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013選ばれた命

聖地は、見渡す限りの山々を切り落としたように、異様なほど平坦だった。


その地に足を踏み入れるなり、アルジェよりも先に、創造神が目を丸くして感嘆の声を上げた。


「フォフォ! こりゃまた珍しい……この世界で神社を見る日が来るとはのう!」


広大な聖地の中央には、異質な存在感を放つ巨大な建築物――厳かに構えられた神社が鎮座していた。


「これが……神社か。話には聞いていたが、変わった建物ばかりだな……」


アルジェが眉をひそめると、創造神はひときわ満足げに頷いた。


「神社というのは、本来はこの世界のものではないんじゃ。異なる世界で神を祀るために作られた建築様式よ。この世界では、神殿の方が一般的じゃからのう。きっと、どこぞの神が地上に降りたついでに、自分の趣味を押し広めたのじゃろうて。フォフォフォ!」


あまりに軽薄な物言いに、アルジェは思わず顔をしかめた。


「……そんな軽いノリで異世界の文化を持ち込んで大丈夫なのか?」


「影響が小さければ、誰も咎めはせんよ。見てみい、あそこの白虎が着とる服……たしか“パーカー”とか言ったかの? あれも神の誰かが広めた“ファッション”とやらの一種じゃよ」


白虎の現代的な服装を見て、アルジェは頭を抱えた。


(神ってやつは……まったく、やりたい放題だな)


「まあの、神界には“神界規定”という掟があっての。よほどのことをしない限りはセーフじゃ。しかしそれを破るような神は……わしと、もう一人くらいしか知らんがな。フォフォフォ!」


「今すぐお前の信者たちに謝ってこい、バ神!」


軽口の裏に隠されたとんでもない発言に、アルジェは軽く眩暈を覚えた。


気を取り直し、彼の目に最初に飛び込んできたのは、「白虎神社」と刻まれた額束を掲げた朱塗りの大鳥居だった。


そこから石畳の参道がまっすぐに延び、両脇には等間隔に灯籠が並ぶ。参道の先には拝殿、そしてその奥に本殿が構えられている。


「お母様のところに案内するわ。こっちよ!」


白虎が駆け出す。


「白虎母は……本殿に?」


「ええ。本殿がこの山の中心、最も魔力が集まる場所なの。お母様はそこで眠りにつきながら、魔力を神力に変換して回復させているのよ」


鳥居をくぐった瞬間、アルジェは空気に異様な違和感を覚えた。


「……今のは?」


「結界じゃな。しかも、かなり強力なやつじゃ」


創造神が目を細める。


「ああ……結界が破られていないということは、白虎母はまだ無事、ということだな」


白虎は参道を左に逸れ、拝殿と左手前にある白虎の石像の間を通って本殿横へと向かう。口を開けたその像と対になるように、拝殿の右手前には口を閉じた白虎の像が置かれていた。


「狛犬ならぬ、狛虎かの……フォフォ、なかなか洒落とるわい」


「何か言ったか? バ神」


「いやいや、何でもないぞい。それより、着いたようじゃ」


彼らは拝殿の横を抜け、本殿の階段の前で立ち止まる。本殿は黒と朱を基調にした、平屋の三角屋根の建物。質素ながら、どこか重厚な威厳を感じさせる。


広めの入り口には紙垂付きのしめ縄が垂れ、神聖な気配が空気を震わせていた。


「入るわよ」


白虎が引き戸を開ける。アルジェは息を呑みながらその後に続いた。


中は横長で、壇上に小型犬ほどの獣が静かに横たわっていた。白銀の毛並みは柔らかく揺れ、額にはいびつな金色の結晶が埋まっている。


「な、な、何ですかこの生き物は! 思わず抱きしめてモフモフしたくなる珍妙さ!?」


突然、シルビアが顔をだらしなくほころばせて飛び込んでくる。


「珍妙言うな! これでも私のお母様よ! 神力が足りないから、元の姿に戻れないの……」


白虎は悲しげに視線を落とした。


「そうだったのか……いや、俺ももっと巨大で威厳ある姿を想像してたから、ちょっと驚いた」


アルジェも壇上に近づき、顔を寄せて獣の様子を窺う。


「どうだ、バ神」


「うむ……神力結晶がずいぶん小さくなっておるな」


「神力結晶?」


「神力が結晶化したものじゃ。神の力を魔力に浸透させることで、神力を宿した魔法を発現できる。ただし、使えば使うほど結晶は消費され、再び結晶化させるには膨大な時間と力を要するがの……」


創造神は淡々と続けた。


「とはいえ、それなりに神力は蓄積される。こんなに小さくなるには、尋常でない消費があったはずじゃが……」


その言葉を聞いた瞬間、白虎の表情が陰った。


「……あたしのせいよ」


そう言って、白虎は襟を掴み、胸元を静かに引き下げた。そこには、黄金に輝く神力結晶の欠片が、皮膚に埋め込まれていた。


「あたしは……半分獣人で、半分白虎の存在。お母様の中で、混ざり合うようにして生まれたの。でも、そのまま生まれてしまえば、神力結晶を持たない私は、自分の中にある“白虎の存在”を保つことができなかった」


白虎の目に、涙が浮かぶ。


「白虎の存在が消えれば、私の命も……どうなるかわからなかったの」


アルジェは静かに言葉を引き継いだ。


「それで、神力結晶の一部を受け継ぐことで、お前自身の存在を固定した……」


白虎は、声もなく頷いた。


「……けど、そのせいで白虎母は力を失い、目覚めなくなった。お前も完全体になれないまま、か」


創造神が低く呟くと、白虎の肩がわずかに震えた。


「全部……あたしが、生まれたせいなの……」


ぽたり、とひと粒の涙が床に落ちる音が、静寂を切り裂いた。


しばしの沈黙の後、創造神が穏やかな声で口を開く。


『……じゃが、それはお主のせいではない』


白虎は、はっと顔を上げた。


『命を与えるとは、何かを失うことじゃ。それを知りながら、それでも母はお主を選んだ。それは──“悔いのない選択”だったのじゃよ』


アルジェは、白虎の母の姿をもう一度見つめた。小さなその身体は眠ったままだが、その額の結晶は微かに揺れていた。


まるで、呼びかけに応じようとするかのように。

次回タイトル:聖獣の目覚め

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