってあげるんだから、感謝しなさい!」
勢いよく言い放ったマイに、アルジェは呆れ混じりに笑う。
「アルジェ様は、わたくしが……この寄生虫を差し出し……いえ、この身に変えてでも必ずお守りいたします」
『アルジェよ……こやつ、今しれっとヤバいこと言おうとしたぞい……?』
アルジェはシルビアの微笑を見て、苦笑いを返した。
「……頼りにしてるよ、二人共」
会話の空気が少し和らいだその時、
「このまま発たってしまわれるのですね……アルジェ様」
ヒジリが微笑んだ。だがその笑みに、微かに滲む寂しさをアルジェは見逃さなかった。
「もっとゆっくり話したかったんだけどな……
バ神が一緒じゃまた何か呼び寄せそうだし。ヒジリが白虎の力を取り戻した今なら、当面は大丈夫だろうけど……」
そう口にしながらも、アルジェは念のため、巨像ゴーレムを残していくことにした。
「そんな…!?巨像ゴーレムを置いていくなんて!
あれに乗って魔物の大軍を薙ぎ払ったら最高に気分よさそうだったのに!」
妄想に満ちた瞳を輝かせるマイ。
「流石にあれ連れて歩いたら、王都ですぐに取り囲まれるぞ……」
マイが肩を落とす中、
「それは……それはなんとも楽しそうですね、マイ。ウフフ」
ヒジリが無邪気な笑みを浮かべた。
(……乗る気だな)
(……乗るつもりじゃの)
(……絶対乗るわ、お母様だもの)
三人が頭の中で同時につぶやく。
「ま、まぁともかく。名残惜しいけど、行くとしよう」
ヒジリの笑顔を見て、アルジェは少しだけ安心する。
「どうぞマイを……娘をよろしくお願いいたします、アルジェ様」
ヒジリの声に宿る深い想いに、アルジェは言葉少なに頷いた。
「ああ。わかった。無茶をしないよう、ちゃんと見張っておくさ」
軽口で返しながらも、彼の笑みは優しかった。
「それじゃあ、行ってくるわ! お母様!」
マイが飛び出し、それに続くようにアルジェとシルビアも歩き出す。
外へ出ると、空には一片の雲もなく、太陽が高く昇っていた。
燦々と注ぐ光の下、三人は王都を目指し、聖地を後にする。
次回タイトル:波乱の報告とメイドの一閃




