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012灼熱の渓谷と熱砂に眠る炎の石

翌朝、陽が昇りはじめると同時に、アルジェたちは野営地をあとにした。


渓谷の入り口が見えてくると、アルジェは馬車を街道の端に寄せて停め、手綱を引いて馬から降りる。岩壁の一部に手をかざし、錬成で小さな突起を作り出すと、馬の手綱をそこへしっかりと結びつけた。


「ここから歩きで半日ってところか……夕暮れまでには着いておきたいな」


そうつぶやき、アルジェは白虎へと視線を向けた。


「白虎、渓谷の様子を先に見てきてくれないか? お前の耳は、本当に頼りになるって痛感したからさ!」


おだてるような口調に、白虎はぴくりと耳を動かす。


「べ、別に褒められたから行くわけじゃないんだからね! しょ、しょうがないから行ってあげるのよ。感謝しなさいよね!」


強気な口調に反して、どこかはにかんだ表情を浮かべると、白虎は勢いよく渓谷へ駆けていった。


「チョロいな……」


アルジェが小さくつぶやくと、それに被せるように創造神の声が響く。


『チョロいのぉ……』


「チョロい駄猫です」


シルビアの冷静な一言に、アルジェは思わず苦笑した。


しばらくして、偵察を終えた白虎が戻ってくると、一行は渓谷の中へと足を踏み入れた。


渓谷はまっすぐ北へと延びており、その先はガイアス公国の領土へと続いている。北側から流れる川は、左岸の切り立った崖に沿って南へと流れ、右岸には広々とした河原が広がっていた。その奥には、わずかに草木を生やした禿山が、空へ向かって静かにそびえている。


多くの巡礼者が通るため、山裾には自然と細い道ができていたが、現在は魔物の頻出により、調査隊や討伐依頼を受けた冒険者以外の立ち入りは禁じられている。

道を進むうちに、渓谷の中ほどで分かれ道に差しかかった。一方はガイアス公国へと抜ける道、もう一方は、聖地が眠る山頂へと続く登山道だ。


その分岐点で、アルジェが提案した。


「この辺りで一度、休憩しよう。ここから先は登りが続くしな」


「そうね。獣人のあたしは平気だけど……人間のあなたたちには、ちょっと大変かもしれないわね」


白虎は平然とした表情を浮かべていたが、それとは対照的に、アルジェの額からは汗が滝のように流れていた。


「ああ、助かる。それにしても……聞いていた以上に暑いな……」


水袋を手渡しながら、アルジェはぼやく。普段から薬草や食料を求めて森を歩き回っている彼には、それなりの体力に自信があった。しかし、ここで感じる暑さは常軌を逸していた。肌を刺すような熱気が、まるで目に見えぬ重い布のようにまとわりつき、呼吸すら熱を含んでいるかのようだ。


すると、頭の中に創造神の声が響く。


『この辺りの地層には炎硝石が多く埋まっておるからの。それが熱の元じゃろうて。フォフォ』


炎硝石――強大な炎の魔力を内包した鉱石だ。激しい衝撃を受けると爆弾のような大爆発を引き起こす危険性を持つ。大きさに比例して破壊力も増し、魔道具や錬金素材として重宝されるが、取り扱いには高度な知識と注意が求められる。


この渓谷の大地は、かつての火山活動によって流れ出た溶岩が冷えてできた火山岩で構成されている。長い年月の中でその岩が風化し、地中に炎硝石を含んだ土壌を生み出してきた。その地熱がいまも地表に影響を及ぼし、渓谷全体を灼けるような熱で包み込んでいるのだ。


(炎硝石か……使い方さえ間違えなければ、貴重な素材になるはずだ)


アルジェは水袋を手に、川へと向かった。


錬成で水を浄化しながら補給しつつ、川底の岩や岸辺に埋もれた炎硝石を注意深く選び、いくつかを採取していく。ほんのりと熱を帯びた石が掌に触れた瞬間、彼の脳裏に過去の事故の話がよぎった――爆音と閃光、吹き飛ばされた荷車。慎重に扱わねば、一瞬で命取りだ。


だが、それでもアルジェは手を止めなかった。


(慎重に扱えば、必ず役立つ)


そう確信しながら、石を錬成し、慎重に収納空間へと収めていった。


休憩を終えた一行は、再び聖地を目指し、禿山の登山道へと足を進めた。

傾斜が急すぎて、直登は不可能に近い。だが、簡素ながらも整備された山道は蛇行しながら山頂へと続いており、ゆるやかに高度を上げていく。


登るにつれ、大きな岩や露出した石が道をふさぎ、足場は徐々に不安定になっていった。草の姿は次第に消え、禿山はやがて岩山へとその姿を変えていく。


だが、夕暮れが山肌を赤く染めはじめる頃、ついに彼らは、聖地と呼ばれる場所へとたどり着いた。

次回タイトル:選ばれた命

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