進路相談とカスタードプリン
1
「すみを、気晴らしに連れてってくれないか。」
幸佑にそう頼まれたのは、7月も半ばを過ぎた頃だった。
確かに、想太の目から見ても、ここ暫くのすみの様子は、おかしかった。
深刻な表情で何か考えていることが多いし、何よりすだま封じの時に、1人で飛び込んでいくような無茶が増えた。遂に前回、すだまに吹き飛ばされて、右手首を捻挫してしまったのだ。
なので、幸佑が、
「8月が終わるまで、依頼は受けない。」
と言い出した時、想太もほっとしたのだ。
すみは不満そうだったが、利き手を痛めては思うように動けないらしく、最後には幸佑の判断に従った。
今は店番も禁止されて、部屋に閉じこもって居るらしい。
「と言っても、飯の支度や洗濯なんかは、いつの間にかしてるんだよ。そういうところがまた強情というか…。」
そう苦笑する幸佑の表情も、どこかくたびれて見えた。
「本当に、急にどうしちゃったのかねぇ。」
(今日もか。)
1人分だけ用意された夕食を見て、幸佑はため息をついた。
これは、一度無理にでも話すべきだろうか。だが、一体何を話せば良いのかが、わからない。
階段の下に立って、小声でゆきを呼ぶ。
すると小さな白い影が、するすると階段を降りてきた。
「何か心当たりはないのか?」
そう訊く幸佑に、ゆきは仕方なく、頭を振った。
「進路のことで悩んでいるみたいだ。あの子は何かと、他の子とは違うし。」
(あの男がすみに言ったことを、全て言ってやれれば良いのに!)
唸り声をあげそうになるのを、どうにかこらえる。
あの日のことを、すみは幸佑に言いたくない、と言った。これ以上背負わせたくないと。
実際修学旅行から戻って数週間、すみは完璧にいつも通りに過ごした。だが段々と無理が出てきて居るのだ。
「今は、そっとしておいてやってくれないか。もう少しすれば、落ち着くと思うんだ。」
ゆきの言葉に、幸佑も頷いた。
「ゆきさんがそう言うなら…。」
だが、果たしてこれが正解なのか、ゆきにも分からないのだった。
2
喫茶猫森の裏庭には、すみの膝の高さほどまでの小さな祠がある。光子からその守番を引き継いでから、すみは朝夕水を一杯と、煮干しを一匹、欠かさずに供えていた。
その他に、新月の夜は、その日手に入った1番活きの良い魚を供え、一月無事に過ごせたことを、猫神様に感謝する。
祠は、かつて猫森のほとりにたっていたものの名残だ。時が移ろい、人々の信仰を失い、猫神様が隠り世にお移りになった後も、その地に暮らす人々の手によって、ひっそりと守られてきた。
かつて、喫茶猫森を始めるために、光子と夫は、この祠を守ることを条件に、この家と庭を買い取った。前の持ち主も同様に、その前の持ち主もまた、と言った具合に、猫森の祠は、時を超え、血筋も超えて、この地に残り続けてきたのだ。
すみとゆきの預かり先として、この家が選ばれたのも、このためだった。
すみたちが魚を供えて少し経つと、祠の扉が、内側から開き、風が木の葉を巻き上げた。扉の向こうには巨大な金色の目が現れ、ぎょろり、と2人を見つめた。
「猫神様、御使いの三毛様、今宵もまた、無事にお迎えすることが叶いました。ありがとうございます。」
膝をついて平伏する。庭の草からは、夜露に湿った匂いがした。
三毛は、鼻を鳴らすと、珍しく、口を開いた。真っ赤な口に、鋭い歯が並んでいる。
「すみ、お前、妙な匂いをさせているね。」
すみは肩を震わせた。三毛様に悟られるほど、影響を受けていたとは。
(情けない…。)
言葉が出ないすみに代わり、ゆきが進み出た。
「実は先日…。」
「それはまた、愚かな人間が居たものだ。」
話を聞いた三毛は吐き捨てた。
「六花はただ、すみの命に引き寄せられているだけ。人間にどうこう出来ることじゃない。」
「…もしかして、私はその力を、人に分けたりすることは、出来るのでしょうか。」
「言っただろう、命に引き寄せられているんだ。命を分け与えるなんてことは、神にしかできない。覚えておいで、すみ。お前は運良く猫神様の命を分け与えられただけの、人の子だ。それにより、何が起きようと、何が起きなかろうと、お前にどうすることもできない。だからこうしてお目付役にゆきがついているのだ。世に大きな混乱を起こさないようにね。」
