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錬金術師アルジェの災難、受難、苦難の行く末  作者: 秋栗稲穂


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019滅びの爪牙

黒幕側の紹介的パートです。

ガルマン公国より海を隔てた遥か北。

そこには、“魔界”と呼ばれる未踏の大地が広がっている。


およそ三百年前、人類と魔物との間で勃発した大戦――

その末期、敗走した魔物たちが追いやられたのが、この地であった。


以来、各国から幾度となく調査団が送り込まれてきた。

だが、生還した者は極わずか。

その理由は定かではない。魔物による襲撃か、あるいは地そのものが持つ異質な力か……。


いずれにせよ、魔界の実態はいまだ深い霧に包まれている。


そんな“誰も干渉できぬ場所”は、当然ながら闇に身を沈める者たちにとって、絶好の逃げ場でもあった。


神を否定し、邪なる存在を崇拝する狂信者の教団――

「滅びの爪牙」もまた、その魔界を根城とする一派である。


魔界の一角。切り立った断崖に囲まれた山岳地帯に、黒ずんだ古城が聳え立っている。

かつての大戦で悪魔たちが集ったという、忌まわしき場所。名を「万魔殿パンデモニウム


太陽の光すら届かぬその谷底は、常に負の魔力が渦巻き、空気そのものが濁っていた。

風は唸り声のように壁面を這い、地は常に湿っている。


そしてその中心、大広間の玉座に――ひとりの男が腰を下ろしていた。


深くかぶったフード、目と口元だけが不気味に切り抜かれた仮面。

まるで笑っているような意匠が、沈黙の中で存在を主張する。


全身は黒のローブに包まれ、肉体の一切は伺えない。

人間か、魔族か、それすら定かではない。

だが、その場にいるだけで、空間がじわりと冷えていくような気配を纏っていた。


“彼”こそが、万魔殿の主――

そして、おそらくは「滅びの爪牙」の頂点に立つ者であった。


「計画の方はどうなっている……イプシロン」


玉座の男が、ふと呟くように問いかけた。


「はい。ついに――竜すら支配可能な“呪縛符”が完成いたしました」

イプシロンと呼ばれた男が、頭を垂れて応える。

濃い緋色のローブに身を包み、深くフードを被ったその姿からは、表情すらうかがえない。


「これで、三百年前の大戦を遥かに上回る規模の魔物の軍勢を率いることが可能です。

そのすべての魔物の意思を“支配”によって一つに束ね、その膨大な意志の力をもってすれば――“あれ”を、この現世に顕現させることが叶うでしょう」


玉座の男――アルファは、報告を受けて満足げに頷いた。


「ただ……白虎襲撃の際、地竜を屠った冒険者の中に、ごく最近降りてきたと思しき“高位の神”の気配を感じました」


「ほう……」

アルファの声が低く唸る。


「高位の神を宿す器を持った人間種が、今なお現れようとはな……。だが、面白い。

神が地に現れたというなら、“あれ”の存在意義が、より濃くなる」


その口元が、仮面の下でわずかに吊り上がる。


「それは幸いでございます。白虎襲撃がただの実験で終わらず、思わぬ収穫となりました。

ただし、この時期に“高位の神”が白虎の元へと現れたという事実――偶然とは思えません。神界の意図が働いているのでしょうか……」


「フン。おそらくは神界の差し金だ。三百年前、我らの計画がまさに成就せんとしたその時――奴らは、神の手でそれを阻んだ。だが、全てが無に帰したわけではない」


アルファは立ち上がることもなく、ただ玉座に座したまま、静かに笑う。


「奴らも分かっている。だからこそ、三百年の間、我らの動きを注視してきたのだろう。

今度は……高位の神を使って何を画策しているのかは知らぬが――」


その声音に、わずかに凄みが混じる。


「今度こそ、奴らに後悔させてやる。必ず、だ」


沈んだ空間に、男の不敵な笑みが漂った。


「イプシロン。貴様に、奴らの監視を一任する。神界が何を企んでいるのか、探れ。

邪魔になるようなら……構わん。消せ」


「仰せのままに、アルファ様――」


イプシロンは恭しく一礼すると、足元の空間がゆらりと歪み、彼の姿は一瞬にしてかき消えた。


イプシロンが去ったのを見届けたアルファは、しばし沈黙のまま玉座に座していた。

だが、やがて何もない空間に向かって静かに言葉を投げかける。


「魔物共の支配は、引き続き貴様に任せる……デルタ。

より多く、より強大な個体を手中に収めよ」


その声に応じるように、誰もいなかったはずの大広間の空間が揺らぎ、そこに一人の女が現れた。

緋色のローブを身にまとい、胸元の膨らみと佇まいから、その者が女であると知れる。


「お任せくださいませ。

この身に宿る“魅了の能力”と、“呪縛符”がございます。……魔物共の支配など、指先一つで十分でございます」


妖艶な声と共に、デルタと呼ばれた女は片膝をつき、恭しく頭を垂れる。


「……ウム。良い報せを持ち帰れ」


「はい。必ずや、アルファ様の望みに応えてみせましょう」


顔を上げたデルタは、艶やかな笑みを浮かべた。

その目には、支配者としての傲慢さと、何かを愉しむような毒が宿っていた。


アルファはしばし彼女を見下ろし、満足げに頷いた。

だが、次の瞬間、眼差しを鋭くし、命じる。


「――行け」


笑みが消える。


デルタはすぐに立ち上がり、無言のまま空間に身を溶かすようにしてその姿を消した。

再び静寂が、大広間を包み込む。


だが、次の瞬間、アルファの口元が歪む。


「もうすぐだ……この時を、どれほど待ったか……」


彼はゆっくりと玉座から立ち上がる。

そして、顔を仰ぐようにして何かを見上げ――

まるで神界の神々を見据えるように、鋭く、憎悪に満ちた声で呟いた。


「此度こそ……神々めに、報いを受けさせてやる」


仮面の下、唇が吊り上がる。

その笑みは嘲りに満ち、やがて――


「フハハ……ハハハハハハッ!!」


大広間に響き渡る哄笑は、悪意の奔流そのものだった。

陽の差さぬ万魔殿の闇が、それに共鳴するようにざわめいた。

次回タイトル:新たる旅の始まり


“新章”突入パートとなります。

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