-科学者の場合-
『勇者の伝承』
どこまで信じますか?
本当でしょうか?
確認したいと思いませんか?
1.
夜。
リンダ―ジ王国城内 科学研究所。
薄暗い研究所の中で彼の手のひらに収まるのは透明な球体。
「できた、、、あとは実際に使ってみるしかない。」
この数ヶ月間悩み続けた。
後悔はない。いや、ある。
これが失敗して公になると自分は犯罪者だ。
研究員としての生命が危ない。
それでも決行を決めたのは
小さな野心と憧れ、自信。
「よろしくお願いします。」
立ち入り禁止の扉をそっと閉め、
休暇届を机に置き、
静かにつぶやきながら外へ出た。
2.
王都からピュレ遺跡までは歩いても1日もあればたどり着ける。
夕方には遺跡の管理をしている町まで行けるだろうからそこで一休みしよう。
治安のいい地域のため道中の心配はあまりない。
晴れた空に、緑の香りを運ぶサラッとした心地のいい風。
すべてが人生をかけた実験の後押しをしてくれているようだ。
フィポルに着いた頃には辺りは再び薄暗くなっていた。
日頃の運動不足がたたり、足はもうガクガク。
インドア派のくせに冒険っぽいからと徒歩を選んだのが間違いだった。
帰りは絶対に歩かない。かたく誓った。
「すみません、宿か、どこか泊まれるところってありますか?」
「それなら町の南側の酒場の隣に大きい宿屋があるよ。」
「ありがとうございます。行ってみます。」
大きい宿、目立たなくて済むのでありがたい。
夜の酒場は怖いので明日の朝に覗いてみよう。
幸いにも今は人が少ないということで広めの部屋に泊まれた。
田舎町ではあるが大きな遺跡があるので調査チームや腕試しの冒険者が多いらしい。
ベッドに倒れこむと鞄から球体を取り出す。
「いよいよ明日だ。頼むぞ。」
3.
日中は食堂、夜は酒場。
少し遅めの朝食をいただく。
昨夜は地元の人や旅人が騒がしく入りづらかったが今は落ち着いた雰囲気だ。
パンとコーヒーの匂いに癒され、休日であればこのままもう一度布団に入りたいところ。
それでも夜にはここまで戻りたいし、むこうでトラブルや調整の時間も必要かもしれない、
あまり考えたくはないが戦闘もあるかもしれない。
そろそろ行かないと。
残っていたコーヒーをぐっと飲み干して
立ち上がる。
森に繋がっている門から歩いて10分ほどで
ピュレ遺跡の入口だ。
本や資料では何度も読んだが実際に来るのは初めてだった。
どうやら自分以外は誰も来ていなさそうだ。
誰でも自由に出入りできるのは地下2階の手前まで、奥の閉じられた石扉の先は立ち入り禁止エリアとなる。
グルトの濃度が濃くなっているからだ。
高濃度のグルトは魔法を使える者には有毒である。
魔法の心得は一応あるのでなんとかなるだろう。
己の科学の証明に魔法が必要なんて悲しいものだ。
暗がりの中でも遺跡内の地図は用意してきたので迷うことはない。
「、、、はずだったんだけどなぁ。」
古い写しと記憶を交差させる。
やっぱり最新のものを探せば良かった。
ポケットの球体に触れて深呼吸。
大丈夫、ここまで来たんだ、あと少し。
角を曲がるとこれまでにはなかった広い空間があった。
「この先が封じられた扉?」
ゴトッ
なにかが落ちるような音がした。
誰かいる?
まずい、これは想定外だ。
息を殺し奥へ進む。
-次回-
魔導士のお話。