014聖獣の目覚め
登場人物の個性が垣間見えるかと思います。
クスッと笑っていただければ嬉しいです。
「なるほどな。それで、これまで白虎がいたおかげで抑えられていた魔物どもが、急に活発になったわけか……」
アルジェはようやく合点がいったように頷くと、腕を組み、神力結晶を見やった。
「事情はわかった。依頼は達成ってことでいいとして、問題はこの神力結晶だな……おい、バ神!神能力とやらで何とかできないのか?」
淡い期待と半ば冗談交じりの口調だったが、アルジェの言葉には本気が滲んでいた。
『残念じゃが、今のワシにはどうにもできんのう。ただ、どうにかできるやつは知っておるぞ』
勿体ぶるような創造神の口ぶりに、アルジェは一瞬だけ眉をひそめたが、黙って続きを待つ。
『お主じゃよ』
「……は?」
あまりに予想外な答えに、アルジェは一瞬言葉を失った。
『神力というのは、魔力に神の力が溶け込んだものじゃ。そこから全ての魔力を抜き取ると、純粋な神の力だけが結晶として残る。――塩水を煮詰めて塩ができるようにな。フォフォフォ。』
「つまり……錬成の応用で、元の結晶に戻せるってわけか。」
アルジェは理解すると、口元に自信を覗かせた。
「やれる……白虎、お前の母親を元通りにしてやれる。」
「ほんとうに……!?」
今にも涙をこぼしそうな白虎の瞳に、希望の光が宿った。
「ああ、任せておけ。」
アルジェは白虎母の額に手を当て、静かに神力を流し始めた。途端、空気が震え、淡く金色の光が結晶から溢れ出す。その光は脈動し、呼吸するかのように揺らめいた。
魔力が抜けていくにつれ、結晶は少しずつ、確かに膨らんでいく。
「ん……う……」
薄く唇が動き、閉じられていた瞼がゆっくりと開かれた。
「これは……あなた方は……?」
「お母様!」
白虎が駆け寄り、涙をこらえきれずその頬に顔をうずめる。
「ああ……愛しい我が子……」
白虎母は微笑むが、その声はまだか細かった。
「悪いけど、感動の再会はもうちょっと後にしてくれ。まだ終わっちゃいない。」
アルジェは再び手を額に当て、目を閉じる。
「錬成……」
ふたたび神力が流れ、周囲の風が静かに渦を巻く。光の粒子が宙に舞い、結晶がみるみるうちに輝きを取り戻していく。そして——。
轟音のような脈動とともに、白虎母の身体が金光に包まれた。華奢だった体はぐんぐんと巨大化し、やがて巨象ほどの大きさにまで膨れ上がる。目の前に立つのは、紛れもなく本来の聖獣・白虎の姿だった。
「……っ!? これは……!」
目覚めて早々に、白虎母は驚愕しつつ、身体を見下ろした。
「モフモフです! アルジェ様、モフモフですよー!」
シルビアが光の尾を引きながら飛び込み、巨体の前足にしがみつく。
「んもう、鬱陶しいですわ!」
白虎母はそのままシルビアを口にくわえ、軽々と彼女を投げ飛ばした。
宙を舞うシルビアは、前方宙返りで見事に着地。
「10.0です!」
理解に苦しむ評価を一人で下していた。
「メイドを雇おうとした私の愚かさを呪うわ……ありがとう、アルジェ。」
ひきつった顔で白虎が感謝を告げる。
「あれを基準にされても困るんだがな……」
アルジェが苦笑を浮かべる。
「連れが騒がしくてすまない、白虎母……でいいのか?」
「どうぞ遠慮なさらず、恩人さま。……あなたの中に宿るものも、感じ取っております。」
その眼差しは、アルジェの奥底を見抜いているようだった。
「俺はアルジェ・シンセシス。アルジェでいい。」
「では、アルジェ様……あなた様は、神……なのですか?」
質問に、アルジェはこれまでの経緯を簡潔に語った。
「……数奇な運命でございますね。けれど、それならばお力になれるかもしれません。」
一呼吸おき、白虎母は娘を鋭く見据えた。
「愛しき我が娘よ。こちらへおいでなさい。」
「えっ、な、なに……?」
「だ〜れ〜が、老いたせいで眠りについたですって?」
冒険者ギルドに、どこまで真相を話していいか分からなかった白虎は、眠りについた理由を“老いたため”と説明していたらしい…
「ひぃ!? ごめんなさーい!!」
白虎は全力で逃げ出し、白虎母はその背後に迫る。
「ちなみにわたくし、人間で言えば三十二歳ですのよ?」
白虎母は満面の笑みを浮かべてみせる。
「いや、それはちょっと……」
「三十二歳ですっ!!」
アルジェはすぐに先ほどの白虎の気持ちを理解した。
「……ごほん。失礼しました。それで、知恵と知識の神についてですが——」
白虎母はすっと真顔に戻る。
「女神様には数年前、お会いしております。エルフの姿で現れ、娘のための“知恵”を授けて下さいました。神力結晶の一部を娘に与える案も、そのときの助言です。」
「……その女神、どこに向かったか、あるいは今どこにいるのか、手がかりは?」
「確実ではありませんが……エターナル大森林にあるエルフ族の集落に滞在しているかと」
「どうしてそう思う?」
「女神様はエルフの姿で、従者に梟の獣人を伴っておりました」
その瞬間、アルジェの中で一つの点と点が繋がった。
「そうか……マーベル連邦南部の“リズ”の街……。エルフと親交のある、あの街の建設を主導したのが、知恵の象徴とされる梟の獣人だったな」
口元に確信めいた笑みを浮かべながら、アルジェは新たな目標を胸に刻む。
——知恵と知識の女神。エルフの器に宿った、その存在を求めて。
次回タイトル:戦巫女ーー白姫 舞
引き続き、クスッと笑っていただけるようなパートかと思います。