「…なら他に、すだまを寄せ付けないようにする方法はないのでしょうか?」
「…ごく稀に、極めて清らかな魂を持った者、あるいは、そこまで魂を磨き上げた者は、そういった力を持つと聞いたことがある。どちらにしろ、常人には不可能な話だ。
ではまたな。すみ、ゆき、猫神様から授かったその命、大切にするように。」
三毛が身を翻すと、祠に風が吸い込まれ、扉が閉まった。お供えの魚もいつの間にか消え、猫森の庭には、まるで何事もなかったかのような、静寂が戻った。
ゆきが不安気にすみを見上げた。
「すみは、あの男に言われたことを、気にしているの?」
「そこまでじゃないけど…少しは。やっぱり、気になって。」
堪らなくなって、肩に飛び乗り頰に頭を押し付ける。
「くすぐったいよ。」
すみの声が少し笑っていて、ゆきはほっとした。
(あぁ、なんて優しくて可哀想な子!この世に自分と同じような相手が、1匹もいないなんて。せめて私だけは、ずっとこの子のそばにいられますように。)
ゆきは自分を目付役に選んでくれた猫神様に心から感謝した。
3
その子どもは、自分と同じくらいぼろぼろだった。
それでも、仔猫を抱き上げた小さな手は温かく、母や兄弟達を思い出させた。
小さな二つの命は、ひっそりと幸せを分け合って暮らした。
薄暗い部屋、ゴミ袋の山に隠れるようにして、子どもは仔猫に、パンの欠片や牛乳をくれた。
怪物のような大人達が帰ってくると、仔猫はベランダの段ボールの中に隠されて、また子どもが開けてくれるのを待つのだった。
その日は運が悪かった。大人達が皆出かけて、やっと仔猫を中に入れた途端、なぜか1人だけ戻ってきたのだ。男は、見るからに機嫌が悪かった。
「臭えと思ったら、このガキ、隠れて猫なんて飼いやがって!」
仔猫は子どもの手から取り上げられ、窓の外へ投げられそうになった。
「やめて!」
子どもは必死に太い腕にしがみつき、ぶら下がったが、初めての抵抗に、男は激昂した。
「なんだ、その態度は!」
掴み上げられ、叩きつけられた細い体は、ベランダの手すりに当たり、外へと転げ落ちた。
悲鳴と怒号が飛び交う中、子どもの顔に自分の顔を擦り寄せた。
温かったはずの頬が冷たくなって行く。
気づいた時には仔猫は走り出していた。藪を抜け、道路を駆け抜け、かつて母に教えてもらった場所を目指して。
小さな足に血が滲み、毛もあちこち赤く染まった頃、小さな庭の片隅の、小さな祠に辿り着いた。
「お願いします。」
前足で祠の扉を叩くが、返事がない。
「お願いします。」
もう一度声をかけて、今度は扉をこじ開ける。隙間から体を捩じ込むと、真っ暗な、広い空間に出た。はるか上空で、星々が美しく瞬いている。
地上にもたった一つだけ、ずっと先に、ぼうっと明かりが見える。仔猫はそちらに向けて、かけ出した。
暫く行くと木立が現れ、次第に深い森へと変わって行く。明かりの元に辿り着き、仔猫は思わず足を止めた。
森の奥の広場で、何十匹もの猫が、思い思いに寛ぎ、その目や口元にめらめらと、鬼火を灯していたからだ。猫達は仔猫に気がつくと、口々に声を上げた。
「おや仔猫だね。」
「仔猫とは珍しい。」
「どうしたね、小さな仔。」
「どうか、妹を助けてください!」
「ふむ。」
仔猫の匂いを嗅いだぶち猫は、飛び上がって、毛を逆立てた。
「妹、だと!人の子じゃないか!」
仔猫を囲むざわめきが一斉に大きくなった。
「人の子が妹だと。どう言うことだ?」
「知ったことか。人のことは人の神に任せておけば良い。」
猫達の声を遮るように、仔猫は声を張り上げた。
「妹は、私を助けるために命を落としたのです!お願いします。どうか助けてください…。」
「なるほど、それは話を聞かねばなるまいね。」
突然、森の奥から、木のてっぺんまで届きそうなほどの、大きな黒猫が歩み出た。
「猫神様」
猫達が一斉に平伏する。木々までも、猫神のために身を折って、道を開けているようだった。
