015戦巫女ーー白姫 舞(シラキ マイ)
前回に引き続き、クスッと笑えるようなパートかと思います。
「あの……アルジェ様。お考え中のところ申し訳ないのですけれど……これを、どうにかしていただけないでしょうか……」
遠慮がちな白虎母の視線の先では、シルビアが白く大きな尻尾にじゃれついていた。まるで猫じゃらしを見つけた子猫のように、夢中になってはしゃぎ回っている。
「尻尾を追いかけ回して、何がそんなに楽しいのかしら……。やっぱり、メイドって不思議な職業ね」
白虎が呆れ顔で呟く。
「このモフモフの魅力が分からないなんて……だから、あなたは駄猫なんです」
「どっちが猫よ!」
白虎は思わず全力でツッコミを入れた。
アルジェは、そんなやり取りを横目に苦笑しながら呟く。
「すまない。もう少しだけ相手しててくれないか。あと少しで考えがまとまりそうなんだ」
「……はあ、分かりました。けれど……あのメイド。今の世界の魔法や技術で造られたものとは思えません。あれは、創造神様の力なのですか?」
白虎母がふと、素朴な疑問を漏らす。
『さ、さあての? なんのことやら……わしにはさっぱり分からんのぉ……そ、それよりアルジェよ。この先どうするつもりかの?』
創造神は、どこか焦った様子で話題を逸らした。その反応に、アルジェは小さく眉をひそめる。
(……何かを誤魔化してるな)
だが、今はそれを追及している場合ではない。
「まずはギルドに戻って、依頼の報告だな。地竜が突然襲ってきたことも放ってはおけない」
『うむ。妙な話じゃ。守護獣の力が弱まったとはいえ、たった一体で聖地を襲うとは……正気の沙汰とは思えん。食いぶちが目当てなら、街に降りるはずじゃからのぉ』
その違和感は、アルジェ自身も感じていた。けれど今は、先の計画が優先だ。
「地竜の件はギルドに任せよう。俺たちはリズの街に向かう。あそこなら情報も集まりやすいし、できれば後方支援ができる仲間も欲しいしな」
エターナル大森林には、いまだ魔物や魔獣が跋扈している。慎重に越えるための布陣が欲しかった。
「なら、ここにいるじゃない」
突然、白虎が自分を指さして割り込んできた。
「……ま、まあ。お前の神力結晶を大きくすれば、白虎の姿で戦えるようにはなるか。でも、どう見ても近接タイプだろ。というか、ついてくる気か?」
戸惑いつつも、アルジェは白虎の胸元に手を当て、静かに神力を注ぐ。結晶が、ゆっくりと大きさを増していく。
だが白虎は、そんなことなどお構いなしに語り出した。
「何よ。あたしが行くのが不満なわけ? お母様も元気になったんだし問題ないでしょ。それに……その、アルジェたちと出会って、もっと世の中のことが知りたくなったのよ! べ、別に一緒に旅するのが楽しかったわけじゃないんだからねッ!!」
顔を紅潮させ、必死に毅然とした表情を装う白虎。その様子に苦笑しつつ、アルジェは白虎母を仰ぎ見る。彼女は静かに、優しく頷いた。
「……あっ、言い忘れてたけど。神力結晶が大きくなっても、あたしは完全な白虎にはなれないから。白虎としての存在は半分だけ。だから姿も、半分なの」
言葉と共に、白虎の姿が変わっていく。白と黒の虎柄の体毛に覆われ、足元は虎の後ろ足そのものへ。腕も前足のように変化したが、指先は鋭い爪を持ちながらも人間の機能を保っていた。顔つきも、頬に細い髭が生えた以外は、まだ人間に近い。
「なっ……」
思わず声を漏らすほど、アルジェは驚いていた。
「これが、白虎として覚醒したあたしの姿よ。でも、驚くのはまだ早いわ。ちょっと待ってなさい!」
そう言い残して白虎は駆け出した。言葉通り、数分後に戻ってきた彼女の姿に、アルジェは二度目の驚愕を味わうことになる。
上半身は白の狩衣。肩で切れていて、そこから紐でつながれた袂が肘から垂れている。下半身は赤いミニ丈の袴。腰には前結びの赤いリボン。巫女装束を思わせるが、どこか戦闘的で凛々しさを感じさせた。
「その姿は……まさか、巫女!?」
「そうよ! あたしは白虎神社の巫女、そして――戦巫女でもあるの! このあたしが援護してあげるって言ってんのよ、感謝しなさい!」
破魔弓を手に、堂々と名乗る白虎。
「フフン、驚いたでしょ?」
「……ああ、驚いた。馬子にも衣装ってやつだな」
「驚くところが違~うッ!? この、バカアルジェ!!」
白虎の全身の毛が逆立つ。
『つくづく、からかいがいのあるやつじゃの。フォフォ』
「見た目が変わっても、中身は駄猫のままということですね…」
シルビアが冷めた目で言い放つ。
「残念なやつを見る目はやめてやれ、シルビア。……これ以上は白虎母に嫌われかねん」
その一言で、白虎はぎこちない笑顔に切り替えた。アルジェは苦笑しつつ、話を進める。
「白虎母も了承してるようだし、歓迎するよ……白虎。いや、そろそろ名前をつけてやる時か」
アルジェは目を閉じ、少しの沈黙の後に、ゆっくりと口を開いた。
「舞……白姫 舞でどうだ? 巫女は元々別の世界の言葉で、どこかの神が広めたらしい。その巫女の別称が舞姫。白き舞姫を、異世界風にもじって――白姫舞」
少し照れた様子で、白虎の反応をうかがう。
「白姫舞……いいじゃない! 気に入ったわ! 今からあたしのことは、マイって呼びなさい!」
嬉しそうに笑う白虎――いや、白姫舞。
アルジェは、ほっと胸を撫で下ろした。……と、そのとき。
白虎母が、どこか拗ねたように睨んでくる。
(……しまった。他人の俺が名前をつけたのがまずかったか……)
「すまん、こういうのはやっぱ――」
「ズルいです!!」
白虎母が思わず叫ぶ。
「へ?」
「わたくしも、わたくしも……名前が欲しいですぅ! 聖獣様とか白虎様とか、もう嫌なんですぅぅ……!」
じたばたと地団駄を踏む。その瞬間、本殿全体が激しく揺れた。
「わ、わかったから! おとなしくしてくれ……! 聖――聖なると書いて、ヒジリでどうだ?」
揺れがぴたりと止まる。
「聖……舞の母だから、白姫 聖ですね。うふふ……ありがとうございます、アルジェ様」
聖は嬉しそうに、もふもふの体でアルジェに頬ずりしてきた。思わず、全身がゆるむような心地よさに包まれる。
「ずるいです、アルジェ様ぁ~!」
恨めしげな視線を投げてくるシルビアを、アルジェは徐々に霞んでいく視界の中で捉える。
(……魔力を使いすぎたか。いや、それだけじゃない。今日一日……色々ありすぎたな)
そんなことを思いながら、アルジェは静かに意識を手放した。
次回タイトル:灼熱の咆哮ー地竜の襲来
前回のバトルシーンと違い、今後はしっかりしたバトルシーンになっていきます。
このパートから、だんだんと盛り上がっていく予定です!