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第五話

 着替えてきたコスモス(美月さんのこと。心の中ではこれで呼ぶ。決めた)と相川が端っこの台を占領し始めてから十分が経過。三度相方のいなくなった俺は一人寂しくサーブの練習をしている。相手コートの絶妙な位置にバウンドし、そのまま台上でツーバウンドしたボールはきゅるきゅる回転しており、やがて転がって床に落ちた。世界にだって通用しそうだと自画自賛した最高のサーブだったんだが、誰も見ちゃいない。

 ……俺、部長なのにな。もしかしたら子供に構ってもらえない父親というのはこんな気持ちなのかもしれない。頑張りましょう、お互い。

 世の父君様たちに勝手なシンパシーを感じていたところで、やっとこさ姫宮が戻ってきた。タオルで顔をゴシゴシ拭きまくりながら。

 やがて俺の傍まで近づいてきたが、その尋常じゃない拭きっぷりに俺はたじろぐ。

「ど、どした?」

 ぴたっと動作が止まり、それからゆっくりとタオルを持った手を下ろしていく。段々と晒されていく姫宮の顔。その露になった顔面のあまりの悍しさに俺は……!

 なんてこともなく、普通に姫宮の顔だった。唇をへの字にひん曲げてはいたが。

「……………………………………………………………………………………………………」

 姫宮は無言。ひたすら無言。そして心なしか赤いような気のする目で俺を睨んできた。花粉症か? この時期だとブタクサが最有力候補っぽいが、なるほど。それで顔を洗いに行ってたのか。

 納得した俺は一度手を打つと、もう一回訊く。

「どした?」

「……なんだか今、物凄く不本意な解釈された気がする……」

 お前もサイコメトラーだったのか。

 それから姫宮は降参といったふうに肩を落として嘆息した。

「はぁ、まあいいや。ついでに入部届けも持ってきたから…………って、弓削さん、どこにいるの?」

「今は相川がセンスを見るとか言って相手してる」

「そうなんだ」

「それと、どうも弓削美月は下の名前で呼ばれる事を所望らしい」

 相川にファーストネームを呼ばれて満足そうにしていたコスモスの顔を思い出し、姫宮にも助言しておく。あの一歩を踏み込まれるプレッシャーの餌食になるのは俺だけで十分だ。

「……。……ふーん。そうなんだ」

 一瞬の沈黙を挟んで姫宮が頷く。そして場内を見回し、隅っこの台の側で話している二人の元へと向かっていった。

 その足取りが、さっき戻ってきた時より軽く見えたのは俺の気のせいか?



 やがて戻ってきた姫宮は動きもしなやかになっており、その後は俺も集中して今朝の反省点を踏まえた練習をすることができた。時計を見てみると時刻は六時三十分。そろそろ締める時間だな。自分の練習もせずに最後まで付き合ってくれた姫宮に礼を言うと、二人で卓球場の中心辺りに向かい、俺はそこで手を叩いた。

「本日の練習終了――――――――!」

 同時に部員は揃って台の片付けを始める。もちろん俺と姫宮も使った台を用具庫に戻す作業に移る。そういえば、この台は誰が出したんだろうな。結局誰も名乗り出てこなかったが。

 ここは卓球場なのだからいちいち台を片す必要はないんじゃないかという後輩がいるが、そういうわけにもいかない。卓球部がここを占有する事を快く思わない体育教師が、雨の日に外で体育の授業が行えない場合ここを使わせろと申請してきて、あのおたん顧問がうっかり了承してしまったのだ。何せ縦五十メートル横三十メートルはある板張りの空間は使い勝手がいいからな。今ではしょうがないかとも理解している。

 部活動開始前のまっさらな状態に戻り木目が目に優しい広間の真ん中で、俺と姫宮を中心に部員たちが円を作る。

「おつかれさん。この部のモットーは皆で考え皆で直す。今日も、ちゃんと仲良く練習したか?」

 パイプ椅子を片して早く帰りたそうにドアの前でうずうずしている顧問は見ないようにしていたのだが『無駄話してないでさっさと締めろ』的なプレッシャーがそちらから漂ってきたので、なにかもう色々諦めた。

「もうすぐランキング戦だからね。女子も男子も気合入れてこっ」

 姫宮が俺の言葉を継いだ。

「それじゃ、明日も練習来てくれるかな?」

 またやるのか、それ。

『いいとも――!』

 やけっぱちにも見える感じで姫宮の望む返答を律儀に返す部員たち。そうだよな、分かってるんだよな、姫宮のセンスが悪いこと。それでも付き合ってやる部員たちの優しさに姫宮は未だ気付いていない。ただただ満ち足りた笑顔でうんうん頷いている。

 コイツが女子部の部長になって初めての締めの挨拶の時、ほんと唐突にこのフリをしてきた。最初はポカンとしていた部員たちだったが、姫宮の泣きそうな顔を見て咄嗟に所望の答えを返すと、それ以来、味を占めてしまったのか姫宮は毎日続けている。部の伝統にでもするつもりなのか。

 部員たちの優しさに甘えてないで、そろそろ望まれていないことに気付いてくれ。

 ともかく現在の卓球部ではそれが解散の合図となっているので、部員たちは散り散りになり、それぞれ更衣室へと入っていった。もちろんのこと既に顧問の姿はない。また俺が職員室に鍵を返しに行くことになりそうだ。もう慣れたけどさ。