黒い毛並みは、夜空のように美しく、ところどころ星が散ってゆらめき、金の両目は恐ろしいほどに、美しく輝いていた。
「怪我をしているね。」
猫神は身を屈めると、大きな舌で、仔猫ひと舐めした。忽ち傷は癒え、倒れそうだった体も軽くなった。
「ありがとうございます。」
平伏する仔猫をみて、猫神は考えを巡らせているようだった。
「妹、そう、確かにあれはお前の妹のようだ。…同族を守り、命を落とした者であれば、捨て置くわけにはいかぬ。…だが、私の命を分けた者が、過ちを冒さないか、そう危ぶむのも、もっともな話だ…。」
猫神は身を屈めると、仔猫の目をじっと見据えた。
「よくお聞き、白い娘よ。私には、お前の妹を助けることができる。だが、それをするには幾つか条件がある。
まずひとつは、お前の妹が、私の分けた命でもって、他の命を傷つけ、踏み躙らないこと。
もうひとつは、お前の妹が、どこにも仲間を持てず、ー私の命を分けるとは、それだけ神に近づくと言うことだからね。-絶望することがあれば、その命を返すこと。ー私はそのような命を生み出すことを望まない。
最後は、お前がこれから、人の子である妹と、同じだけの時間を生きて、この子を見守り、この約束を守らせると、そう誓うことだ。」
直ぐに開いた口をそっと押し留め、猫神は続けた。
「良いかい、よく考えて答えるんだよ。人の寿命は猫の5、6倍。お前は友人も恋人も皆、見送らなくてはならないだろう。ただの猫として生きる幸せは全て捨てて、それでもお前は妹を助けたいと願うのか。」
「はい。必ず生涯見守ると誓います。どうか妹を助けてください。」
仔猫の目に迷いはなかった。
「良いだろう。」
猫神は、仔猫の額に、大きな鼻先を寄せた。そのまま口の中で何事か呟く。
「今、お前と妹に名を与えた。戻って呼んであげなさい。」
「猫神様、本当に、本当にありがとうございます。」
何度も何度も頭を下げながら帰って行く仔猫を見て、猫神はまた物思いに沈んでいた。
お付きの三毛が猫神を見上げる。
「あの子も妹も、幸運です。」
「そうかな。世にも哀れな命を二つ、生み出してしまったのかも知れない。…だが、出来るだけのことはするとしよう。三毛、猫森の地に、我らと繋がりのある者は残っているか。」
「1人だけ。」
「ならば、その者と、猫森稲荷様のお使いにことづけを。それから鯖、」
「はい。」
「お前はあの娘の縁者に、二度とあの子に関わらないように、そう伝えてくるのだ。」
「承知いたしました。」
4
物音に起こされた幸佑が、襖を開けると、光子が部屋を飛び出してきたところだった。
そのまま階段を駆け降りようとする光子を慌てて抱き止める。
「ちょ、危ないって。どうしたんだよ、ばぁちゃん。」
「お告げがあったんだよ。」
血の気が引いた顔で光子がつぶやいた。
「はぁ?お告げ?」
確かにすだま封じなんてことをしてはいるが、幽霊だとか、お告げだとかとは、自分たちとは無縁の事ではなかったろうか。
「とにかく、猫森稲荷に行かないと…。」
そう繰り返す光子を一人で行かせるわけにもいかず、幸佑も光子について、猫森稲荷に行くことになった。高等専修学校の調理科を卒業したばかりの、春の夜のことだった。
鳥居をくぐった途端、何かが「居る」のが分かった。夥しい数の何かが、こちらを、伺っている。
「鈴木光子殿、お付きの方、お待ちしておりました。」
顔を上げると、提灯を持った巫女が、立っている。
「ご心配なく、皆様子が気になるにです。例にないことですから。」
「例にないこと?」
「直接お聞きください。では、どうぞ、ここから本殿へ。」
提灯で照らされた階段を登ると、神主が2人を待ちかねていた。
「光子さん、幸祐くん、来てくれて良かった。もうお待ちだよ。」
「待つって一体…。」
手を引かれ奥に進むと、…人の背丈程もある、白狐と三毛猫が、2人を待ち受けていた。
固まる幸佑をよそに、光子はす、っと膝をつき、綺麗に三つ指をつくと、頭を下げた。
「鈴木光子でございます。」
幸佑も慌てて光子を真似る。
「染井幸祐でございます。」
背中を冷や汗が流れ落ちて行った。
