・金と銀の双子龍
伊吹はじーっと一点を見つめていた。ギンと名乗る彼女の頭に聳えるツノ。それはどうも偽物のようには見えず、よくよく見てみれば耳の形も人間とは異なっていた。隣の鶴華をチラリと見れば、彼女も突然現れた2人に目を見開き呆然と見つめていた。
自己紹介をした2人…キンとギンは、なにやら揉めている様子だった。
「別に良いでしょ〜この階段を上がるだけだし!」
「ダメです。」
「この子たちキツそうだよ?助けないと!」
「ダメです。お二人共、本当に申し訳ありません。うちのギンが飛んだ発言を…」
「い、いえいえ!お気になさらず…!!」
すかさず鶴華が反応するが、隣のギンは不服そうにほおを膨らめている。伊吹はそんなギンを見つめていると、思わずパチリと目があった。気まずさを感じた伊吹は何か喋ろうと試みるも、口からは空気しか溢れず、ただ唇をぱくぱくと動かすだけになってしまった。それを見たギンはなにか思い付いたように目を見開き、伊吹のそばにズカズカと近づく。
「キン、“あの姿”になるのがダメなんでしょ??だったら…」
「え、えっ!?」
「伊吹クン…!!」
「コラ!ギン!!」
体がフワッと浮いた。足が地面から離れている。そして何より、ギンの美しく整った顔が目の前にある。
一瞬困惑した伊吹だが、すぐに自分が置かれている状況を理解して、心臓が止まったように硬直する。なぜなら今、伊吹は…
「やめなさい!姫抱きなんて危険ですし、なにより初対面相手にすることじゃないでしょう!?」
「ふっふーん!これくらい楽ちん楽ちん♪てか君軽ーっ!ちゃんと食べてる??」
伊吹を姫抱き…いわゆるお姫様抱っこをするギンは、余裕の表情で階段を登っていく。その動きは素早く、スポーツ選手なのかと疑うほどだ。後ろからなんとか追いつこうとする鶴華とキンが、どんどん離れていくのがわかる。
「あ、あの……ギンさんって…」
「ギンでいいよ!年齢は違うかもだけど、一応君たちと同じ新入生なんだし!」
ギンは爽やかな笑顔で笑う。
それを見て、伊吹も少しだけ張り詰めていた気が緩んだ。
「じゃ、じゃあ…ギン、ギンって…ナニモノ、なの…??」
「うーん、まぁちょっとお偉いさんってかんじかなー。てか、君の名前は?」
「えっと、安立伊吹…です。」
「イブキか!よろしくねイブキ!!あ、階段終わったよ!」
「あ、あの階段を…一瞬で…」
清々しい顔で登り切ったギンの額に汗はない。あろうことか息も切らしていなかった。きっと、人間ではないのだろう。頭のツノを見ても思ったが、この体力を見てもそう思った。
少しの差で後ろ二人も無事階段を登り切ったが、二人とも少し疲れた様子だった。
ギンに下してもらい、強ばった体を緩ませると、校舎の方から誰かが歩いて来た。その姿は悪くいえば気怠げで、よく言えばラフな立ち振る舞いだ。
彼、彼女とも言えるその容姿の持ち主は、伊吹に向かって口を開く。
「あの銀龍に抱かれて登場とは、神の申し子にでもなったのか。安立伊吹。」
「え、えっと…」
「こんにちはー!はじめまして先生!遅刻ですか?」
「いや、まだ間に合う。だが、そこの人間二人は少し用がある。ついてこい。」
「は、はい…」
「じゃあまたね!イブキ!それと〜…」
ギンが鶴華を見て固まる。そういえば鶴華は自己紹介していなかった。鶴華の方を見ると、鶴華はなにやら不服そうに眉を顰めている。伊吹はそれを不思議に思ったが、代わりにギンに鶴華を紹介した。
「ツルちゃん…桃乃瀬鶴華、だよ。僕の幼馴染。」
「ツルカ?ツルちゃん??」
「!ツルちゃん呼びはダメ!!!」
「そう?じゃあツルカ!またね〜」
「うちのギンが迷惑をお掛けしました…」
キンとギンがクラス表があるであろう方向へと走り出す。伊吹は隣の鶴華を気にしつつもやや小さめに手を振った。改めて鶴華の顔を見ると、ジトッとした目で何かを睨んでいる。
その瞳に少し恐怖した伊吹が、鶴華に声をかけた。
「ツルちゃん…?ど、どうしたの…??」
「…………………別に…なんでもないよ…!」
鶴華はそう言って笑った。なにか呟いていた気もしたが、よく聞こえなかったため気にしないことにした。
名も知らぬ教師の後ろをついていき、大きな学園内へと足を踏み入れる。既に何人もの生徒がいる。ごく普通の人間らしき生徒もちらほら見かけるが、ここは人外の学園。きっと皆、人間とは別の生物なのだろう。目の前の教師だって、その頭にはキンやギンとはまた違う、酷くねじれたツノが聳え立っている。着用している白衣の裾からは、ユラユラと揺れる牛の尻尾のようなものが覗いていた。
しばらく校内を歩いていくと、ひとつの教室に案内された。ガラガラとなんの躊躇いなく扉を開く教師に続いて、伊吹と鶴華も顔を見合わせた後、続けて入っていく。
教室の中には、二人の生徒が退屈そうに座っていた。