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第四話

 放課後、練習のために同じクラスの姫宮と再び卓球場に赴いた俺。加藤は用事があるとか部長である俺にパパッと言って、さっさと帰ってしまっている。顔の緩み具合からしてどうせ相川とのデートだろうと睨んでいた俺なのだが、その相川がちゃんと部活に来ているところを見ると勘は外れたらしい。

 着替えを済ませ、部員を集めて号令すると全員で拭き掃除を終わらせる。それからペアを組んで卓球台をセッティングしていく。いつもペアを組んでいた加藤がいないということで他にも独り身がいないかと探そうと思ったのだが、同学年の男子は皆ペアを既に組んでしまっており、どうやら本格的に俺は余り物みたいだ。

「……しゃーない」

 ネットでも出して今朝空振ったサーブの練習でもするか――と用具庫へ向かったところで、どうした事か同じくペアがいないらしい姫宮が友人と話しながら顔を茹で上げられたロブスターみたいに真っ赤になっていた。

 これは占めた。俺はそちらに寄って行く。

「なあ姫宮。もしかしてお前も相手いなかったりする?」

「えっ!? ……う、うん。いない」

 ん? いつもみたいに歯切れが良くないな。お前のキャラであるあのスタッカート気味の言葉遣いはどこに行った。しかも話し掛けた瞬間ビクゥ! と肩が吊り上ってたし。

 ともあれ、やっぱ相手はいないみたいだ。

「だったら俺の相手してくんない? 丁度今朝の部長との試合の反省点もあるし、見てたお前が相手だと助かるんだけど」

「う、うんっ。わかった」

 たどたどしいながらも頷いてくれたので一先ずはオーケーらしい。含み笑いを漏らす友人たちに向かって頬に紅葉を散らしながら叩く真似をする姫宮だが、一体何の話をしてるんだか。乙女の会話ってのは男子禁制らしいから訊きはしないけど。

 男子と女子の丁度真ん中あたりの台が空いていたので、そこを使わせてもらうことにする。もしかしたら後輩が出した台かもしれないが、ウチの卓球部には先輩の不当占拠に黙っている穏当な部員はいない。もし使う台なら誰かが言ってくるだろう。その時になったら明け渡せばいい。

 しばらくしてダルそうな顧問、高橋女史がやってきた。しかし教える気など皆無で、すぐさま折りたたみ椅子を出してくるとそこに腰掛けて舟を漕ぎ始めた。マジで何しに来たんだ、この顧問。卓球部の顧問でありながら卓球経験があるのかも不明だし。

「……はあ」

 アレを意識に上らせても時間の無駄だな。さっさと練習始めよう。

「そんじゃま、よろしく」

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」

 ……そんな場違いっぽい言葉を聞いたときから変だとは感じていたが、やはり姫宮の動きにはいつものようなキレが無かった。

 練習開始から二十分が経過。

 現在、体育座りの姫宮は頭からタオルを被って絶賛うな垂れ中だった。

 俺もドリンクを手に取りつつその隣に腰を下ろすと、姫宮はビクッと肩を震わせた。俺は何か嫌われるような事しただろうか。

「どうしたんだ、姫宮? なんか様子おかしいけど」

「そ!」

 そ?

「そうかな!?」

 どう見てもそうだろう。

「なぁ、俺何かしたか? だとしたら言ってくれ。謝った上で反省して二度と繰り返さないように努力するから」

「ち!」

 ち?

「違うの! マツケン君は何にも悪くないのっ。ただ私がダメダメなだけで……」

「悩み事か? だったら相談のるぞ。まあ男に話せるような事ならだけど」

 姫宮はそこで、ガバッ! と頭を上げて被っていたタオルをふっ飛ばすと、俺と目を合わせてきた。

「っ…………」

 心なしか潤んで見える瞳で真摯に俺の目を覗き込んでいるがしかし、言葉は発しない。

 しばらく続いた沈黙。すぐさま居たたまれない心地になった俺が沈黙に痺れを切らして逆に声をかけようとしたところで、それを封じるかのようなタイミングで姫宮はようやっと口を開いた。