「猫神様のお使いの三毛様と、猫森稲荷様のお使いの白狐様だ。」
神主からの紹介が済むや、三毛猫が話し始めた。
「猫神様が、お命を分かち与えた霊猫憑きと、そのお目付の霊猫が、現れた。猫森と縁のある鈴木光子殿に、この子を人として育ててやってほしい。また、この地を守る猫森稲荷様には、この子の成長を見守ってほしい旨、お願い申し上げた。」
白狐が頭を下げる。
「確かに言付かりました。」
「子どもの名はすみ、歳の頃は5つ、ここより北に3里程の、誠光病院に入院している。目付役の白い仔猫が1匹ついているので、直ぐわかるはずだ。…では、頼んだぞ。」
それだけ言うと三毛猫の姿は消えてしまった。
白狐を見ると、こちらも姿を消している。
「これは、どうしたものかしらねぇ。」
急に広くなった本殿に、光子の声が、馬鹿に大きく響いた。
そこから先のことは、幸佑も詳しくは知らない。
それから毎日、大人達(光子と神主の他に、藤代先生に清水先生、弁護士の楠木先生もいた。)は長いこと話し合い、恐らく数多くの手続きを済まして、すみとゆきは喫茶猫森にやって来た。
すみが、頭と体のあちこちに包帯を巻いていたこともあって、
(随分痛々しい子だな)
と言うのが、幸佑の抱いた感想だった。
ろくに喋らないのも、人の姿に怯えて隠れるのも、ひどく食が細いのも、幸佑のこの思いを一層強める要因になった。
片手に収まるような小さな茶碗に、軽く盛ったご飯ですら、食べきれないすみは、丼で2杯も3杯もおかわりする幸佑には、信じがたいひ弱さだった。
とはいえ、就職を決め次第、家を出ていくつもりの自分が、深く関わっても良いことはないだろう、と幸佑は考えていた。家を出る直前に、こんな心配事が降って湧くとは思っても見なかったが、かといって自分の将来を犠牲にするつもりはない。
なのでそれは、ほんの思いつきというか、気休めのようなものだった。
当時、猫森の菓子類の調理は、幸佑が担当していた。偶々作っていたプリンを見て、
(プリンなら、食べるかな。)
と思ったのだ。
一つ取り分けて付箋にすみ、と書いてから、
(そういえば、字は、まだ読めなかったかな。)
と思い至る。とにかく誰の分かわかれば良いのだし、と残りの余白に猫の絵を描いて、冷蔵庫にしまった。
すみがそのマークを見つけたのは、猫森に来て、暫く経ってからのことだった。
「おばあちゃん」に言われて、冷蔵庫を開けると、猫の絵を描いた紙切れを貼ったカップが一つ、置かれていたのだ。
「幸佑が入れたのね。すみの分だって書いてあるのよ。」
幸佑とはこの家に住んでいる、大きい人のことだ。何も嫌なことはしてこないが、体も声も大きいその人のことが、すみは少し苦手だった。
「おばあちゃん、これ何?」
「カスタードプリンっていうの。とっても美味しいのよ。」
なぜかこの日から毎日、冷蔵庫には猫のマークのカスタードプリンが入れられているようになった。
思えば、すみが何かを「楽しみ」にするということを知ったのは、この時だったかも知れない。
もう暫くして、幸佑は就職が決まり、家を出て行った。
冷蔵庫のプリンも姿を消した。
だが、その頃には、すみは少し食べることが好きになっていた。
5
動物園では一緒に写生をしたし、部屋にはモネやゴッホの展覧会図録も有ったので、すみもきっと絵は好きだろう。そう思いながら想太は、先ほどからメッセージを書いては消し、書いては消し、を繰り返していた。
動物園の時は、その時の会話の流れで誘っていたので、ちゃんと意識して誘うのは、これが初めてだ。
「今度の土曜日、良ければ一緒に美術館に行かない?」
返事は直ぐ返って来た。
「行きたい。」
続いて、「ありがとう」のスタンプ。
もしかしたら、すみちゃんも幸佑さんも、喧嘩を止めるタイミングを見失っているだけなのかも知れない。
(何かキッカケがあれば良いんだけどな。)
せめて気晴らしになれば良いと、想太はもう一度、美術館の見所が書かれたガイドブックを広げるのだった。
夏の日差しも厳しくなると、空調の効いた美術館のありがたみが一気に増す。
