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第1章:001神との融合

『……起きよ、術師よ……』


「……誰だ? 誰か俺を……呼んでいるのか……?」


遠のく意識の底で、確かに聞こえた声。

それは低く、しかし確固とした響きを伴っていた。


『……起きよ、錬金術師よ……』


――錬金術師?


その呼びかけに反応するように、男はゆっくりと目を開いた。

視界はぼやけ、頭はまだ霞がかかったように重い。だが、確かに、そこに“何か”があった。呼ぶ声に応えるべく、ふらつく身体をなんとか支え、彼は立ち上がった。


傍らの燭台が揺れる光を放ち、その姿を照らす。


年の頃は二十そこそこ。

切れ長の黒い瞳は、目覚めたばかりの混乱と警戒を湛えている。

端正な顔立ちにはまだ少年の面影が残りながらも、瞳の奥には研ぎ澄まされた意志の光があった。


短く整えられた黒髪は、幾筋かの前髪が目元まで伸びるように分けられ、顔全体をすっきりと見せている。

鍛えられた中肉の体は、錬金術師としては異例の引き締まりを見せ、白い革製の上着の下、胸元では紅の魔石が燦然と輝いていた。


膝下までの深緑のパンツに、栗毛色の革靴。

そして――その全身を覆うように、フード付きの濃い茶色のローブが風のように揺れていた。


彼の名は、アルジェ・シンセシス。


「……俺は……確か、秘術を完成させて……その瞬間、頭の中に……声が……」


アルジェは額を押さえながら、記憶を辿った。


「……それから、全身に……焼けるような痛み……そして、そのまま意識を失ってしまったのか……」


思い出すたびに胸をざわつかせる、不吉な違和感。

焦るように思考を巡らせた。


「秘術は……失敗したのか? 詠唱ミスか? いや……錬成陣の配置に不備が……?」


その時――。


『ようやく目を覚ましたか、錬金術師よ』


再び響いた、あの声。今度はより明確に、頭の中へと直接届く。


「誰だ……!」


アルジェは即座に周囲を見渡す。が、そこには誰もいない。人気も気配も感じられなかった。


『そう身構えるでない。今のワシに、お主に危害を加える手段はないわ……お主に何かすれば、ワシも無事では済まぬからの。フォフォフォ……』


声色には老成した響きがあった。

しかし、どこかふざけたような口調に、底知れぬ余裕も滲んでいた。


――確かに異常だ。だが、なぜだろう……この声に、恐怖や敵意は感じない。

むしろ、神秘的な気配すらあった。


アルジェはひとつ深呼吸をして、声を張る。


「……お前は誰だ! どこから語りかけている? 目的は何だ!」


『そう急くな。順を追って話してやろう……その前に、名前を聞いておこうかの。“錬金術師”では少々味気ないでな。フォフォフォ……』


少し迷ったが、アルジェは素直に答えた。


「……アルジェ。アルジェ・シンセシスだ」


『フム。アルジェよ、良い名じゃ……さて、ワシの名じゃが……』


声の主は少し間を置き、どこか得意げに言い放った。


『世界によって、異なる呼ばれ方をしておるが……何者かと言えば……創造を司る……ズバリ、“神”じゃな!フヒャヒャ』


その口調はまるで、得意満面で胸を張っているかのようだった。


「……神!? じゃあ、これは……啓示…… 天啓なのか?」


『いや、違うぞ……』


即答だった。


「なら、神の祝福……」


『ブブ~!』


擬音で否定された。


「というと……つ、つまりは……どういう状況なのでしょう?」


しどろもどろに尋ねるアルジェに、声は呆れたように笑った。


『だから、それをこれから話すと言っておるのじゃ……まったく、せっかちじゃのう……』


やれやれという気配すら感じさせる言葉の調子。


『よいか、よーく聞くのじゃぞ? ――お主の体には今、ワシの霊魂とお主自身の魂、二つの魂が存在しておる。つまり……ワシとお主が“合成”してしまった、というわけじゃ』


「…………は?」


アルジェの顔から血の気が引いていく。


『事の起こりはな……ワシは神界にて、創造の権化として存在しておった。じゃが、人の営みに興味を持っての……魂の一部を切り離し、人間界に霊魂として降りてきたのじゃ。器を探してな。』



神々が存在する領域、神界。その神々の中には、様々な種族が住まう人間界と呼ばれる世界に興味を持ち、魂の一部を切り離して霊魂とし、その霊魂を飛ばして器足り得る生物に降臨、または物体と融合させ、人間あるいは他の生命体として実体を確立し、分身体とすることで神界より人間界へと降り立つものがいた。


合成や付与などにより、新たなものを生み出すことを存在意義とする創造神の霊魂もまた、器足り得る対象を探すべくさまよっていた。


時を同じくして……


館の地下室では、錬金術師アルジェが、祖父から受け継いだ古めかしい魔法結晶と、滑らかな肌を持つ女型人形を前にしていた。彼の目的はただ一つ、錬金術の秘奥をもって、その人形に生命を吹き込み、ホムンクルスを誕生させることであった。



「器……?」


『そう、お主の人形じゃよ。見た瞬間、ビビッときてな。術の気配にも引き寄せられてのぅ……つい、ちょいと拝借しようかと……』


ゴホッ!ゴホッ!


白々しく咳払いする創造神。


「あの、創造神様?いま、“拝借”しようか……とか聞こえた気がしたのですが?」


『き、気のせいじゃ気のせい。話を戻すぞい』


強引に話を続ける創造神。


『つい、うっかり陣の中に足を踏み入れてしもうた瞬間……術の発動対象が人形からワシに切り替わった。しかも、ワシの霊魂と、もともと人形と融合するはずだった疑似魂を宿した魔法結晶が干渉して……弾かれたんじゃ』


「……!」


『結果、結晶は人形ごと弾き出され、ワシの霊魂はお主の身体にズドン! ……しかもその瞬間、術は完成しておってな?』


「……つまり」


『そう。本来、人形と擬似魂を合成するはずだった術が……ワシとお主を“合成”してしまったわけじゃ!』


頭を抱えるアルジェ。


そして、理解した。


「……この状況を作り出した元凶は……つまり……」


額に青筋が浮かびはじめる。


『ワシってば、うっかり屋さん!? てへペロ☆』


こめかみの青筋の数が更に増えた。


「全て貴様の仕業かぁぁッ!?こんの……バ神がぁぁぁッ!!」


怒りの絶叫が地下室に響き渡った。

この瞬間、アルジェが“神”という存在に抱いていた敬意は、跡形もなく吹き飛んだのであった――。

次回タイトル:『バ神と錬金術師』

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