「マツケン君!」

「……はい?」

「あ、あのね。そのね。よかったら今度の日よ――」

「お~い! 姫宮ぁ!」

 意を決したように表情を引き締めて口を開いた姫宮だが、その覚悟は十秒持たずに水泡と帰した。なぜなら、あの駄目顧問の無駄にデカイ叫声が姫宮の言葉を遮ったからだ。

 高橋女史の方を向いているのは憎々しげに睨んでいるからだろうが、頬を膨らませている横顔は微笑ましいだけで、とてもじゃないが脅しになどなりそうにない。無論、能天気な顧問にも通用するわけはなかった。

「姫宮ぁ! 早く来~い! 早くしないとお前のスリーサイズばらすぞ~」

 バビューンッ! とF1マシンの如く駆け出していったのは一瞬の出来事。なぜアンタがそれを知っている。でも、本当に知っていてもおかしくない雰囲気が怖い。

 ともあれ、姫宮が高橋に呼ばれてしまったためにまたもや独り身になってしまった。

 ま、あの顧問の話だからそう時間も掛からないだろう。姫宮がすぐに戻ってきてくれると予想した俺は、もう一口ドリンクを飲むと一人サーブ練習を始めようと立ち上がった。

 遠くから「あ、ちょっと!」だの「待ってってばっ」だの姫宮のテンパった声が近づいてくるが気にせず…………ん? 近づいてくる?

 どういうこっちゃとそちらに目を移せば、姫宮以外にもう一人の少女がいて、そいつが俺に向かって歩いてきていた。その長い黒髪、憎たらしくも幸せそうな笑顔。

 どこかで見覚えがある…………って!