想太とすみは、時折感想を交わしながら、1点、1点ゆっくりと作品を堪能した。混雑必至の企画展ではなかなか叶わない常設展の醍醐味だ。
「想太は、絵が本当に好きだよね。進路は、美大とか目指してるの?」
モネの描いた雪景色を観ている時、そう訊かれて、想太は戸惑った。
(そっか。すみちゃんは今中3だったっけ。)
色々と複雑な事情を抱えた子だ。他の人よりも悩むことが多いかもしれない。
それなら自分は、出来るだけ、誠実に答えたい。
「うん。今は美大に行けたら良いなって思ってる。まだ学校の情報集めたりとか、美術や担任の先生に相談したりしてる段階だけど。あ、でもね、美大に行きたい、というか、自分がこんなに絵が好きだって思ったのって、割と最近なんだ。」
「そうなの?」
「うん。小学生くらいまでは、本当に絵が好きで描いてたんだけど。中学生くらいになると、周りの上手い人と比べて落ち込むことも多くなって。
でも、信じられないくらい綺麗なものに出逢って、どうしても描きたいって、また思うようになったんだ。
…すみちゃんの、お陰だよ。」
「え?」
すみの大きな瞳が瞬いた。
「すみちゃんに助けてもらった時、狭間に引き込まれて、苦しいし怖いし、それどころじゃ無いはずなのに、全部どうでもよくなるくらい、綺麗だったんだ。六花を纏ったすみちゃんは。
なんでかな。六花って、神社とかで見かける時は、白いんだけど、人の側に在る時は、少しだけ、色づくんだ。幸佑さんは橙っぽく、司は青っぽく。
すみちゃんは、まるで雪に陽の光が反射したみたいに、数えきれないくらいの色が一斉に輝いて、本当に綺麗なんだよ。」
「…そんなこと、初めて言われた。」
「え、そうなの?おかしいな…。え、すみちゃん、どうかした?」
気がつくと、すみの目からは、涙が溢れていた。
「私、自分に六花が集まって良かった、なんて思ったこと一度もなくて。
本当は、なんで自分ばっかり、って思ってたけど。今、一つだけでも良かったことが見つかって…。」
しゃくりあげるすみの背中を、想太は慌てて撫で上げた。
「ごめん、すみちゃん…。俺、なんか、無神経なこと言って…。」
「謝らないで…。」
想太の手が背中を撫でるたび、涙が溢れた。
すみ自身、なんで自分がこんなに泣いているか、わからなかった。
すみが泣いている間中、想太はそっと、すみの背中を撫で続けていた。
美術館に行った帰り道、すみは商店街の入り口で、司にあった。
「おぉ、すみ。久しぶり。怪我したって聞いたけど、大丈夫か?」
「うん、もう平気。司こそ、どうしたの、こんなところで。」
「この前のことで、先生から猫森行くの、ずっと禁止されてて、今日やっとお許しが出たんだ。それで、改めて謝りに来たんだけど…。その…すみにも、酷いこと言って、悪かった。」
しゅん、と萎れた様子を見ると、師匠の清水先生によっぽどこってり絞られたのだろう。
「もういいよ、別に。」
「うん。…あ、そうだ。そういやお前、受験すんの?」
「は?」
「いやなんで、そこで怒んだよ。」
「いや、なんで皆同じこと訊くのかと思って…。」
「そりゃお前、今年中3だし。参考書とか、いるかと思って。」
「え、意外…。」
「あ?」
「いや別に…。出来れば、幸佑みたいに、調理科のある学校を受けたいと思ってるんだけど、お金もかかるし、ちょっと迷ってて。」
「迷ってるなら、さっさと相談したほうが良いぞ。」
「迷ってるのに?」
「家族とか、先生とか、友達とか、とにかく色々相談してみろよ。お金なら奨学金だってあるし、学校も良い所知ってる人がいるかもしんないだろ。俺も今の高校、塾行く金もないしって諦めてたけど、先輩が参考書くれたり、担任の先生が勉強見てくれたりして、なんとかなったぞ。」
「本当、意外…。」
「だから、なんなんだよ。」
「ごめんごめん。」
むっと顔を顰めた司に、少しおどけて謝れば、沈んでいた気持ちが、久しぶりに晴れた気がする。
恥ずかしかったけれど、泣いたことでひとつ、吹っ切れたのかもしれなかった。
(家に着いたら、まず幸佑に謝ろう。)
そして、進路のことを、まだ何も決まっていないけれど、取り敢えず、相談してみよう。