 窓の鍵がかかっているかどうかをチェックすると俺も着替える。さいならー、と挨拶してくる後輩たちを見送りつつ同学年の友人たちも全員が退出した事を確認。電気を消し、戸締りをすれば部長の仕事は完了。

 それにしても、ここから職員室まで行くのダルいなー。あのアホ顧問、どうせ職員室戻るんだから少し待って鍵持ってってくれりゃいいのに。

 嘆息を吐きつつ諦観し一階へ降りるため階段に目を向けると、そこにはてっきり帰ったものだと思っていた姫宮が立っていた。

「今日もお勤めご苦労様です」

 小さく会釈しながらのセリフは薄暗い廊下の雰囲気に合わせてか少しだけしっとりしている。

「なんだ、まだ帰ってなかったのか」

「うん、美月ちゃんの入部届け、高橋先生に渡すの忘れちゃって。マツケン君も職員室行くだろうから、待ってたの」

「ありゃ、そうなのか。なんか悪いな」

「ううん、大丈夫。そんなには待ってないから」

 それから並んで階段を降りる。

 体育館から職員室のある普通校舎まではコンクリートの渡り廊下で繋がっている。クリーム色の月の光に照らされたコンクリート。なんとも不気味だ。傍に生えてる樹木が照らされていると味があるように感じるのにな。どうも月明かりは無機物とは相性が悪いらしい。

 ほとんどの生徒が帰ってしまっているのか辺りに人の気配はない。俺たちが歩を進める度にパンパンという硬質な音が立ち、それが無情に冴え冴えとした空気へと溶けていく。

 いつも歩いていたはずなのに今日はやけに冷たい印象を受ける。それは多分、俺の隣を歩いている人がいるからだな。その温かさがあるから周囲の冷たさが目立つんだろう。

「もう夏も終わりだね」

 姫宮もそれを感じたのか、ぼんやりした月を見上げながら俺に話しかけてきた。

「ああ、そうだな」

 俺もそれに倣った。

「夏の大会は惜しかったね。もうちょっとで関東行けたのに」

「お互いな」

 七月にあった大会では俺も姫宮も県大会の三回戦で破れてしまった。俺にとっては最高記録だが、中学時代に関東大会に出たこともある姫宮にしてみれば悔いの残る大会ではなかったか。

「私ね」

 姫宮は月を見上げたまま、

「中学時代はちょっと寂しかったんだ。県大会とかに出ても私一人でね、顧問が男の先生だったんだけど、凄いスパルタの人で。他に指導に付いて行ける人もいなかったから私に付きっ切り。そのせいで同じ部の友達なんてほとんどできなかったの。挙句の果てにその先生とデキてるとかって噂が立ったりもして、ほんと、卓球止めちゃおうかと思った」

「……お、おう」

 いきなりヘビーな話を始めたな。この雰囲気の弊害か。

「それでも最後までやった。卓球が好きだったから。そのお陰でってゆうか卓球の推薦の話もあったんだけど、全部断った。中学までの卓球はそこで終わりにしたかったから」

 自分の中でも吟味するように淡々と言葉を紡ぐ。有機生命体である人間の目には優しく映る月明かり。その光を受け止めながらの口調は穏やかだ。

「そこでの成果の推薦なんて真っ平ごめん。普通に受験して、この高校に入ったの。そしたらね……」

 月から目を外し、次いで俺の方を向いた。それを気配で察知し俺も同じようにする。

 そこにあったのは、姫宮のさっぱりした笑顔だった。

「正解だった。私にとって最高の」

 この無機物に包囲されたような渡り廊下の中、はっきりと浮き立つ瑞々しい笑顔で俺を見つめる。

 俺の胸の辺りから発生しているこの騒音は何だ。辺りが静かなせいもあって外にまで聞こえてしまいそうだが、それは勘弁願いたい。

「ここの卓球部は皆楽しそうで、でもそれはサボってるんじゃなくて、楽しく卓球を練習してたんだよ。私が中学時代にできなかったことも、ここでならできるんじゃないかな、って思ったんだ。強い人がいっぱいいて、でも仲良くてね」

 まあ、ウチらの代は女子のツワモノ多いからな。

「それだけじゃない。顧問の高橋先生はのんびりしてるけど、誰もその雰囲気を嫌ってない。きっと高橋先生があんなだから、今の卓球部があるんだよね」

 ここにアホ顧問肯定派がいたか。しかもソイツは女子部部長。俺も強く出れなくなってしまったではないか。

「でも、私にとって一番大きいのはぁ…………」

 ……なぜ、そこでもったいぶる。

 姫宮はそこで小走りに数歩前に行くと仄明りの中でスカートを翻しながら振り返った。

 そしてはにかむのはどういう意味だ。


「マツケン君に会えた事かもっ」


「…………」

 ……これは、アレか? 一種のアレなのか? 自惚れてもいいのか! だとしたら俺はどう答えればいい! いやいや、冷静になれ俺。よく考えて返答しなかったら相手に失礼になるぞ。それくらいはおぼこ息子の俺でも知ってる。

 だが姫宮は答える時間も、考える時間すらも与えてはくれなった。

 次の瞬間には真剣な面持ちで、俺の目を惹きつけてきたから。

「ランキング戦。私、絶対勝つからね。また一緒に部長やろうね」

 その言葉を噛み締める。今度は俺から見つめ返した。

「……そうだな」

 止まっていた足を再び動かして、もう一度姫宮に並ぶ。並んで歩みを再開する。

 これまで何度も並んで歩いたことはあったのに、今はかなりこそばゆかった。


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