「昨日のコスモス女ぁ!」

「あら、私いつの間にそんな秋を代表するお花になったのかしら。褒め言葉?」

 そっちではなくて、宇宙の方だ。もちろん褒め言葉ではない。それに昨日の言動はコスモスというよりむしろカオスだったな。

 俺の内心の悪態などは気にも留めず、少女は折り畳み傘の下で見せた魅力的な笑顔そのままにニコニコしている。

 それから紺色の筒みたいなものが投げられた。

「うお……っと」

 対神様の気まぐれ用折り畳み傘だった。

「昨日はありがとうね。お陰様で濡れなかったわ」

「俺はお陰様でびしょ濡れだったっつーの」

「あら、それはご愁傷様」

 やっぱり喧嘩売ってるんだろうか。

「あ、あのマツケン君。この人知り合い?」

「恩を仇で返された関係を知り合いというんなら、まあ知り合いだ」

「あら、酷いわね。貸してくれたのあなたじゃない」

「貸すなんて一言も言ってないだろうが。俺は『入っていくか』って訊いたんだ」

「初対面の女の子に相合傘を迫るのはどうかと思うわ」

「うぐっ……」

 思い返してみれば、確かにそれはないかもしれない。やはりあの時は神様に反抗して気分が良くなっていたため通常の思考回路すら働かなくなっていたらしいと自己弁護。

 姫宮からの視線も痛く、ばつの悪くなった俺は話題を換えた。

「それより、よく俺が卓球部だって分かったな。昨日は特にそれと分かるもの持ってなかったはずだけど」

「どこかで見たことあるとは思っていたのよね。それで家に帰ってから考えてみて、全校集会とかでよく晒し者になってる人だって思い出したのよ」

 表彰されてるのに晒し者かよ。……まあ似たようなもんだけど。

「はぁ、まあいいや。傘も返してもらったし。要件はそれだけだろ? そんじゃ姫宮、練習戻ろうぜ」

「あ、あの、それがね……」

 姫宮は気まずそうにコスモス女を見ている。

「ん? なんだよ、まだ何かあるのか?」

「ええ、私ね」

 相変わらずニコニコしながら、

「卓球部に入ることにしたから」

 こう言った。

 かこーん、という音を立ててラケットが板張りの床に落ちる。そして俺はぽかーん、と大口を開けてコスモス女を見つめる。

「……な、なんで?」

「入部するのに特別な理由が要るの?」

 要らないよな、悔しいことに。しょうがない、この質問は取り下げよう。

「でもこんな中途半端な時期に入部って、お前、卓球の経験あるの?」

「――お前」

 コスモスは目を眇めてきた。

「その、お前、ってゆうの止めてくれる?」

 は? と首を捻る暇すら与えられなかった。

「私は2年A組の弓削美月。あなたは?」

 弓削。珍しい苗字だな。しかも同学年。

「お、俺はE組の松本健二だけど……」

「そう。じゃあ、もう名前教えたんだから私のことは名前で呼びなさい」

「は、はいっ。……じゃ、じゃあ弓削、さん」

 言葉の圧力に押されながらも話を軌道修正させようとする俺の心意気は、弓削さんが踏み込んできた大股の一歩で大時化の日の砂浜に建造された牙城の如く簡単に崩れ去った。

 下からぐいっと俺に顔を近づけると、妖しい笑顔で睨めつけてくる。

「な・ま・え・で、呼びなさい」

「は?」

 これは一体何を求められている? 名前。俺は今名前で呼んだよな。それのどこがいけなかった。

 いや、誤魔化すのは止めにしよう。つまるところ苗字ではなくファーストネームで呼べという事だろう。いきなり相合傘を迫るのはどうだのと言っておきながら自分は下の名前で呼ぶ事を強要すんのか。どっちもどっちだろう。

 まあ俺は今朝がた下の名前で呼び合う高校生カップルを目にしているし、今どきはこっちの方が高校生として正常なのだ。でも、だからといって問題ないのか? 

 あ、本人から言われてるんだから問題ないのか。

「じゃあ、美月さん」

 案外口に出すのは余裕だったな。これで俺も正常な高校生男子の仲間入りか。

「卓球の経験あんの?」

「さんもいらないんだけど……まぁいいわ。で、卓球の経験?」

 胸を張りやがった。この自信ありげな態度は――


「全くないわ」


 ずご――――! と勢いをつけて倒れながら滑り込んだ。やってみたかったんだ、このボケ。白い体操着がモップ代わりとなって先ほどの掃除で拭き切れなかったゴミを付着させているが構いやしない。満足だ。

「特に部活も入ってないし、せっかく来たんだから入ってみようかと思ったの」

 再びパイプ椅子に座って腕を組み、こくこく一定間隔で首を前後に揺らしている顧問をチラッと横目に見る。

「まあウチは確かに緩い部活だから問題はないんだが――って、」

 コイツの性別は何だ。

「何で男子の俺が仕切ってんだ。女子卓球部の部長はそこの姫宮だから、ソイツに言え」

 この際顧問はどうでもいい。

 それから姫宮に話を向け――ようとしたところ、

「あ、あれ?」

 姫宮の姿が忽然と消えていた。卓球場の中を見渡してみても見当たらない。一体どこ行ったんだ。

「愛なら全速力で走ってどっか行っちゃったわよ」

 俺の心の疑問を読んだらしいサイコメトラーの声が聞こえ、そちらを向いてみると相川がラケットをくるくる回しながら立っていた。

 左手を腰に当てて胡乱な目で美月さんを見ながら、

「入部に関しては別にいいんじゃない。今からだってやっていけば最後の大会までにはそこそこ行けるでしょ。まぁ当然彼女の運動神経にもよるだろうけど」

 それもそうか。

「入部届けとかは今じゃなくてもいいし。それで……美月、今体操服ある?」

 相川も早速名前で呼ぶことにしたらしい。

「ええ」

「それじゃ、そこの更衣室で着替えてきて。センスがどんなものか、あたしが見てみるから」

 そんなことをお前がやるのか。

「……できるのか?」

「馬鹿にしないでよ。あたしは実質、愛と実力そんなに変わらないんだから。ランキング戦の時に限って毎回負けるだけで」

 いや、それは歴とした実力差じゃないのか?――なんて、鋭く目を細めている相川にはとてもじゃないが言えなかった。


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